3-8 ダメ男は婚約者の友人ににらまれる
次の日、教室で勉強をする気になれなかった俺は、今度は図書室の奥の方にある机のところで勉強していた。ここは奥まった場所にあるので、入り口から覗く程度では見つけられない。昨日のこともあって、俺もちょっと警戒していた。……しかし、今度は別の理由で集中できなくなってしまった。
勉強をはじめて、30分ほどたったころ、本棚を挟んだ向こう側の机の所に、誰かがやってきたのを感じた。試験前だからそういうこともあるだろうと気にしていなかったのだが、少ししてから聞こえてきたのは、なんとフィオナの声だった。思わず手をとめて、そちらを見る。でも、本棚が目隠しになっていて、どんな様子なのかは見えなかった。ただ、小さく声が聞こえる。そして、近くにいるのだと分かってしまうと、やはり気になってしまうのはしょうがないことで、ついついそちらに意識がいってしまったのだ。話の内容は聞こえないが、会話を聞く限り、フィオナはふたりくらいの女子生徒と共にいるみたいだ。片方の声の主は、あのエレオノーラ嬢のようである。もうひとりは誰だか分からなかった。
フィオナたちが近くにいると思うと、少し落ち着かない。特に今回はエレオノーラ嬢がいるから、なおさらだ。俺はあの娘さんが少し苦手なのである。個人的にはカルロスたちを真正面から諫めてくれるから好感が持てるのだが、彼女は俺をめちゃくちゃ嫌っている。それはこの前の態度を見ればわかることだ。きっと、フィオナをぞんざいに扱う俺を許せないのだろう。ふたりの仲がとてもいいのは、フィオナを見てればわかった。俺としては、これはあんまり望んでいない展開だ。フィオナとの関係修復を目指すからには、彼女の友人ともできれば友好的な関係を築きたい。でも実際には、これまでのレオンの行動や態度もあってかなり嫌われている。この状態のままフィオナと関わり続けて彼女から信頼を得ようとしても、それがネックとなる可能性が高いだろうな。……難しいなあ。
それからも勉強は続けたが、時折聞こえるフィオナたちの声が気になってしまい、結局あまり進まなかった。やがて、席を立つ音がして声が遠ざかっていくのが分かった。やや張りつめていた気が緩んだ。ほうっと息を吐く。
「ダメだなあ……全く」
思わずつぶやいた。情けない話だが、俺はエレオノーラ嬢にビビッているのだ。前世も合わせれば彼女の倍以上生きているというのに。でも、エレオノーラ嬢は堂々としていて、大人びた雰囲気を漂わせている。正面から相対すると、なんだか大人の女性を相手にしている気分になるのだ。前世ではきちんと働いていた俺にとってはそんな女性と仕事で会う機会もあったからどうってこともないが、レオンにとってはそういった人物が苦手で、それがでているのかもしれないな。
「盗み聞きなんて、無粋ではありませんこと?」
「え?」
突然聞こえた声に戸惑う。振り向くとそこには、剣呑な雰囲気をまとったエレオノーラ嬢がいた。近くには燕尾服を着た従者と思しき男性がいる。……気づかれていたのか?
「……俺はあなた方が来る前からここにいた。聞こえてきた声がすこし気になったくらいで、盗み聞きなどしていない」
俺は努めて冷静に、言葉を口にする。これ以上こじれるのはごめんだ。……あと、そこの従者らしき人の視線も怖い。余計なことを言ったりとかしたら、殺られそうだ。
俺の返しに、エレオノーラ嬢は意外だとでもいいたげな顔をした。……逆上して怒ったりすると思ったのか? まあカルロスたちもそんな感じだったし、実際前のレオンだってそうだったしな。
エレオノーラ嬢は机の上を見る。そこには俺の勉強道具が置いてあった。
「……学業がお嫌いなアルバート様がこんなところにいらっしゃるなんて……フィオナが言っていたのは本当だったのかしら」
「うん?」
「アルバート様が学業に取り組み始めたと。……あと、今までの行いを謝罪したとも聞きました。……ずいぶんと変わられましたのね?」
そういうと、じっとこちらを見る。まるで値踏みされているみたいだ。
「……死にかければ、思うところだったり、考えを改めたりすることもあるのではないか? 俺も思うところがあったので、それを改めただけだ」
なんとか言葉を絞り出した。無言の圧力が強い。目をそらしたくなるが、その気持ちを押さえつけた。少しの沈黙ののち、彼女は“……そう”と呟くとくるりと身を翻した。
「……アルバート様が何を考えようがわたくしには関係のないことですわ。でも、もしフィオナを傷つけるようなことがあれば許しません。それだけは忘れないでくださいませ」
そういうと、エレオノーラ嬢は去っていった。燕尾服の男も俺を一瞥してからついていく。ふたりが完全に見えなくなったところで、思わず息が漏れる。……すごい緊張したし、あと威圧感ていうのか? 強いプレッシャーみたいなのを感じた。
