9-1 令息は……を受ける
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さて今話から新章に入ります。長いものでもう第9章です。とはいえ、物語はクライマックスに向けて着々と動き出してきます。それをうまく表現できているかは私のもわかりませんが、精いっぱいの力を込めて執筆しました。楽しんでいただければ嬉しいです!
それでは本編をどうぞ!
「エルバス帝国が王国への侵攻を企てている」
それが噂されるようになったのは俺がラングレイの領主代理になってから1年が経った頃からだった。
元々帝国とハルモニアは長い休戦中であり仲がいいわけではなかったのだが、この噂が流れ始めた前後から両国の関係はどんどん悪化していったのは確かだ。俺とて全て知っているわけじゃないが、国境では小競り合いをはじめとしたトラブルが増えたようだ。
そのうちに真偽が定かでない噂も流れ始め、反帝国の気運が高まっていくのが肌で感じられるようになったころ、その知らせは舞い込んだ。
『帝国がハルモニア王国に宣戦布告した』
宣戦布告の理由は帝国民が迫害されているため軍を送り込み救援するとかそんな感じだと聞いたが、とにかく戦争状態になった。
俺はエレンからの情報もあって協力し合い情報収集に努めていたこともあって、この帝国の動きの裏にアメリアの暴走が絡んでいることを掴んでいた。
予想通り彼女の暴走は止まるところを知らず、その侵食具合はこちら以上。帝国貴族の重鎮にもその魔の手は伸びていた。
アメリアが戦争を煽ったのか、アメリアの力で帝国の欲が刺激されたのか。そのあたりは分からないが、何かしら関与しているのは確実だろう。
帝国の王太子も既に陥落していて、婚約者のご令嬢もいつ婚約破棄されるかわからない状態らしい。エレンがアプローチをかけていて、上手くいきそうだとホクホクしていた。
俺の方は積極的に引き抜き工作をしていないが、ラングレイには暮らしの苦しい帝国から逃げてきた人や帝国に潜入した影が連れてきたり拾ってきた人なんかも少しばかりいて、彼らからも帝国の暮らしぶりを聞くことができた。どうも不作であったところにさらに戦争のために物資を集めたことでモノの値段が上がり、税が上がり、と生活苦で逃げ出して来た人が大半だった。中には悪徳貴族から駆け落ち同然で逃げてきた夫婦とかもいた。
とはいえ、そんな人たちを始め、ダンジョン目当てのハンターや行商人が来たことでラングレイは大分賑わった。街道整備と町の整備もだいぶ進んだ。初期投資を回収するにはまだかかりそうだがダンジョンや温泉の収入も悪くない。
騎士団をはじめとした組織も形になってきたし、ラングレイの発展はここからだとわずかながらも手ごたえを感じていた矢先、父に呼ばれて言われたのは、従軍の命令が出たということだった。
この時、先の宣戦布告からまだ1か月ほど。出番はないか、もっともっと先だと思っていた。
まさか戦場に行くのかと思ったが、そうではないようで、補給拠点のある場所まで兵糧をはじめとした物資を運ぶ部隊の護衛だという。
どうも帝国が予想を遥かに超えた数の軍勢をこちらに向けて動かしたことで、いきなり俺のところにまでお鉢が回ってきたようだ。ラングレイより先は王国領内とはいえ帝国との国境も近づくため用心のために数を増やすとか。
補給部隊は途中ラングレイを経由するため、俺はラングレイからその次の補給拠点まで同行して部隊の護衛をすればいいらしい。
父が受け取った命令書によれば、ラングレイで待機して、やってきた補給部隊と合流しなければならないようだ。……この行程だと明後日までには王都を出ないとだな。
侯爵家でも派兵の打ち合わせのために使者を領地に送るとのことで、俺もそれに相乗りさせてもらうことになり、その話を最後に屋敷を後にした。
翌日。完全に日課となっている寮の前での待ち合わせをして、フィオナと教室に向かう。明日ラングレイに発たなければならないことを考えると今すぐにでもしばらく会えなくなると言わなければならないと思うのだが。……穏やかな笑みを浮かべて嬉しそうにしているフィオナを見てしまうと言いずらい。
結局昼休みに会う約束を取り付けて別れ、自分の教室に向かう。教室に入るとマルバスとあの手合わせ以来仲良くなったガマラが話をしているのが見えた。
