9-6 令息は戦場に立つ③
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前回のお話は割と衝撃的な展開で幕を閉じたわけですが、今回はその続きからです。
それでは本編をどうぞ‼
side:フィオナ
カチャンッ‼
手が当たった拍子に、カップが床に落ちてしまいました。アンナが拾い上げると、それはひびが入っていて、もう使うのが難しそうでした。少し気に入っていたのに。
「大丈夫ですか⁉」
ラングレイで新たに私付きの侍女になったチヨさんが声を上げた。レオン様が選んでくれた彼女は、私と同じ黒い目をしている女の子。凛とした気配をまとうこともあれば、年相応の無邪気さも見せる子です。なんでも、おじいさまがレオン様の前世の世界の方で、瞳の色は遺伝なのだとか。何度か見かけた彼女の兄であるヒデナリさんは髪も目も黒に近く、幼馴染で従妹のユキムラさんも黒髪でした。
「大丈夫よ」
そういうとホッとした表情をする彼女は、かつての世界で世が世なら王女に相当する身分であったと聞いたときは驚きましたが、本人はこちらでは関係ないと笑っていたのを覚えています。
「新しいカップを持ってくるね」
アンナがそういって部屋を出ていき、手持無沙汰になった私は思わず窓の外を見ます。広がっているのはラングレイの街並み。その向こうにはレオン様たちが向かっていったマルタ街道が見えます。どんなに目を凝らしてもレオン様が見えるわけないのに、なぜか目が離せません。どうして…?
「どうかされましたか?」
顔に出ていたのかしら。サラさんに声を掛けられて、私は今の気持ちを言葉にします。
「うまく言えないのですが、なんだか不安なんです」
胸の奥がざわつくような、何か、恐ろしいことが起きようとしているような、そんな感じ。
胸の前でぎゅっと両手を握り、祈ります。どうか、無事でありますように。
Side:マルバス
「レオンさん‼」
敵兵の攻撃を受けて体をかたむかせるレオンさんに、絶望しかける。このままでは!
僕がこの場所にいるのは、レオンさんと共に戦いたかったからというのもある。だけど一番の理由は、フィオナ様がレオンさんを案じていたからだ。
レオンさんがいない間、僕は自主的に彼女の護衛をしていた。そうすればレオンさんが喜んでくれると思ったからだ。結果として褒められていい思いができた。副産物でフィオナ様を慕う令嬢の方々に好印象を持ってもらえたのも大きかったな。やはり偉大なる人は他の人からも好かれるということか。
それはさておき、護衛の最中、フィオナ様から話しかけられることはもちろんあった。僕の個人的な話、世間話などもしたが、やはり一番盛り上がったのはレオンさんの話だった。
自慢じゃないが僕はレオンさんと共に過ごした時間は長い方だと思っている。その中でふたりの仲睦まじい様子は幾度となく見ていた。
だからこそ、僕はレオンさんの下僕、いや”友”として、その光景を守らねばならないと考えた。
そのためにはやはり戦場に行くレオンさんの傍にいるのが一番だと考え、兵に志願したわけだ。
おそらくだが、レオンさんにかけあえばすぐに兵になれたと思う。だが、縁故で採用されたとあっては面白くないと思う者も出るだろう。だからこそ、一般兵から身を立てるべきだと思ったのだ。
おかげで知己も増えたし、彼ら目線から見たレオンさんの魅力も知ることができた。
初めての戦場は、やはり身震いがした。魔物を相手にするのとは全く違う。なんとか食らいついている中で起きたカリオン殿の負傷。
指揮を引き継いだレオンさんは、自ら先頭に立って僕たちを鼓舞しながら戦った。そんなレオンさんの近くで共に戦えて僕は嬉しかった。
だけど目の前でレオンさんが倒れ行くのを見て目の前が暗くなるような感覚がした。何とかしてレオンさんを助けなければ!
それをするために足を動かそうとしたとき、レオンさんの動きが止まった。
ゆっくりと地面に向けて倒れていっていたレオンさんが、片足を地面に突き立てて踏ん張ったのだ。意識が戻られたのか!?
———パアン!
レオンさんに攻撃しようとしていた兵たちが一瞬で吹き飛ぶ。
「……ねえぞ」
レオンさんが何かつぶやいた。風が吹き荒れて敵兵を吹き飛ばした。魔法や矢が放たれたが、それも弾き飛ばす。
「大切なものを守って死ぬだあ? 名誉ある最期? そんなもの、オレは認めねえぞ!」
普段よりもかなり荒々しい口調で、レオンさんはそう言った。
side:???
