2-9 10日目② ダメ男は子守唄を歌う
静かな時間が流れる中、ふと向かいに座るフィオナを見やって、気が付いた。
フィオナの体が、少し揺れている。気になってよく見てみると、動作が少し緩慢になっており、顔に疲れが出ているのが分かった。顔色も悪い。試しに少し声をかけてみるが、反応もやや鈍かった。……もしかして、体調が悪いのに無理してきてくれたのだろうか。……だとしたら休ませた方が良さそうだ。
「フィオナ嬢。俺ははしばらくひとりで復習をしているから、もう少し休んでいてほしい」
「……は、はい」
聞こえてきた返事は、いかにも眠気を抑えている感じだった。……これは寝落ちする寸前の状態だな。
それから10分もたたないうちに、彼女は眠りに落ちた。俺はそれを確認すると眠っている彼女に近寄り、おでこに触れる。……特に熱はないみたいだな。とすると、寝不足かなんかか? とここで、テーブルの上にあるノートや紙など、彼女が今日のために用意してくれたものを見る。もしかして、これを用意するためにがんばってくれたのだろうか? ……多分、そうだろうな。
すやすやと眠るフィオナを見る。まじめそうな彼女が、婚約者とはいえほとんど他人の家でこうして眠ってしまうくらい、一生懸命準備をしてくれたことが嬉しくもあり、同時に負担をかけさせてしまったんだな、と少し後悔する。眠る顔はあどけなく、前世の娘を思い起こさせた。このままソファで寝かせるのもかわいそうだと思った俺は、彼女を抱き上げ、奥にある自分のベッドに寝かせた。そして残りの時間は彼女が目覚めるまで今日学んだことの復習に費やすことにした。
しばらくの間、自分のペンの音と、時計の音だけが部屋に響いていた。フィオナはよほど疲れていたのか、すやすやと眠っている。しかし、20分ほどたったころ、彼女に変化が起きた。
「……っ⁉ うう……」
ベッドの方から、苦し気な声が聞こえたので、行ってみると、フィオナの顔が苦しそうに歪み、うなされているのが目に入った。さらに近寄って、再び額に触れてみるが、熱はない。と、閉じられたままの瞳から涙が零れ落ちた。
「……たしを……いて……で……」
とぎれとぎれに何かを言いながら、彼女は顔を歪める。そして、片手がさまようように動いた。
俺はこの表情を知っている。これは、悲しみと寂しさからくるものだ。直感で、“私を置いていかないで”と言ったのだろうとあたりをつける。思わず、彼女の頭を撫でて、「大丈夫。大丈夫。ここにいるから」と優しく話しかけ、何かを探すように動く手をもう片方の手で握った。撫で続けたことで安心したのか、表情が少し穏やかになる。もう大丈夫かと思って離れようとしたが、ぎゅっと手を握られていて、離れることは難しそうだ。
(前にも、こんなことがあったな)
彼女の寝顔を眺めながら、そんなことを思う。まだ病気が発覚する前、あおいが熱を出して学校を休んだことがあった。その時、里香は仕事が忙しく、私が休みをとって看病をしたのだ。その時のあおいは、今のフィオナのように、ひとりになるのを不安がって、泣いたり、うなされたりしていた。
(あのときは、ぐずるあおいに、歌を歌って聞かせたっけ……)
俺はかつて自分の娘にやったように、俺の手を握ったままのフィオナの手を空いている手で優しくさする。そしてリズムをとるように一定間隔で触れながらハミングをし、歌いだした。悲しみにくれているこの少女が、安心して眠れるように願いながら。
歌うのは、前世で好きだったアニメの挿入歌。死後の世界で戦う少年少女たちの物語の最終話で使われた曲だ。これは特に好きだったアニメのうちのひとつで、家族みんなで見たこともあった。みんなで見て、みんなで泣いたっけ。使われている楽曲も好きで、俺は特にこれが好きだった。子守唄がわりに歌ったこともあれば、カラオケや運転中の車の中でも歌った。あおいは今や超有名アーティストとなった人が歌っているバージョンの方が好きだと言っていたな。今はもう、その声を聴くこともできないけど。
まさかあのときは、自分が死後の世界どころか、異世界転生するとは思ってもみなかった。私は満足して死んだけど、それでもやっぱり、思うところはあるし、後悔もある。里香、あおい、裕翔。みんな、元気にしているだろうか?
歌詞を口ずさむたびに、前世の思い出が頭をよぎる。目を閉じれば、情景が思い浮かぶ。それはまだまだはっきりと、鮮やかに思い出すことができた。
ああ。歌詞がひどく、心にくる。形は違うとはいえ、彼らと同じような経験を今まさにしているからこそ、この歌の歌詞は心に刺さる。私はこの世界で生きていく覚悟を決めた。自分の意思で、踏み出した。……でも、みんなとの思い出はまだ、持ったままでいいだろうか? まだ、おまえたちの笑い声が一番でも、いいかな?
視界がにじみ、頬が濡れているのが分かったが、気にする余裕もなかった。思い出の歌を口ずさみながら、私は、もう会えない家族を想った。
フィオナが目覚めたのは、それから1時間ほどたったころだった。他の人の家でぐっすりと眠ってしまったことがよほど恥ずかしかったのか、真っ赤な顔で謝ると、すぐさま帰ってしまった。でも、眠る前よりはずいぶんと顔色もよくなっていたので、ほっとした。
夕食後、父上に「明日から学園だが、まじめに過ごすように」とくぎを刺された。そういえば、明日からは学校に行くわけだ。俺の目標でもある、「脱・ダメ男」のためには、学校での成績や態度も大切だ。不安もあるが、がんばろう。
夜は明日の準備を行って、早めに寝ることにした。意外と疲れていたのか、すぐに眠気に襲われ、そのまま眠りについた。
スキル取得の条件の一部を達成したことが確認されました。これにより、スキル『***』の
権能の一部が使用できるようになりました。条件が完全に達成されれば、スキル『***』を
獲得できます。
また、付随ユニークスキル『*******』は、取得条件未達成のため、現時点では取得
不可能です。
主人公は父親の面がまだまだ残ってますね。
……最後の文言は何なのか? それはいずれ明らかになる予定です。




