1-3 こいつはいわゆるダメ男でした
なぜその結論に至ったかというと、この男は、はっきり言ってダメ人間だったからだ。記憶をたどったことで分かったのだが、こいつ――レオンはかなりの甘ったれだ。まず、なぜダメ人間になったかというと、簡単に言うと嫉妬である。嫉妬の相手は、兄上と、父上だ。
アルバート家は、代々騎士の家柄のようで、これまで何人も騎士団長やら近衛騎士を輩出している家柄だ。父であるジルベルトも騎士団長であるし、兄上は今のレオンと同じ年の頃からすでに注目されていたようだ。一方自分は、必死で訓練をしても全く父や兄に叶わなかった。魔法は、素質こそ兄に勝っていたが、それでも負けていた。家族は愛してくれるが、自分には期待せず、兄にばかり期待が集まる。そんな状況が続いたことで、やるせない気分になった。……まあ要するに、ふてくされてしまったのだ。
ここで、「負けてられるか!」と奮起すればいいものを、この男は、嫌なものから逃げた。剣や魔法の稽古をさぼるようになり、学校でも、不真面目な態度が増えた。本当は父や兄を尊敬しているのに、そっけない態度をとったりもした。また、学院に入ってからは、浮ついた様子も見られるようになった。騎士団長の息子という肩書や、伯爵家子息という身分もあり、寄ってくる女子生徒がいくらかいたのである。
私とて別に異性と一緒にいるなと言うつもりはない。思春期の男子だ。異性に興味を持つのはしょうがないと思う。だが、どうやら少し前からは、ひとりの女子生徒にご執心のようだ。2年生の時に転入してきた生徒で、とてもかわいくて、天使みたいな性格をしているようだ。なんだその小説や漫画のヒロインみたいな少女は? いるならぜひ見てみたいものだな。
と話が脱線した。まあ別に、こいつが誰と仲良くしようが関係ないのだ。その少女と放課後遊びに行ったりとか、先約の相手すっぽかしたりしていようが……ね。ただし、そのすっぽかした先約の相手が、この男――レオンの“婚約者”の少女でなければな!
婚約者がいるなんて、さすがは貴族だなどと最初は思ったが、でも、伯爵家とはいえ高名な騎士を多数輩出してきた家とのつながりはあった方がいいと考える貴族は多そうだから、当然なのかもしれない。とりあえず、その件の婚約者の少女は、フィオナというようだ。ミストレア侯爵家の御令嬢で、同い年。婚約してからはもう数年たっている。そして彼女の情報だが……ほとんどない。なにが好きで、どんな性格なのか、趣味、食べ物の好み、果ては、どんな顔をしているか、そういった情報がほぼほぼない。病気がちかと思ったがそうでもない。ただ、あるのは、「落ちこぼれのつまらない女」という記憶のみ。記憶をたどったところ、どうやらその婚約者は、魔法の名門の家に生まれたにもかかわらず、魔法が使えないようだ。いや正確には、生活魔法しか使えないらしい。
この世界には、魔法がある。そしてその魔法は、大きく10種類に分けられるらしい。それぞれ、火、土、風、水、雷、氷、草、闇、光。これらは属性魔法と呼ばれていて、炎を操ったり、氷をだしたりというような属性に沿った魔法を行使できる。魔法を使うには魔力が必要で、この世界では誰でも魔力を持っていて、魔法を行使できるのだとか。属性魔法は、一定以上の魔力を持っていて、適性があると使うことができるのだという。アルバート家の場合、父が雷魔法、母は風魔法、兄は雷撃魔法を、そして私は風と氷だ。兄上の雷撃魔法は、一定以上の修練を積むことで、雷魔法がさらに上位の魔法に進化したものだという。この世界において属性魔法を使えるのは、魔力の多い貴族がほとんどらしく、それが使えないことで、婚約者の彼女は落ちこぼれ呼ばわりされているようだ。
では彼女が使える生活魔法とは何なのか? これは、魔力の少ない傾向にある平民が使うことの多い魔法の総称で無属性魔法というのが正式名称である。“ものを軽くする“とか、”一時的に足を速くする“といったような色々と便利なことができる魔法のようだ。そのほかにも、敵の妨害をしたり、味方の援護をしたりとかなり便利で有用な魔法に思える。
