幕間 sideフィオナ~アスラでの永い1日①~
今回はフィオナちゃん目線のお話です。2話分の1話目です。主人公たちが戦っている間に何があったかを書いていきます。
レオン様に誘われて伯爵家の領地“レイリス”に来てから、早いもので1週間が経ちました。
その間、レオン様にお会いしたのは最初の日だけでした。次の日は、討伐に向かっていく姿をちらりと見かけただけでした。
領都にある御屋敷での生活は、今まで体験したことのないくらい、穏やかなものでした。使用人の仕事もしない、雑用も申し付けられない、温かい食事に、清潔な寝床。まさに致せりつくせりの生活でした。……なんだか申し訳なくなってしまうわ。何かお手伝いした方がいいかしら?
アニエス様は、毎日私を様々なところに連れて行ってくださいます。観劇、市場、服のお店など、どこも見たことのないもので溢れていました。
アニエス様は私に、とドレスや普段使いのできる服、アクセサリーをくださいました。それらは皆、私がお世話になっている部屋のクローゼットにしまわれています。アニエス様は、「ここや王都の屋敷に置いておけばいいから」と言ってくれました。……なんだかくすぐったいような気持ちです。
その次の日、私はアニエス様や侍女の方々と一緒に、馬車に揺られていました。今日から明後日にかけて、領内の町に視察に行くのだそうです。町で働く衛兵や、その周辺で討伐を行っている騎士の皆さんにねぎらいの言葉を掛け、時には炊き出しを行ったりもするのだと教えて下さいました。
その道中で、私はアニエス様の馴れ初めを聞くことになったのです。
今回行く町は“レムド”と“アスラ”の町のふたつです。これから行く“レムド”の町の近くで、かつて<スタンピート>が起き、町を魔物の大群が襲ったのだと。その時に町にいたのが、レオン様のお父上であるジルベルト様。そしてハンターとして活躍していたアニエス様でした。町の防衛戦の中で知り合ったおふたりは、お互いの実力を認め合い、友誼を結んだのだそうです。
その後、アニエス様はご両親に「一度だけでも」と頼み込まれて行ったお見合いでジルベルト様と再会し、そのまま婚約をしたのだとおっしゃいました。
「あのときは特に何もなかったのよね。私としては、いい理解者が得られたくらいの気持ちだったのだけど。……まさか、その後のお見合いで会うことになるとは思わなかったわね」
その頃を懐かしむような顔で、アニエス様はそう言いました。
レムドの町では、初めて、炊き出しを行いました。私は器に盛られた料理を騎士の皆様に渡すだけでしたが、口々に「ありがとう」と言われて、何だか体の芯がじんわりと温かくなるような心地でした。
次の日、アスラの町でも、衛兵や騎士の方々に食事を配りました。今日で視察は終わり、明日の夕方ごろには領都に帰っているのでしょう。
私はその時、そう思っていたのです。
夕日の光が町を照らす頃、領主館が俄かに騒がしくなりました。何かあったのだろうか、と思っていると、部屋の戸がノックされ、深刻そうな顔をしたアニエス様が部屋に入ってきました。
「……どうされたのですか?」
「フィオナちゃん、落ち着いて聞いて」
そう前置きしてから、アニエス様は話してくださいました。この町に魔物の大群が迫っていること。それは明日の朝頃に到着するだろうということ。その情報を持ってきたのはレオン様だということ。そして最後に、危険だからこの屋敷から絶対に出ないように、と言われました。
私には戦う術などありません。役には立てない。そう思ったので、素直にその言葉に頷きました。
日没の直前に、レオン様がやってきました。そのお体は泥だらけで、まるで泥の中を歩いてきたかのようです。そして、百体を超える魔物が町に迫っていることなどを、アニエス様と話していました。
町が夜闇に包まれる頃になると、一層町は騒がしくなっていきました。何でも、万が一に備え、住民を一か所に避難させているとか。
そのうちに、私はふと思いました。私にも、できることはないだろうか、と。戦うことはできないけど、何か、私にもできることはあるのではないか……。
その時、ある考えが浮かんだ私は、侍女の方に頼んで、アニエス様に取り次いでもらいました。これなら、私でもお役に立てるかもしれない———!
夜が明けるころ、私はアニエス様と数名の侍女と共に、城壁の上にいました。
城壁の上には、たくさんの騎士や衛兵の方々がいます。アニエス様に案内されるままについていくと、レオン様の姿が見えてきました。10人くらいの人たちと一緒にいます。ふたりほど、学園でもお見かけした気がする人もいました。
私は、レオン様に準備してきたものを渡しました。
渡したのは、魔力や魔法を通しやすい魔鉄でできた剣と、魔法の威力を高める効果のある腕輪の魔道具です。剣の方には、切れ味をよくする無属性魔法をかけました。魔道具の魔石には、魔法の威力を高める無属性魔法を。どちらも、効果は微々たるものですが、少しでも力になれるなら、と思ったのです。
昨夜、このことを思いついた私は、アニエス様にお願いして剣と魔石をもらい、ひたすらそれらに魔法をかけ続けました。私や町を守るために戦ってくれる方々が、少しでも無事に帰って来れるように……と。協力を申し出てくれた方と一晩掛けて魔力を込めたことで、剣は30本、魔道具は100個が出来上がったのです。
レオン様は、喜んでくださいました。「ありがとう」と言って微笑んでくれたのです。……よかった。
私たちが領主館に戻るころ、魔物との戦闘が始まったという連絡が入りました。私は、領主館の部屋で侍女と共にいるように、とアニエス様に言われました。アニエス様は、自ら剣を持って館内で指示を出しています。
私は、部屋で不安に押しつぶされそうになりながら過ごしました。一晩中魔法を使っていて、心身共に疲れているはずなのに、とても目がさえていました。
離れているはずなのに、時々聞こえる何かを叩くような音や、魔物の声が心をかき乱します。
……レオン様や、魔物と戦っている騎士やハンターの皆様は、大丈夫なのでしょうか?