目を開けて、周りを見る。熱い空気。血の匂い。剣と悲鳴の音が全てを満たしている。
まさか、数年ぶりに見る景色が戦場になるとはな。
オレは別に、このまま眠り続けていてもよかったんだ。こいつのやってることを、眺めているのも悪くないと思っていた。
最初はオレだって、体を取り戻そうとした。オレじゃないやつがオレの身体を動かしているなんて、許せなかったからな。……だめだったが。
そうこうしているうちに、こいつはどんどんとオレを変えていった。避けていた兄上と仲良くなり、親父たちとの関係も修復。学園での成績を上げ、武闘会で優勝までしやがった。
なにより衝撃だったのは、フィオナ嬢の変わりようだ。オレの目にはいつの間にか陰気でつまらない女だという認識が根付いていた。最初は……彼女と仲良くなりたいという気持ちが少しはあったはずだったんだがな……。
一連の騒動を見ていた今なら、アメリアによって色々と歪まされていたのだと嫌でも理解した。オレはアメリアに誘導されるがままに、ただ楽な方に流されていたんだってな。埋まらない兄上との差。上がらない成績。上手くいかないこと、やりたくないことから逃げだしていた。
話がそれたが、今のフィオナ嬢は、はっきり言えばあか抜けた。俯きがちだった顔はしっかりと前を見据え、背筋はピンと伸び、髪や服はしっかりと整い、何より、表情が豊かになって、美しい笑顔を見せるようになった。その輝きを独占しているこいつに嫉妬しそうなほどよ。
だが、誰が彼女をそこまで育てたか。それくらいはわかってる。……オレではおそらくできなかっただろうこともな。
いつからかオレは、こいつの行動を見ているのが段々と楽しくなってきていた。体を取り返す手段がわからなかったのもあったが、あの日の母上の言葉を聞いてどこか満足してしまったからだ。
それに今取り返したとしても代官とかうまくできないだろうし、こいつの手柄を横取りするみたいで気分がよくない。
こういうのは少し離れたところで見ている方が楽しい。確かこいつが前いた世界ではこういうのを”ドラマ”というんだったか? けっこう楽しませてもらったぜ。
そんなオレの意識が大きく動いたのは、兄上が負傷し、こいつが殿をやることになった時だった。
こいつは、死ぬ気だった。命がけで時間を稼いで、兄上を、街を、フィオナ嬢を守ろうとしていた。
その心意気は立派だと思う。国と民を守る騎士としてはな。だけど! オレはそんなの認めねえぞ!
お前はオレに、希望を見せた! オレが手に入れるのをあきらめた希望を! 未来をな! だからこそお前は生きて、これからもオレに希望を見せ続ける責任があるんだよ!
生きる気がないなら、今だけオレに体を返しやがれ! そしたらこんな場所さっさとおさらばして、ラングレイに帰ってやる!
”万が一”と言いながら嬉々として作ってたあの仕掛けどもは、こういう時のためにあるんだろうがよお!
怒りと共にオレの残滓ともいえるものが膨れ上がるのと、こいつが敵の攻撃を受けて意識を失ったのはほぼ同時だった。
‼
熱い。これは……魔力か!
突如として魔力の流れともいえるものが目の前に現れ、それに引っ張られるような感覚がした。そして次の瞬間目の前にあったのは戦場だった。
「おらあ!」
裂帛の気合いと共に放った魔法が、敵を氷漬けにする。向かってくる敵を剣で切り伏せながら返す刀で接近してきた敵を倒す。……体が軽い。あったまってきたなあ!
2年以上自分で動かしていなかったとはいえ、やっぱオレの身体。動かし方は分かってる。とはいえ、長くはもたなそうだ。
今はオレが表に出ちゃいるが、これは今回限りの一時的なもんだ。今のオレは、ほんの少し残っていた魂のカケラみたいなもんがフィオナ嬢の魔道具の力を借りることで出て来れているに過ぎないのだとな。事実、オレは、オレが少しずつ削れていくような感覚がある。まるで足の先から徐々に体が消えていっているような、な。
風の弾丸で敵を撃ちぬく。———また少し消えた。
時間に猶予があると思わない方がいいな。今のオレの目的は、こいつを生きてここから脱出させること。それをするためには、うっとおしい奴らを一度引きはがさなきゃならねえ。一当てして敵がひるんでいる隙に退くか、それか敵中突破でもしてあちらのド肝を抜くか。
まあ前者一択だ。おそらく、敵もそろそろ勝ちを意識してゆるみが出てくる頃だろう。派手に暴れて隙を作ってやらあ!
オレを中心に氷の弾丸が横一列に並ぶ。発射!
それはまるで鉄砲の一斉射撃のごとく敵に襲い掛かる。間髪入れずにもう一度撃ち込んだ。独り鉄砲隊だあ! こいつの行動を眺めるのも良かったが、こいつの記憶、特に戦いや武器の知識を覗くのは楽しかったなあ!
