1-6 2日目 ダメ男は魔力を感じる
さて、2日目である。絶対に筋肉痛になるかと思っていたが、それほどひどくなかった。少しストレッチをしたとはいえ、ここまで軽くなるとは思わなかったな。……いや、身体の若さもあるか。
今日は朝から、俺は訓練場の片隅にいた。着いた時にはすでに、何名かの騎士がいて、軽く挨拶してから、持ってきた木剣を使って素振りを始める。剣の構え方や、振り方は、身体が覚えていた。無心で降り続ける。1時間ほど振ったところで、終わりにした。そのあとは、汗を流してから屋敷とその周辺の散策をすることにした。レオンの記憶があるとはいえ、自分で見たくなったのである。
今までは、自分の部屋と食堂くらいしか行ったことがなかったが、改めて歩いてみると、たくさんの部屋があった。厨房、図書室、書斎、遊戯室なんてのもあった。遊戯室には、ビリヤードらしきものや、チェス盤がおかれている。この世界にもあるんだな。図書室には、たくさんの本が置いてあった。調べものがあるときはここに来ることにしよう。
つぎに、屋敷の周りを歩いてみた。表側は、少し離れたところに見える門まで、石畳が続き、その両脇は庭園になっていた。庭園の中は今度見ることにして、裏手の方に回る。屋敷の裏手の方には、石畳の道が続いており、歩いていくとさっきまでいた訓練場が見えてきた。訓練している騎士の数がさっきよりも増えていた。挨拶してくれる彼らに返事をしつつ、屋敷の裏手に到着。そこには、土が広がっていた。どうやら畑らしい。畑の中では、程よく日に焼けた男性が、土をいじっている。レオンの記憶に依れば、あの人は庭師もしているトムさんというらしい。なにを育てているのかが気になって、近づいてみる。
「おや、坊ちゃん。もう大丈夫なんですかい?」
「ああ。もうだいぶよくなった。ところで、今は何を育てているんだ?」
「はい、もう少しすれば、色々とれますよ。今はちょうど玉ねぎが収穫時期ですし、もうちょっとしたらなすやトマトなんかもとれますね。じゃがいもはもう少しかかります」
食事でけっこう慣れ親しんだものに似たやつが出てきていたから、もしかしたらと思っていたけど、どうやら野菜の種類とかは前世と変わらないみたいだな。
その後は少しトムさんと話してから離れた。
屋敷を挟んで訓練場の反対側に来てみると、こちらには厩舎があった。馬のいななきが聞こえる。どうやら何頭もの馬がここで暮らしているようだ。厩舎の裏手には柵で囲われた牧草地もあり、そこでのんびりしている馬もいた。
厩舎の前を通り過ぎて歩いていくと、屋敷の前に戻ってきた。石畳の道が屋敷の周りを一周しているのはランニングコースなのか? 回ってみて思ったが、屋敷の中よりも、外の方が広かった気がする。まず屋敷の敷地内に訓練場がある時点で驚きだったが、レオンの記憶によれば、領地の方には、さらに泳げるところや、森に、山まであるらしい。なお、レオンはかつて山で訓練をした際、父上に追いかけまわされたことがトラウマになっているようで、どうやらそれが訓練をさぼり始めたきっかけの1つでもあるみたいだ。そしてあと2ヶ月ほどで所謂夏休みのような期間に入るらしく、そうしたら、その山やら森やらでの訓練をやることになる、と。前年までは、隠れたり逃亡したりしていたようだけど、俺はできる限り取り組もうと思う。なぜなら、これはトレーニングの成果を知るにはいいかもしれないと考えたのだ。さすがに父上や兄上に及ぶとまでは思っていないが、今の状態よりもよい状態までは持っていきたい。
がんばりますかと思っていたら、メイドが昼食ができたと呼びに来た。お腹もすいていたので、食堂に向かう。おっと危ない。まずは手を洗わないとな。昼食は、パンとスープ、鮭のムニエルだった。パンは柔らかくておいしい。何でも、最近流行しだしたものなんだそうだ。どれもおいしく、ぺろりと食べてしまったが、元日本人なので、和食が恋しいなあと思ったのは、仕方のないことだと思う。……落ち着いたら、探してみようかな……。
午後、俺は修練場にいた。修練場の端にある、草地の上に座っている。何をしているかというと、座禅だ。魔法を使いこなすには、とにかく魔力を感じ、操れないといけない。自分の魔力を掌握しなければ。図書室の本などに依れば、魔力と言うのは、血液と同じように全身を巡り、流れているという。そこで考えたのが、これだ。座禅によって精神を落ち着け、集中すれば、体の中の魔力を感じるとっかかりになるのではないかと思ったのだ。ちなみに、レオンはどうやら、こういった細かいことは苦手だったようで、かなり適当にやっていたようだ。そりゃあ、上達しないはずだ。
気をとりなおして、座禅を始める。深く息を吸って、はいて。精神を統一して、体内を巡るものを感じるんだ。
始めてから少し。集中力が高まってきたのか、周りの音がとてもよく聞こえるようになった。鳥の鳴き声、草が風に揺れる音、訓練で使う木剣同士のぶつかる音。自身の心臓の音。
! これか。
心臓のあたりを中心に、あたたかなものが生まれ、それが全身を巡っている。それに集中すると、それは体を包みこむように膜を作っていた。でも、膜はゆらりと揺らめき、一定に形を保たない。また、穴が開いているかのように、魔力が抜けて行っているのを感じる。意識して、その穴をふさぐようにイメージしてみる。穴はふさがった。しかし、他にも魔力が漏れ出している部分があり、ひとつずつふさいで回る。でも、少し気を抜くとまた新しい穴ができてしまう。中々難しい。その後も穴をふさいだりしているうちに、夕方になってしまった。今日の所はここまでにしよう。とにかく、この魔力を意識する状態を、無意識でできるようにしたい。魔法を使うための魔力がずっと抜けて行ってる状態をなんとかしなくちゃだな。まずは自分の魔力をコントロールする。話はそれからだ。
夕食には、母上と自分しかいなかった。父上は仕事、兄上は友人と遊びに行ったらしい。せっかくなので、母上と話をした。今日のことを話すと、「がんばってて偉いわ」ととてもニコニコしていた。その笑顔に少しぐらっと来る。落ち着け。今の俺は14歳だ。この人は母親だ。それに俺には、愛する妻と子供が……。いや、もう言ってもしょうがないか。異世界だし。……それがまた悲しくもあった。
その日の夜、前世の家族のことを思い出して感傷的な気分になったのは、しょうがないと思う。
レオンの屋敷は王都にあるのですが、けっこう広いです。敷地だけなら侯爵家にも引けを取りません。