渡した剣や魔道具を見て喜んでいるレオン様達の様子が、頭に浮かびます。……怖い。もしも、レオン様やアニエス様が、この戦いで亡くなられたら……。
そんな想像が頭の片隅をよぎり、すぐに打ち消します。……そんなことを考えてはいけないわ。
それでも、どこかその不安をぬぐえないまま、時間は刻々と過ぎていきました。そして、その知らせはやってきたのです。
「え⁉ 魔物が町の中に‼」
「ええ。その可能性が高いの。だから私は館の外で魔物たちを迎え撃つことにするわ」
そう言うと、いつの間にか着替えていたアニエス様は、にこりと笑いました。
「大丈夫よ。これでもけっこう強かったのよ? それに、レオンが大きくなってからはまた鍛錬もしていたからね。オークくらいなら遅れは取らないわ」
そういうと、アニエス様は私に向かって、今までとは違う、凛々しい声でこう言いました。
「いい? 絶対にこの部屋から出ちゃダメよ。例え、私やレオンが呼んでいると言っても、よ。もしもの時は、クレアたちに従うこと。わかった?」
とてもまじめな声で告げられた言葉に、私は思わず頷きます。
それからすぐに、アニエス様は部屋を出ていかれました。部屋には、私と侍女の方——クレアとメルの3人だけ。あとは屋敷の中に騎士の方がいらっしゃるくらいです。
それほど時間も経たないうちに、明らかに町の中と思われる方から、何かが崩れる音が聞こえてきました。思わず窓の外を見ると、町のあちこちから煙が上がっているのが見えました。
その光景が、先ほどのアニエス様の言葉の現実性をいやおうなく引き上げました。……町の中は、どうなっているの?
しばらくすると、遠くの方から、たくさんの音が聞こえてきました。ズン、ズン、という音です。しだいに近づいてくるその音が気になった私は、部屋の窓からそうっと外を見たのです。そして私の目に映ったのは、館の前の広場に押し寄せて来る魔物たちの姿でした。あまりにも恐ろしい光景に、すぐさま窓から離れました。外からは、魔物と戦っていると思われる様々な音が聞こえてきます。……アニエス様や、レオン様は、大丈夫なの?
「フィオナ様」
その時、控えていた侍女のひとり——クレアが、緊張感をはらんだ声で私を呼びました。
「魔物たちの侵攻が想定よりも早いです。もうすぐ傍まで魔物が来ていますので、今からこの屋敷を出て、城壁に移動します」
その言葉に従って、私はふたりと共に部屋を出ました。私の前をクレアが、後をメルが挟む形で移動します。その最中、明らかにこの館の中と思われる近さで、何者かが戦っているような音が聞こえてきました。……まさか、もう館の中にまで魔物が入ってきているの?
「急ぎましょう」
言われるがままに、廊下を進んでいきます。……廊下がとても長く、そして出口が遠く見えます。心なしか、ふたりも焦っているように見えました。
不意に、前を歩いていたクレアが立ち止まりました。間もなく、廊下の角から現れたのは、ひとりの男性でした。革製の鎧に身を包んだ、ハンターらしき男性です。
味方の方かしら、と思った瞬間、その希望は打ち砕かれました。その男性は、私を見て、下卑びた顔を浮かべたのです。
「おお。かわいいのが居んじゃねえか。こいつがお嬢様ってやつか?」
「え?」
この方は何を言ってるの?
混乱する私をよそに、その男性が一歩踏み出すのと同時に、前にいたクレアが一瞬のうちに男性の懐にもぐりこみ、その男性を打ち倒しました。
「フィオナ様‼ お早く!」
「は、はい」
倒れた男性の横を通り、先に進みます。……どうなってるの? ここに居るのは、魔物だけじゃないの?
「魔物だけでなく、盗賊も侵入しています! あなた様を必ず守るようにと言われていますので、ご安心を」
クレアがそう言いながら、私の手をひきます。盗賊? そんなものまでいるの?
もう少しで下に降りる階段まで来たとき、私たちの前に盗賊たちが立ちふさがりました。そして、賊からの魔法攻撃などにより分断されてしまい、私は孤立してしまいました。
「お逃げください‼」というクレアとメルの必死な言葉を聞いて、私はその場を逃げ出すことしかできなかったのです。
無属性魔法とはいえ、あれだけの数を作るのはなかなかに大変な作業だとは思いますが、これもフィオナちゃんの魔力の多さによるところが多いのでしょう。
次回更新は土曜日の予定です。




