1-5 1日目② ダメ男は兄と交流する
「レオン。おまえ、変わったな」
その言葉に、どきりとする。もしかして、ばれた?
「ど、どういうことでしょうか?」
内心の動揺を隠しながら、聞き返す。すると、兄上は少し困ったように、頭に手をやる。
「なんていうかな……。うまく言えないけど、こう……なんか、いい目をするようなったと思ってな」
歩きながら、兄上は続ける。
「前はおまえさ、全部に投げやりっていうか、覇気がなかったんだよな。話しかけても、あんま返事しないし、目も合わさない。あとよくわからんが、嫌な感じがしてた」
と、立ち止まって俺を見た。
「でも、今のおまえからは、そんな感じもしないし、憑き物でも落ちたみたいにすっきりした顔してるからな。嬉しくなってよ。それに、前は無視してた俺の言葉に食いついてきたしな。久しぶりにふたりでやろうぜ」
そういうと、兄上は照れくさいのか、「さっさと行くぞ」とせかしてきた。
レオンは、ずっとこの兄に嫉妬してた。なにをやっても、敵わない、と。きっと兄はできない自分を見下しているんだと。でも、全然違った。ちょっと不器用だったのかもしれないが、この人はちゃんとレオンを心配してた。それに気づかないまま現実に目を背けて、逃げていたんだな。
これからはこいつが逃げてたことや目を背けていたことに、ちゃんと向き合っていかないとな。
改めて俺はそう思った。
歩くこと5分ほどでたどり着いたのは、屋敷の外にある、石畳の敷かれた、運動場のようなところだった。広さはテニスコート2面分くらいか? レオンの記憶によると、ここは、剣や魔法の訓練に使う場所で、ここで父や兄をはじめ、騎士団の騎士や見習いが訓練を行うこともあるようだ。今は人もほとんどおらず、隅の方で数人が模擬戦をやっているくらいだった。兄上は、練習している騎士たちの方に歩いていく。するとあちらも気が付いたようで、すぐに1列になると、挨拶をしてきた。
「カリオン様、それにレオン様も。おはようございます!」
「ああ。そんなに硬くならなくていい。魔法の練習がしたくてな。隅の方を借りるぞ」
「はい。何かあればお呼びください」
「おお。頼りにしてるぜ」
にっと笑ってから、兄上は修練場の隅に歩いていく。俺も後についていくが、ちらりと騎士たちを見てみると、皆きらきらとした目で兄上を見ていた。兄は騎士の人たちからとても慕われているようだ。まあ確かに、この若さで剣も魔法も一流な上に、この性格だったら、あこがれるのも無理はないか。
そんなことを考えているうちに到着した場所は、弓道の練習場所のようなところだった。奥に盛り土があり、そこに丸い的がおかれている。
的からいくらか離れたところで、兄上が立ち止まった。そして俺の方を振り向くと話し始める。
「ん~。いいか。魔法ってのは基本的には魔力を使えば使うほど、でかくなる。使う魔力を少なくすれば、それだけ出る魔法は小さくなるし」
そう言いながら、小さな電気の球を作りだした。
「逆にたくさんの魔力を使えば、大きくなる」
そういうと、今度はかなり大きめの電気の球をだした。
「でもな。ただ魔力を込めればいいってもんじゃねえんだ。効率的に使わないと、すぐ空になっちまう。レオン。おまえは魔法を使う時、魔力を出し続けて魔法を維持してるからな。それじゃとっさに他の魔法に切り替えたりできねえし、魔力もすぐになくなるぞ」
そういう兄上の言葉を聞いて、思い出す。確かに、竜巻が起きたとき、ずっと自分の中から魔力がぬけて行っている感じがした。……つまり今の俺のやり方は、ガスバーナーやガスコンロみたいなものか。ガス(魔力)を供給し続けないと火力を維持できない。そんなやり方をしていたら、火力を維持するための魔力が減り続けるわけだ。おそらくだけど、理想的なのは、電池みたいな感じだろう。あらかじめある程度の魔力をためておき、それを使って魔法を使う。そうすれば使うのはその溜めていた分だけになるから、小出しにしたり、温存したりしやすい。ということは……
「では、さっき言っていた、『魔力を練る』というのが関係してますか?」
それを聞くと、兄上はまた、にっと笑う。
「ああ。そうだ。ただ魔力を使うんじゃなくて、魔力を練って固めると、さらに強くなる」
見てろよと言うと、兄上は手から野球ボールくらいの電気の球を出し、放った。それは寸分たがわず、的に当たる。当たった部分には、焦げた跡がついた。
「これが今までのお前の魔法だ。で、魔力を練ってやると、こうなる」
そして再び同じくらいの雷の球を出すと、的に放つ。それは、先ほどよりも早く、的に当たる。そして、的が砕けた。当たった時の音も、先ほどのがドンだとすれば、今のがドガン! という感じだった。……ここまで違うのか。
「で、さらに練れば……」
とまた兄上が雷を出した。しかし、今度は形が違う。さっきのがボールなら、今出したのは短めの槍のような形状をしていた。そして、放つ。次の瞬間、ダン! という音が鳴り、見ると、的の真ん中に穴が開いており、後ろの盛り土がえぐれていた。……的に当たる瞬間が全然見えなかったぞ。
「こんな感じで、魔力を練ってやれば、魔法の威力は上がる。さらに練ってやれば、あんな風に、いくらか形を変えることもできる。今のは貫通力を重視した形だな。どうだ?」
……もう、すごいとしか言いようがない。さすがは将来の騎士団長と期待されているだけある。これで剣の腕もすごいなんて、反則みたいなものだ。
「感服しました。俺もがんばらないと。でも、俺にはその『魔力を練る』のがうまくできなくて……なに
かコツはありますか?」
すると兄上は、頼られるのが嬉しかったのか、あっさりと教えてくれた。
「ああ。けっこう簡単だぞ。こう魔力をぎゅっと固めて、それをばっと放出すればいいんだ!」
「……ええと、兄上。もう一度お願いします」
「む。だからな、身体の中流れてる魔力を、ぎゅっと固めて、それをばっと放出すればいいんだよ」
……だめだ。全然分からない。抽象的すぎる。……兄上は天才肌か。感覚的なもので理解しているから、それをうまく伝えられないのかもしれない。
どうしようかと思っていると、先ほどの騎士たちがやってきた。
「レオン様。カリオン様は魔法を感覚で使っていらっしゃるので、教わるのは難しいと思いますよ」
やっぱりか。どうしたものかな。
「ははっ。すまねえな。偉そうなこと言っちまってよ。代わりに、剣の稽古でもするか。久しぶりに」
剣……か。そうだな。魔法ができないなら、そっちをするのもありかもしれない。
「では、お願いします」
「よおし! やるかあ!」
その後、分かっていたことだが、俺は兄上に散々転がされて、ボロボロになった。多分、手加減されてこれなのだろうことは、想像に難くない。ちなみに、これも訓練場にいた騎士に聞いたことだが、兄上は、剣の教え方はとてもうまいらしい。……体力が戻ったら、本気のこの人と戦えるくらいまで鍛えたいと思った。とりあえず……明日は筋肉痛かな。