また削り落ちていく感覚がした。だが同時に敵の方にも動揺するような空気が広がっていくのを感じた。それにほくそ笑みながら弾丸を補充する。
さあて、オレが消えるのが先か、てめえらの士気がなくなるのが先か、我慢比べといこうじゃねえか。
「くそ、何をしている! 王国軍は総崩れしたのだろう! 何を手間取っているのだ!」
「そ、それがマルタ街道前に陣取っている王国軍の抵抗が激しく兵が足止めされています!」
「なんだと!?」
くっ⁉ もう抵抗できるものなど残っていないと思っていたのだが……。王国側の大将たちは軒並み撤退したか討ち取ったと聞いたのだぞ! ううむ。リアム街道側へは順調に兵が進んでおるというのに。このままではマルタ街道方面への進軍が遅れてしまうわ。
やはり裏切ったばかりの奴らにばかり任せておくべきではないな。
「兵を動かせ。抵抗している奴らを包囲してすりつぶしてしまえ!」
「レオン様! 奴らこちらを包囲して押しつぶす気です」
「くそ、まあそうなるわな」
オレに代わってからしばらく経った。それまで敵は正面からやってくる奴らだけだったが、俺らの粘りに業を煮やしたのかここにきて数で包囲し押し切る作戦に出たらしい。こうなるともうこちらは耐えられない。……やるっきゃねえか!
「お前ら、できる限り固まれ!」
指示を出しつつ魔力を練る。もう今を逃せば逃げるなんて無理だ。ならば、無理やりにでも作るまで。
想像しろ。敵を寄せ付けない壁がどこまでも続く様を。
魔力が放出され、周囲の気温が下がっていく。
思い描け、こいつの記憶の中にあった、ひとつの大国全てを守らんとした長い長い城を!
「———出ろ」
瞬間、一気に放出された魔力が、吹き荒れ、俺たちと敵の間を駆け巡った。それは瞬時に氷となってせりあがり、壁を形成していく。その様相は、さながら氷でできた長城。
何とか形になった。だが、……ぼやぼやしてる時間はねえ。
「退くぞ! 前だけ見て走れ!」
残り少ない気力を振り絞って檄を飛ばす。……大分使っちまった。もう何時まで持つか。
氷城に敵が気圧されている間に、撤退を開始する。だが、今ので魔力をほとんど使い果たしちまった。今のオレは、魔力=自我みたいな存在。自身の魂を魔力に変えて動いていたようなもんだ。もう意識を保つのがやっとの状態だ。もしまだ敵に攻撃されたりしたら……。
「! 側面から帝国兵が!」
く。嫌な予感ってのはよくあたるぜちくしょう。こうなったらもう一度。オレの存在全部魔力に変えちまえば、あれを足止めできるくらいの壁を作るくらいは……!
そうなりゃもうオレは存在できないだろうが、目的は果たせる。オレが消えようが、こいつは目覚めるだろうからな。
最期の力を振り絞り、残りの全てを魔力にしようとした瞬間、パキンという音と共に、急速に意識が遠のいていくのがわかった。な、にが。
……魔道具か!
オレの存在を表に出す手助けをしていた魔道具。それが負荷に耐えかねて壊れたのだと瞬時に悟る。
「———……っ!」
最期の力を振り絞り、残っていた力でこちらを突こうとする敵に魔法を放つ。そしてそれを最後に、オレの意識は闇にのまれることになった。
気が付けば、オレは闇の中にいた。あいつの行動を見ていた場所だ。ただ、今までとは明らかに違うのは、オレの目の前に、もう一人のオレがいることだ。そいつは、目を閉じて眠っているようだった。は。こっちは大変な目に遭ったってのにのんきな奴……。
ふと手を見ると、そこにある自分の手の輪郭が段々と薄くなっていってるのがわかった。足を見れば、少しずつ闇に溶けるように足先から消えて行っているのが見えた。
はは。もうオレは消えるのか。……当たり前か。
だがまあ、覚悟はしていた。どうせ元々のオレは、レオン=ファ=アルバートはあの日に死んだ。今を生きているのはこいつなんだ。
体はもう腰近くまで消えている。オレは右手を伸ばし、目の前のオレ、いやシンゴの体に触れる。
……ここから先は完全のお前の人生だ。母上たちを、よろしく頼む。フィオナ嬢も大切にしろよ。ついでだ。オレの残りかすも全部お前にくれてやる。だから、これからも見せてくれよ。希望をな。
—————あばよ!
———二つの魂の融合を確認。魂の融合に伴い魔力の器の拡張を解放。条件達成を確認したため、既存スキルの強化・進化を開始。
———スキル”歌唱者”にアップデートを実行。
———スキル魔装”纏”の進化を行います
かつてのレオンの人格については割と前から決めていた設定でした。どこかで表に出てきて騒動になるか、活躍するかといったところでしたが、この形に落ち着きました。かつてのレオン君は、身体の奪還をあきらめた後は、主人公の記憶を覗いて割と楽しんでいた模様。
次回更新は12月19日(金)を予定しています。それでは、また‼