「他国との戦いなんてもう何十年ぶりの話ですね」
「ああ。俺らが生まれる前のことだしな」
ふたりの会話を含め、教室内はやはりというべきか戦争の話題でもちきりだった。とはいえ、自分たちが戦場に行くわけじゃないというのもあってかどこか他人事というか対岸の火事といった空気であったが。
しかし、その空気が変わったのは昼休みだった。急に講堂で集会が開かれて、戦争に伴って来月から学園の授業を短縮することが告げられたのだ。
授業は基本午前終わり、クラブ活動の時間も短縮するという。
そのことはかなりの衝撃だったようで、集会の後にあった担任の先生からの説明にもたくさんの質問が飛び交っていた。
その中でわかったのは、俺の従軍は特別な理由があるということで単位については配慮があるということ。詳細は分からないが、俺以外にも何かしら理由があって休む生徒がいるみたいだ。これで留年は嫌だったのでそれだけは知ることができてよかったと思う。
だけど、昼休みが集会でつぶれてしまったので、フィオナと会うことができなかった。……確か今日の放課後はエレンたちと遊ぶと言っていたな。頼んでみるか。あっちも事情を知っていて察してくれるかもしれない。
そして放課後。俺はフィオナとふたり、あまり人気のない場所にあるベンチに座っていた。何か要求されることも考えて放課後すぐに迎えに行ったのだが、フィオナの友人たちは何も言うことなくフィオナを送り出してくれた。……ありがたい。
初めは今日あったことなんかを話していた。でもそのうちに、これから話さなければいけないことを思うと不意に言葉が出なくなってしまった。
護衛をするだけで戦場には行かない。戦う可能性は少ない。分かってはいるが”戦争に行く”という過去の話でしか聞いたことがないような事態を目の当たりにしてどう話せばいいのかわからなくなってしまったのだ。
「レオン様?」
急に黙ってしまったことでフィオナが不思議そうな顔をしている。何か話さなければ、と思うのに口は動いてくれない。
しばらく沈黙が続いた。聞こえてくるのは自身の鼓動の音と、時折聞こえる鳥の声だけ。
下がっていた目線をあげて周囲を見る。白く塗られたベンチ。レンガ調の校舎。小さく聞こえる誰かの声で、友人たちや家族を思い出し、最後に隣に座る愛しい婚約者を見る。
「……? っ!?」
黒い髪は、出会ったころよりも艶を増して美しくなっていた。表情には笑顔が増えて、瞳も輝かんばかり。
思わず抱きしめてしまった。当たり前の光景が”当たり前”ではなくなるのだと昨日理解してしまったから。これで最後になるなんて思っていない。それでも、彼女のぬくもりを焼きつけたくなってしまった。
フィオナは何かを感じ取ったのか、応えるように俺の身体を抱きしめ返す。伝わってくる体温がさらに強くなった。
「……私には、レオン様の考えていることは分かりません」
抱擁しながら、フィオナがそう言う。
「でも、何があってもあなたと一緒に歩いていきたい、傍にいたい、という気持ちは本当です。もしレオン様が何か悩んでいらっしゃるのなら、その悩みを私にも分けてくれませんか? 楽しいことも、苦しいことも分かち合いたいです」
「……強くなったなあ」
そう言うと、フィオナはくすりと笑いながら言った。
「レオン様のおかげかもしれません」
ははっ。確かにひとりでグチグチ考え込んでいてもしょうがないか。どちらにせよ、時間は待ってくれないのだから。
「実は……」
俺はなるべくゆっくりと、冷静な口調で従軍命令が出たこととそのために明日の朝には出発しなければならないことを説明した。
フィオナはそれを静かに聞いていたが、話し終えると同時に俺の腕をぎゅっと掴むと、上目遣いになる。
「……気を付けてくださいね」
おそらくいろいろと言いたいことがあるのだと思う。それを飲み込んで今の言葉を言ってくれたのだと思うと愛しさがこみあげてきて、また抱きしめてしまった。
「———詳しいことは話せないけど、おそらく戦場には行かない。ちゃんと帰ってくるから安心して。帰ってきたら、また出かけよう」
「……約束ですよ」
最後の方、フィオナの声は少しかすれていた。
次回更新は10月10日(金)を予定しています。それでは、また!




