4-2 ダメ男はダンジョンに行く②
羽音を響かせて襲い掛かってきたのは、蝙蝠のような魔物だった。ただ、前世で見たことがあるものよりも大きく感じられた。しかも1匹だけでなく、5匹以上はいるようだ。
向かってきた1匹を、動きを見極めて剣で叩き落す。続いてやってきたのも薙ぎ払った。
「⁉」
キイイイイイイイイイィィィィィ‼
突然甲高い音が響き渡り、思わず耳をふさぐ。……あの蝙蝠魔物の攻撃か! なら……。
俺は魔力を集中させ、体を覆うように風をまとう。風で作ったシールドみたいなものだ。姿を見えなくする魔法を練習しているときに着想を得たもので、相手からの攻撃を防いだりできる。今回はその効果を防音に変えているけど。おかげで音は聞こえない。でも、蝙蝠魔物は2匹だけが音を出していて、残りは直接襲い掛かってきていた。そいつらを剣でいなす。……くそっ。まだ使いこなせてないのもあって、シールドにつけられる効果はひとつだけ……。よし。先に音を出してるやつから片づける!
俺は向かってきた蝙蝠を1匹叩き落すと、前に出る。狙いを定めて……。行け‼
瞬間、俺の前に氷柱が一気に5本現れ、放たれた。そしてそのうち2本が1匹に、1本がもう1匹に命中する。音がぴたりと止んだ。……よっしゃ!
残っているのは3匹。それぞれ氷魔法で攻撃したり、剣を使って倒した。……全部で8匹もいたのか。通路に転がっている魔石を拾い集める。こいつも極小サイズの魔石だった。
「レオン。思ったより戦えてんなあ。俺がいなくてもよかったかもなあ」
そんなことを言いながら、兄がやってきた。
「いや、後ろにいると分かってるだけで、だいぶ安心できた」
俺は兄の言葉にそう返した。一人じゃないって思うと安心感が違うなやっぱり。
それから先に進む中で、何回か魔物と戦った。それで分かったのは、この階層では4~8匹くらいの団体で魔物が徘徊しているということだ。1匹1匹の強さは大したことはないのだが、集団で来られると連携して攻撃してくるから面倒くさい。今のところ何とか対処できているが、もっと強い奴が出て来たらきついかもしれないな。
そんなことを考えたのが悪かったのかもしれない……。俺はその後すぐに、ゴブリンの集団と戦う羽目になってしまった。しかも、そいつらは剣と簡素な鎧で武装していた。
「ギャギャギャ!」
1匹のゴブリンが雄たけびをあげながら剣で突っ込んできた。剣で受けとめようとしたが、時間差でもう1匹動き出したので、即座に受けとめるのをやめて受け流し、そのゴブリンの攻撃を避ける。そして氷魔法を打ち込んだ。魔法を受けたゴブリンが地面を転がる。これで1匹。固まっていたゴブリンたちには風魔法を使って動きを妨害し、最初に切りかかってきたゴブリンを斬る。これで2匹。残りは4匹か。
さらに2匹を倒して、残りのゴブリンたちに意識を向けたときにそれは起こった。突如意識外の方向からゴブリンの声が聞こえたのだ。見るとゴブリンが1匹、剣を俺に向けて振るところだった。体の一部が凍っているから、最初に倒したと思ったやつだ。倒しきれてなかったのか!
「……っ⁉」
とっさに体をひねって避ける。そのおかげで直撃を食らうのは避けられたが、剣が腕に当たってしまった。剣がさびていたのと、皮鎧をつけていたおかげで斬られることはなかったが、鈍器で叩かれたような痛みに襲われた。これじゃ剣を満足に振れない!
「くっ!」剣がだめなら魔法で‼
俺はすぐに狙いを定めて魔法をゴブリンに当てた。これで倒せたはず……さっきの2匹は!
