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幕間 sideフィオナ~悲哀に満ちた顔~

 今回は2話分更新します。

「今日はアルバート伯爵家に13時だったよね」

「そうね」

「じゃあフィオナのかわいさが引き立つように頑張らないと」

「ありがとうアンナ。……んん、ふあ……」

 唐突にあくびが出てしまいました。少し眠いですね。

「昨日寝るの遅かったんでしょ。……まったく、ミーナ様もひどいことするよね。フィオナがせっかく用意した地図をやぶっちゃうなんて。絶対わざとだよ‼」

 そう言いながらまた腹が立ってきたのか、アンナは声を荒げた。アンナは小さいころから一緒だったから、私を妹のようにかわいがってくれる。……それこそ、本当の家族よりも。

 役立たずの私に、家族は冷たい。それは使用人も同じ。例外なのは、アンナをはじめとした、一部の人だけ。もし、アンナたちがいなかったら、私はどうなっていたのだろう……。

 今日の午後は、レオン様の所で勉強をする予定になっています。社会をするので、私は昨日、国同士の関係を分かりやすく説明するための地図を作りました。数種類の色を使ったり、紙を張ったりしたので時間がかかったけど、これでレオン様のお役にたてるなら、と思いました。でも、少し席を外した隙に、妹のミーナに破かれてしまい、夜に作り直した結果、いつもよりも寝る時間がだいぶ遅くなってしまいました。作った地図やノートは、異空間収納に入れたから、もう大丈夫。

「地図もノートも、もう作り直したから大丈夫よ。アンナ、私なんかのために怒ってくれて、ありがとう」

 私の言葉を聞いたアンナは、感極まったように私をぎゅっと抱き締めました。

「侯爵様も、奥様もひどい。フィオナはこんなにもいい子なのに。魔法が使えないだけで、なんでこんな扱いをされなきゃいけないの?」

 その言葉に、嬉しくなった私は、アンナを抱きしめ返します。少しして離れたアンナは、道具を片付ながら言いました。

「でも、レオン様のこと、信じられるの? あんなにフィオナのこと、馬鹿にして傷つけてたのに……。記憶喪失とか、怪しい。本当は嘘で、フィオナをだまそうとしてるんじゃ……」

「……違うと思うわ。短い時間の間に、演技であんなに変わることはないと思うの。私は、私と向き合いたいって言ってくれたレオン様を信じたい。……だめかしら?」

「……わかった。じゃあもう少し様子を見てからにしよう。……フィオナ。もし、辛くて、どうしようもなくなったら、言ってね。あたしたちは、フィオナの味方だから」

「うん」

 昼食を食べ終わると、時間は12時30分を過ぎていました。もう出発しないとですね。荷物は異空間収納にすべて入ったので、このまま行くとしましょう。アンナと一緒に、エントランスへと向かいました。しかし、私たちが見たのは、水浸しになっているエントランスと、そこに立っている妹のミーナの姿でした。ミーナは私を見ると、軽薄に笑いました。

「あらお姉さま。ちょうどよかった。これ、片付けて下さる?」

「え?」

「もう少ししたら、お客様が来るんですよ。こんな状態にしておけないでしょう? ほら、早く片付けて下さいよ。こんなの水魔法を使えばすぐでしょう、お姉さま? ああ! そういえば使えませんでしたわね。申し訳ありませんわねえ」

