4-27 ダメ男は、婚約者に秘密を打ち明ける
「俺に“前世の記憶”があるって言ったら、どうする?」
俺が口走ってしまったその言葉が、辺りに響いた。言った瞬間に、しまったと思った。でも、フィオナは聡い部分があるから、おそらくごまかしてもぼろが出るだけだと思った俺は、そのまま続けることにした。
「前世の記憶……ですか?」
「……そうだ。こことは違う世界で生きていた人の記憶が俺に中にある。そう言ったら、君は信じるか?」
フィオナは、目をぱちぱちとさせて、俺の言わんとしていることを理解しようとしている、ように見えた。……でも、普通に考えたら妄想か空想だと言われそうだけど。
しばらくの沈黙ののちに、フィオナは口を開いた。
「過去の文献で、別の人の記憶や人格を宿した人の話は、聞いたことがあります。でも、本当なのかまでは……」
そこで一度切った後、今度はじっと俺を見る。
「……でも、そう考えると、色々とつじつまが合うことも確かです。私は、以前のレオン様のことも知っていますが、今のレオン様とは全く違いますから。態度とかもそうですが、纏っている雰囲気とか、使う言葉とか。頭を打ったから、で済ませるには難しいほどでした」
フィオナの言葉に、思わずうなる。そうか……。うまくやれてると思ってたけど、意外といろんなところでぼろが出ていたらしい。兄にも最初の方に似たようなことを言われたしな。もしかしたら、両親も気が付いているのかもしれない。
「そして……あなたが私に優しくしてくれる理由も、それが関係しているのでしょうか?」
それはきっと、初日にここで話したことについてだろう。
「……そうだな。その通りだよ」
それから俺は話した。前世の自分について。ここよりも発達した世界で暮らしていたこと。成人して働いていて、妻と子供がいたこと。不治の病を得てなくなり、気がついたらレオンになっていたこと。
「私が住んでいた世界は、一夫一妻が基本でな。レオンの状態を見たときに、君がいるにも関わらず、他の女性の所に行っているということに激しく違和感を感じたんだ。そしてよくないことだと思った。それで出てきたのが、あの時の謝罪の言葉なんだ」
「今まで伝えてきた言葉はどれも本心だ。君は話してみると聡いし、素直でまじめだ。むしろこっちの中身がおじさんなことが申し訳なくなるくらいだったよ」
だいたいのことを話し終えたころ、フィオナが問かけてきた。
「あの……元の、レオン様はどうなったのでしょうか?」
「……今の私は、元々のレオンの人格や記憶が、藤谷慎吾(前世)のものと混じり合っているようなものだな。ただ、前世の方が強く出ている面はあるだろうけど」
「そう……ですか」
「……嫌なら、嫌ってくれても構わないよ。なんせ、ずっとだましていたようなものなのだから。君には怒る権利がある」
フィオナは、その空色の瞳で、俺をじっと見つめる。そして口元を緩めると、こういった。
「確かに……驚いた部分もあります。でも、私は今のレオン様に救われました。たくさんの温かい言葉を掛けてもらって、こうして領地への帰省にも誘ってもらえて。……この数か月は、とても楽しかったです。………それに、たとえ前世の記憶があったとしても、あなたがレオン様であることに変わりはないと分かりましたから……」
「? それはどういう……」
「……きっと覚えていらっしゃらないと思いますが、私たちが婚約する前、私は一度、レオン様に会ったことがあるのです。その時、レオン様は泣いていた私の頭を撫でて、慰めて下さいました。その時の手つきや表情は、あのときと全く変わらないものでした……。あなたは、レオン様です。誰かの記憶を持っていても。だから、大丈夫です」
そう言うと、フィオナは控えめに笑った。
「ありがとう……。これからも、よろしくな」
「はい」
それからフィオナは屋敷の中へと戻って言った。俺は、気分はよくなったものの、会場に戻る気にもなれなくて、そのままバルコニーで何ともなしに空に瞬く星を見ていた。
そこに、ひとりの人物が近づいてきた。その人物は、俺のそばまで来ると、声をかけてきた。
「レオン。気分はどう?」
そう問いかけるのは、母上だった。確か会場にいた気がしたが……フィオナを探しにきたのか?
「フィオナでしたら、屋敷の中に戻りましたよ」
「知ってるわよ。それよりも……話は、聞かせてもらったわ」
「⁉」
俺はバッと振り返って母上を見た。その顔には、微笑が湛えられている。
「私もね、おかしいと思ってたのよ。フィオナちゃんも言ってたけど、あなた、明らかに変わり過ぎだったし、それに、アスラの町の時や、今回の討伐の時に見せていた考え方が、今までの私たちの息子から出て来るとは思えないものばかりだったから……。きっとジルも、カリオンも、どこかおかしいと思っているでしょうね」
……フィオナとの会話は、全部聞かれていたっぽいな。でも、気配察知には反応がなかったぞ。どこで聞いていたんだろうか?
「だからと言って、あなたを責める気はないの。きっとあなたが目覚めてくれなければ、レオンは死んでいたでしょうし。生きていてくれて嬉しいの。まるで、昔のレオンが戻って来たみたいで……」
「?」
「まだ、フィオナちゃんとの婚約も決まっていなかったころのレオンは、あなたのような性格をしていたわ。優しくて、素直だった。でも、兄との差が広がるにつれて、歪んでいってしまった。私たちは兄への期待が増えて、あなたを後回しにしてしまった。……気が付いた時には、もう手遅れだったわ。表面ではいい子を演じていたけど、レオンは私たちを嫌い、避けるようになっていた……」
親失格ね、と母上は呟いた。その声には、深い後悔の色が浮かんでいる。
「だから、あなたを見ていて、思ったの。もし、私たちが間違わなかったら、こんな未来もあったんじゃないかって」
そして、そっと俺を抱きしめた。
「愚かな私たちを許してほしいとは言えないわ。——でも、レオン。あなたが生きていてくれて、本当に嬉しい。あなたは、私たちの自慢の息子よ」
「……‼ あ……。母……さん」
不意に俺の瞳から、涙が一筋、流れ落ちた。そして、勝手に口が動いていた。続いて、視界が歪み、涙が次から次へとあふれ出す。まるで、私の中にいるレオンが、その思いを爆発させたかのように。
もしそうなら、彼はやっと、欲しかった言葉をあたえられたのだろう。長い長い、遠回りの末に。やっと………。
やっぱりこういうのって勇気がいりますよね。もし受け入れられなかったり、拒絶されたら……と思うと中々踏み出せないと思います。ですが、これまでの行動が功を奏した形になりましたね。態度や行動で示すってのは大事なんですね……。