緊張を強いられていたのもあってか、精神的な疲れもあるし……今日はもう部屋に帰ろうかな。
図書室を出て廊下を歩く。
(エレオノーラ嬢は、本当にフィオナと仲がいいんだな。まだ一緒にいるところをそんなに見たわけではないけれど、お互いを大事に思ってるのはよくわかった。俺としても、学園内で一緒にいてくれる友人がいてくれるのはありがたい。……さて、俺もがんばって、フィオナとフィオナの友人たちに信頼されるように行動しますか)
まずは目の前の試験だ。気張っていこう。
体を覆う魔力が、ゆらりと波打つ。……しかし、その揺らぎはだんだんと小さくなっていった。集中するとぴたりと止まる。よし、いいぞ。今の状態は、体の周囲に楕円形の膜があるような状態だ。これをウェットスーツみたいに極限まで体に纏わせるんだ。
夜、寮の部屋の中で、俺は魔力操作の練習をしていた。屋敷にいたときから欠かさずやってきたおかげで、だいぶ扱えるようになっている。体の周囲を魔力で覆うことができるようになったので、俺が次に目指したのは魔力を纏うことだった。騎士たちの練習や学園の授業を見て、それが次にやるべきことだと思った。
練習のおかげで、だいぶ安定して魔力を体に纏えるようになってきていた。……だが意識していないと魔力が拡散してしまうから、まだまだだな。
また別の日。その日俺は、木剣を振りながら魔力操作の訓練をしていた。剣を振ったり、周囲に意識を向けながらでもこれを維持できるようにしたい。イメージはあった。ある漫画の主人公が、味方の力を服のようにまとって戦っているシーンがあったのでそれを参考にしてみる。……それが当たり前であるかのように、魔力をまとうんだ。
不意に、全身が熱を持った。体を温かなものが駆け巡るような感覚。しかしすぐに収まる。……? なんだったんだ? 体を見て、異常がないかを確認してから練習を再開した。
変化に気が付いたのは、練習を再開してからすぐだった。さっきよりも、魔力の操作がしやすい。魔力の動きがよくわかる。試しに足の方に魔力を集め、纏う。……できた。その状態で走ってみると、いつもよりかなり早く走れた。
今度は前に失敗した小さな風を起こしてみる。風の球が出た。大きさはバレーボールくらい。……イメージ通りだ。でも放つわけにはいかない。魔力を霧散させて消せないか試してみるとすうっと消えた。……間違いない。明らかに魔力の扱いがうまくなってる。なんだろう。今までが全部手動でやってたのが、半分くらいオートの補助が付いた感じ?
もしかして、と思い身に着けていたハンターカードを手に取り“ステータス”と唱える。
ハンター名 シンゴ (レオン=ファ=アルバート)
ランク アイアン
状態 健康(疲労:低)
称号 「転生者」
魔法 「風魔法」 「氷魔法」
スキル 「魔力制御」
体力 D
魔力 D
備考 「歌好き」
この前の時に、薬草類の採取と、一番初めにオオカミ魔物を一匹倒したことでランクはアイアンに変わっていた。まあそれはいい。重要なのは、今まで空欄だった“スキル”の所に、「魔力制御」というのが新しく追加されていることだ。……おそらくこのスキルの権能なのではなかろうか?
(鑑定)
魔力制御 … 魔力の扱いに習熟すると手に入る。「魔力操作」の上位スキル
権能:魔法の効率化(魔力コスト削減・威力上昇・魔法耐性・魔術耐性)
う、う~ん。これってチートに近い……のか? どのくらい威力が上がるかとかにもよるだろうけど、けっこう強力なスキルが手に入ったのではないだろうか。おそらくだけど、兄が持っているのもこういう系統のスキルなのだろう。「魔力操作」の上位スキルなのか。……最近はいろいろあってステータス見てなかったからな。もしかしたらどこかの時点ですでに「魔力操作」を手に入れていたけど、気が付いていなかった可能性もあるかも。
もうちょっと調べたいこともあったが、一度パネルを閉じた。そしてぐっとこぶしを握り込む。
(やったぞ。少しずつだが、“まともな人間になる”という目標に近づいている。この調子で頑張ろう)
次の日以降、俺は風魔法や今まで使ってこなかった氷魔法を使ってみながら、さらに魔法の訓練に励んだのだった。
作中の世界に置いて、「スキル」と言うのは、才能を持つ人が一定の条件を達成することや、ひたすらに努力を重ねることによって発現するもの、という感じになっています。「スキル」を持つ人はそれなりにいますが、それを公開している人はあまりいません。また、スキルには、努力で手に入る普通の「スキル」と、特殊な条件で手に入る「ユニークスキル」があります。