見てみると、2匹のゴブリンはもう間近に迫っていた。やばい。もう間に合わない‼
とっさに俺は風のシールドをまとう。片手だけの剣じゃ押し切られると思ったからだ。ふたつの攻撃を受けとめきれるかは分からないけど、やるしかない……。
しかし、その攻撃が俺に届くことはなかった。なぜなら、ゴブリンは2匹とも兄の剣によって一気に上下に分断されていたのだ。ドサリと音を立てて、ゴブリンが崩れ落ちる。兄は剣を担ぎながら俺を見た。
「今のはちょっと危なかったなあ。たくさんのやつを相手にするときは敵全部に意識を割くのは難しいだろうが、完全に倒したことを確認しないで他の敵とやり合うと、こんなことにもなる。……だから大人数を相手にするときはなるべく一撃で葬るか、しばらく動けないくらいに攻撃しとかないとだ。今のゴブリンは凍っててしばらく動けなくなってたから、無意識かもしれないが結構いい線いってたとは思うぜ」
「……」
確かに……。戦うのに必死でそこまでは頭が回ってなかった。もし兄がいなかったら、大きなけがを負っていただろうし、最悪死んでいたかもしれない。
「とりあえず、怪我の手当てをするか。ポーション持ってるか?」
「……はい」
「それくらいなら初級のやつを飲めば治る。警戒はしとくからよ」
そう言うと兄は周囲を警戒し始めた。俺は収納に入れてたポーションをひとつ取り出し、中身を飲む。……そう言えば、ポーション飲むの初めてだな。どんな味なんだろう……?
少し青みがかった液体を口に含んで、飲み込む。とたんに清涼な香りと、シュワッとした爽快感が喉をぬけていった。……この味、サイダーだ。色味そのまんまなんだな。てっきり栄養ドリンクみたいな味がすると思ってたけど、まさかのサイダー。……これ、料理に使えたりしないかな? たしかサイダーで作る煮込み料理とかあった気がする。……あ。腕の痛みがなくなってる。さっき触った時は脹れていて痛みがあったのに、全部治ってるな。……そう言えば、ポーションって患部にかけてもいいんだっけ。……この世界のサイダーってすごいなあ。
ダンジョンに入ってからすでに5時間以上が経過していたこともあり、今日はもうここまでにして一度外に出ることになった。何体かの魔物と戦いつつダンジョンの外に出る。外はまだ明るいが、日はすでに傾いていた。ダンジョンの近くには野営をできるスペースがあり、今日はそこで夜を明かすという。これも領地に行ったときに何日もかけて山や森の魔物を狩ることが多いから、野営の知識は必要なんだとか。
早速野営の準備に入った。柱を立てて、そこに屋根となるように幕を張る。見た目はテントみたいだ。それからテントの周りに薬草の根っこを置いて回る。これで魔物はほとんど寄ってこなくなるとか。次に教わったのは火の起こし方だ。とはいっても、ライターのような魔道具があるし、無属性魔法でもできるから、結構簡単だった。簡易かまどの作り方とか、なんだかキャンプをしてる気分だ。
その日の夜。俺は簡易テントで眠っていたのだが、途中で体をゆすられて起こされた。何事かと思ったが、火の番の交代だと言われた。眠い目をこすりながら外に出る。兄曰く、焚火の火と薬草の根で魔物は寄ってこないが、魔物以外にも盗賊などが寄ってくることもあるから、火を絶やさないように交代で番をするのだとか。しばらくは火の番の仕方を教わりながら過ごし、兄がテントに入ってからは焚火を見ながら過ごした。あたりはまだ暗く、夜明けまではかなりかかりそうだ。
焚火に薪を足したりしているうちに時間は過ぎて行って、空がだんだんと明るくなっていった。……何気に初めて見るこの世界の朝日だ。暗かった空がだんだんと赤みがかっていき、太陽が出た瞬間は白く、そこからまた赤みが増していき、やがて青くなっていく。俺はなんともなしに、その光景を見ていた。