「なんてことを……」

「待って‼ 大丈夫だから。……わかったわ」

何か言おうとするアンナを止める。口答えをしてしまえば、アンナとその家族にまで、迷惑をかけてしまう。それだけは嫌でした。それなら、おとなしく従った方がいい。

 私は雑巾を持ってくると、床を拭きました。水は結構な範囲に飛び散っていて、時間がかかりそうです。レオン様に約束した時間に、間に合わないかもしれません。

 と、私の前方にあった水が、球体になって、ふわりと浮き上がりました。そしてそれはひとつにまとまると、離れたところで床を拭いているアンナに向かって飛んでいきます。

「危ない‼」

私はとっさにアンナと水球の間に割って入りました。水球があたり、全身が濡れてしまいました。

「ああ。ごめんなさい。手伝ってあげようとしたのですけど、操作がくるってしまいましたわ。ふふふ。まあ、今日は暑いですから、体が冷えて丁度いいのではありませんの?」

 あはは、と笑いながら、ミーナは帰っていきました。

「フィオナ‼ ごめんね。私をかばって……。すぐに拭かなきゃ」

「いいの。それにもう一度着替えないといけないと思ってたから、ちょうどいいわ。まずは、片付けちゃいましょう?」

 アンナが気に止まないように、笑顔を作りました。アンナは何か言いたげだったけど、ずぶ濡れの体が心配なのか、拭く作業に戻ってくれました。

 結局掃除と着替えを合わせて、1時間ほどかかってしまいました。完全に遅刻です。アンナが、遅れることをレオン様に知らせてくれたと言っていましたが、不機嫌になっていらっしゃるに違いありません。

自ら約束した時間に遅れるなんて、あるまじき失態です。今以上に失望されたらどうしたらよいのでしょうか。とにかく誠心誠意謝るほかにありません。

 私は震える心を叱咤し、気を張り詰めた状態でアルバート家に向かいました。

 アルバート家に着いた私は、深くレオン様に謝罪しました。ひどい言葉をかけられることも覚悟していました。やや低めの声がかかった時は、何を言われてもいいように、身構えました。顔をあげろと言われて、とうとうぶたれるのか、と覚悟しましたが、ぶたれることも、叱責されることもありませんでした。

レオン様は、ゆっくりとした声で、怒っていないことを説明してくださいました。遅れたことは悪いことかもしれないが、どのくらい遅れるかを知らせてくれて助かったと。そんなふうに言われたのも初めてでした。それでも恐縮していましたが、レオン様は私を気遣う言葉をかけてくださり、ようやく落ち着くことができました。

その後、許されたとは言っても、失態を犯したことの挽回を図るべく、私は持ってきた資料や地図を使いレオン様に国々の歴史や関係を説明しました。レオン様からは、「分かりやすい」という言葉もいただけて、やっと張りつめていた気が緩むのを感じました。……でも、それがいけなかったのでしょう。気が緩んでしまったことで、押さえていた眠気がぶり返してしまい。私はあろうことか、レオン様の前で眠ってしまいました。


「ん……ここは?」

気が付くと、私は我が家のエントランスにたっていました。目の前には、お父様とお母様、ミーナがいました。みんな綺麗な衣装を着て、出かけようとしています。

 ああ……。これは、私に魔法の才能がないと分かった日だわ。あの日、お父様たちは才能がないと分かった私を置いて、劇場に行ったのでした。私も行きたいといったけど、許してもらえなかった。

「お前はミストレア家の恥さらしだ」

「魔法が使えないなんてなんて無能なのかしら。顔も見たくないわ」

 そう告げると、お母様たちはミーナとキースを連れてエントランスを出ていこうとします。ミーナはまだよくわかっていないのか、黙っています。お母様たちの後を私は追いかけました。でも、いくら走っても、お母様たちには追いつけません。それどころか、屋敷の使用人たち、アンナ達まで、私を追い越して、どこかに行こうとしていました。

「ま、待って‼ 私を置いていかないで‼ ひとりは……いやなの」

 必死で叫んで、手を伸ばしますが、それは誰にも届くことなく、虚空をつかむばかりでした。やがて、私は暗い場所にひとりぼっちになってしまいました。……暗闇は嫌。屋敷の物入れに閉じ込められた時のことを思い出してしまう。寂しくて、暗い。

(やっぱり私には、生きている価値なんてないんだわ。魔法も使えず、周囲に迷惑をかけるばかり。レオン様は優しくしてくださっているけど、こんな私では、きっと見限られてしまう。アンナたちも、私に関わっているばっかりに、迷惑をかけている。……もういっそのこと……)

 絶望しかけたその時、先ほど虚空に伸ばしていた手に、ぬくもりを感じました。それは私の手を優しく包み込んで、まるで「大丈夫だ」と言っているように、私の冷え切った手を温めてくれます。思わずそれにすがると、それは安心しろとでも言うように、私の手を撫でました。