しかし、生活魔法の効果は、低コストだからなのかあまり強くなく、それを使うよりも属性魔法の援護技を使った方が効果が高いこともあり、あまり使われていないようだ。
なんというか、基礎的な魔法しか使えないせいで落ちこぼれ扱いはひどくはないだろうか。どうやら彼女は、学園において、マナーや学問では結構優秀なようだし。頑張っているのに報われない。……それは間違っているとも思う。普通であるならば、この男は、彼女のそんな部分を認めて、励ますなりすべきだった。
しかし、もちろんこいつはそんなことはしなかったわけだ。
「落ちこぼれ」や「無能」呼びは当たり前。顔を合わせても話もせずに、馬鹿にするような発言はする。彼女はどうやら、この男に勉強を教えてくれようとしたこともあったようだが、あろうことか「馬鹿にしてるのか‼」とひどい言葉を投げつけて拒絶。……改めてのクズっぷりに腹がたってきた。挙句の果てには、婚約者である彼女をほったらかして他の女に入れ込んでいる……。
……やっぱりだめだ! こんなのはおかしい! 政略結婚とはいえ、婚約者をほったらかして他の女と仲良くしているとか! 婚約者の彼女は、どうやら何度も歩み寄ろうとしてくれたみたいだ。でも、こいつはなんだ! 全てを拒絶し、楽な方に逃げ、それがどんな影響をあたえるのかも考えてない。
これは政略結婚だ。家と家同士のつながりのために結ばれたものだ。もし、それが破談になった場合、どれだけの影響が出るか。確実にアルバート家に何かしらの処罰が下されるだろう。いくら周囲が蔑んでいたとしても、彼女は伯爵家よりも上位の侯爵家のご令嬢。相手が黙っていないだろうし、確実に不利益を被るだろう。授業をさぼったりしていることだって、態度や成績が悪ければ、それは家の評判にかかわる。もうマイナスしかない。でも、それをこいつにしっかりと教えてくれる奴がいなかったのだろうか? 学友には王族とか、高位の貴族の子息もいるようなのに。……全員馬鹿なのかもしれないな。どうやらそいつらもこいつがご執心の女子生徒に首ったけのようだし。まるで逆ハーレムだな。
とにかく、当面の目標は、今の堕落した生活から脱して、まともな人間になれるようにすることだ。勉強や稽古はもちろんのこと、婚約者のフィオナとの関係も修復したい。政略結婚とはいえ、ちゃんと向き合っていけば、いい関係を築けるはず。あと、こいつがご執心の……確かアメリアだかアリシアだとかいう少女とは、できたら距離をとりたい。なんだか関わってはいけない感じがするからな。
さてと、そうと決まれば、まずはどうするか……。幸い時間はある。まだ本調子じゃないのと、弱った体のリハビリのために、今週と来週は休んで療養し、学園には再来週から行くようにと父上に言われたからだ。つまり、土日を挟んで10日間の猶予があるわけだな。余談だが、この世界の一週間は7日で1年は12か月で365日と、前世と同じだった。
ひとまず、勉強をしよう。あと、筋トレ。学校で授業を受けるために、何を学んでいるのかを知らなければ。さぼっていたからこいつの中にはあまり情報がないしな。それに、筋トレは必須だ。自分の体を知るために少し動いてみて分かった。こいつ、少し腹が出ている。見た目ではわかりにくいが、指でつまむことができるくらいにはたるんでいる。……どれだけ鍛錬をさぼっていたのか。健康な精神は健康な身体に宿るとも言うし、将来、騎士になるかもしれないと考えれば、こんな体でいいはずがないしな。
というわけで、まず目標として、「授業に追いつけるくらい勉強する」と「さぼり始める前くらいの水準まで、身体の状態を戻す」を掲げて頑張ることにした。あと10日しかないが、できる限りやろう。
中々のクズっぷりであるレオン君。主人公の努力によって今後どう変わってい行くのか、どうぞお楽しみください。