(温かい……)

そのぬくもりを、もっと感じたいと思ったその時、手に感じていた温もりが、鼓動を刻むような動きをしました。そして暗闇だった世界に、小さな光が差し込み、その光と共に、誰かのハミングをする声が聞こえてきたのです。やがてハミングから言葉に変わり、それが歌であることが分かりました。メロディも、歌詞も、まったく聞いたことのないものでした。でも、その声は光と共に、暗闇を照らします。そしてそれを聞いているうちに、まるで心の中に明かりをともしているような温もりを感じることができました。すると、なんだか安心して、さっきまでの絶望や不安が薄れていくようでした。

 ふと、意識が浮上して、その歌がよく聞こえるようになりました。初めて聞く歌。初めて聞く歌詞のはずなのに、心に沁み込んでくるようです。歌っているのは、レオン様のようでした。語り聞かせるように、小さいけど、優しい声で言葉を紡いでいます。私は、まだ朦朧(もうろう)としている意識の中で、重い(まぶた)を持ち上げてみました。

 私は、ベッドで眠っているようでした。そして、ベッドのすぐ近くには、レオン様がいて、私の手を握っているのが見えます。ぼーっとしたまま、視線をレオン様の顔に向けてみました。そして見たのは、涙を流しながら歌を口ずさむレオン様の姿でした。

 遠くを見つめながら、歌うレオン様。彼の顔には深い悲しみが宿っていて、涙が次から次へと溢れています。

(どうしてそんな、悲しそうな顔をなさっているの?)

 やがてハミングに戻り、再び言葉が紡がれたとき、レオン様の声に、さらに悲しみがのったように感じました。そして私の瞼は急激に重くなり、思考が鈍くなっていくのが分かりました。意識が閉じる寸前、私は、幸せそうに笑う見たことのない家族の姿を見た気がしました。


「ええ⁉ レオン様のベッドで寝た‼ 急展開すぎでしょそれは……。まさか襲われて」

「ち、違うのよアンナ‼ 本当に、ただ寝ただけで……。レオン様は眠ってしまった私をベッドに運んでくださっただけなの……」

 しどろもどろになりながらも、何とか説明しました。とは言っても、私もまだ少し混乱していて、ちゃんと説明できたかはわからないけれど……。

「つまり、フィオナ様は彼の前で寝ちゃって、気がついたら彼のベッドで寝ていたことに驚いて、慌てて逃げて帰ってきたんですね。ふふっ」

 私の話をまとめたうえでニコニコと笑っているのは、私の乳母で、アンナの母親でもあるリアさんです。我が家で御者をしている夫のダンと共に、私を本当の娘のようにかわいがってくれます。

「うう……」

 そうなのです。目を覚ました時、ベッドで寝ていたことに混乱した私は、挨拶もそこそこに、半ば逃げるように伯爵家の屋敷から帰ってきたのです。だってあんなの、気まずいし、恥ずかしすぎるわ。学園でレオン様と顔を合わせても、どのような顔をすればいいのか……。そ、それに、こんな醜態をさらしたんだから、いくら優しいレオン様でも、きっと呆れているに違いないわ。……もしかしたら怒っているかもしれません。

 アンナとリアさんはまるで自分に起きたことのように盛り上がっています。そんな中、私は伯爵家の御屋敷にいたときのことを考えていました。晒してしまった醜態のことは、もう取り返しがつかないと半ばあきらめ、次に思い出したのは、ベッドで眠ってしまった時のことでした。眠っていた時のことはあまり覚えていないけれど、とても温かくて、安心したのは覚えていました。少しだけ、心が軽くなったような……。そして悲しみに沈んだレオン様の顔。それがなぜか、印象に残っていました。


 第2章はここまでとなります。次からはいよいよ学園に通うことになり、新たな登場人物も登場してきます。楽しんでもらえたら嬉しいです。

 また、第3章の前にここまでの登場人物の紹介を挟ませてもらいます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 主人公(オッサン)視点からもヒロイン視点からの語り口も両方とも素晴らしい点。
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