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    8-12 推測と戻ってきた日々

 ブックマーク・評価・感想・誤字報告など、いつもありがとうございます!

 前回の続きです。毎日楽しく過ごしているようでいて、いろいろ考えている元悪役令嬢様。何やら思うところがあるようで……。

「高等部編? 前にないと言ってなかったか?」

 レオン様がそう口にします。私もおぼろげながらエレンがそう言っていたことを覚えていました。どういうことなのでしょう。

「正直言って、私の記憶にも高等部編は存在しない。でも、私が死んだ後に、新しく続編かそれに近いものが出たのかもしれないって思ったのよ。

 だってそうでしょ? 希少な光魔法が使えるようになって、名門の学園に入学。どこかで聞いた話よね?」

「……確かに乙女ゲーの導入にありがちだな」

「でしょう? あまりにも似すぎているの。だから最初は警戒してた。だけど日頃の様子とか、調査の結果を見る限り、どうやら普通の子みたいなのよね。少なくとも私たちとは違う」

 だから様子見中なのと言うエレン。

「ん? じゃあパトリック君とやらはなんで調べてるんだ?」

「単純に私が幼なじみ同士の両片思いが好きなのもあるけど、やっぱり仲良くなったからには少しでも学園生活を楽しんで欲しいの。彼女、ずいぶんとパトリック君のことを気にしてたから。それに、調べてたら面白いこともわかったしね」

 そう言うとエレンは一枚の紙を私たちに渡しました。見てみるとそこにはたくさんのパンの絵が書いてあります。色のついた様々なパンの横には、パンの紹介と値段が書かれています。

「中々よくできてるでしょ。それは、パトリック君の実家のパン屋の広告よ。それを見て何か気づくことはない?」

 そう言われてその広告を見ます。う~ん。あまり見ない斬新なものでありますが……。

「……もしかして売ってるパンの種類か? なんか見覚えのあるパンばっかりなんだが」

 レオン様が広告を見ながら言いました。ええと、人気商品のところにはハンバーガーにカツサンド、それ以外にもコロッケサンド、メンチカツサンド、バターロール、干しブドウパンなどがありますが……。メンチカツってなんでしょう?

「まさにそれよ。カツサンドやコロッケパンなんかは私の息がかかった店で売ってるけど、パトリック君の故郷のあたりではまだ売ってないはずなの。そもそも王都で売り出し始めたからまだそんなに経ってないし、レシピも公開してないのよね」

「ふむ、それで」

「パトリック君の実家のパン屋は、彼が考案したパンを売り始めてから人気店になったみたい。それがユフィリアと出会ったきっかけにもなったわけだけど。ここまで聞いて、何か思わない?」

「それが事実なら並みの人物じゃなさそうだが。……まさか俺たちと同じだと」

「可能性はあるわね。メンチカツってこっちにはない言葉だし。そもそも、地方ではまだ酵母を使わない硬いパンが多いのに、いきなり酵母を使って柔らかいパンを作り、更に総菜パンまで次々に作ってたら疑いたくもなるわよ」

 レオン様に聞いたところ、ここに描いてあるパンは、前の世界では一般的なものだったそうです。

 それにしても、レオン様たちだけでなく、もしもパトリックさんも前世の記憶があるのなら、すごいことですね。記録では、そんなにいないはずなのですが。……それとも、記録に残っていないだけで、実はもっとたくさんいたのでしょうか。

「もしも私たちと同じなら、見定める必要があるのよね。あっちに協力されても困るし、できれば味方にしたいけど、それ以上に彼の居場所を知っているのは大きいわ」

「確かに、これならユフィリアさんに彼の居場所を教えてあげられるわ」

 彼女は喜ぶでしょうか。それとも安心するのかしら。

 しかし、エレンは少し違うと言いながら思案するような顔をします。

「ユフィリアに知らせるのもそうだけど、それ以上に私は彼女がパトリック君と再開することで何が起きるか知りたいのよね」

 何が起きるのか? どういうことでしょう?

 首をかしげていたら、エレンが話し始めました。

「最初に言ったけど、ユフィリアがその、続編とかのヒロインなのかってのは推測でしかないし、今見た感じでは、ただの女の子なのよ。光魔法が使えることを除けばね。

 ただ、今の学園って攻略対象者になりそうな人も何人かいるのよね。王太子殿下とか、他国の重鎮の息子とか、既に領地をもらうのがほぼ内定している男、とか」

 エレンはそう言いつつ、レオン様を見ます。レオン様はその視線の意図に気づくと、少しむっとして「俺が浮気するとでも? フィオナ一筋に決まってるだろ!」と私の方を抱き寄せながら言いました。ぐっとレオン様の身体が近くなり、思わず胸が高鳴ります。さりげなく身体を預けてされるがままの状態に。……私からしているけど、顔が熱いです。

 あ。エレンが何やってんだかという顔をしてるわ。でももう少し……。

「あんたの気持ちはウザいくらいわかったわよ。まあとにかく、情報がなさ過ぎてどうにもできないから、とりあえずユフィリアとパトリック君を再開させて、様子を見てみようかなって」

「ふむ。じゃあ夏休暇はラングレイに来るか? 例の彼は少し前まで怪我で休んでて、最近働き始めたばかりだし、怪我した時に装備も壊れたそうだから、お金を貯めるためにしばらくは働いていると思うぞ」

「そのつもりよ。あ、できればさりげなく引き留めておいてくれる? いざ行ってみたらいなかったとか大変だし」

「わかった。指示しとく。ついでに旅に出た理由とかも探っておこう」

「助かるわ……じゃあ、これで急ぎの話し合いは終わったし、歌うわよ!」

「結局歌うんだな」

「もちろんよ。フィオナも歌うでしょ?」

 エレンにそう言われて、私は歌いたいと答えます。するとレオン様もじゃあしょうがないといった感じで笑いました。


 次の日、朝支度を終えて寮を出ると、入り口近くにレオン様が立っているのが見えました。

「おはよう。フィオナ。……よければ、途中まで一緒に行かないか?」

 そう言って差し出された手と、レオン様の顔を交互に見つめます。

 どうしよう。なんだか胸の中がむずむずするような感じがします。ドキドキしながら手を出すと、優しく握られて、手をつなぐ形になりました。

「行こうか」

「はい」

 ただ、手をつないで歩いているだけ。言葉にするとそれだけなのに、私にはいつもの景色がより色鮮やかに見えました。手から伝わるぬくもりと、レオン様との他愛もないお話が嬉しいです。

「おい、あれって……」

「あの人が噂の?」

 教室に向かって歩いていく中で、私たちの姿を見た人たちが口々にひそひそ話をしているのが見えました。雰囲気としては、興味や好奇の視線が大半でしょうか。

「思ってたよりも格好いいね」

「将来有望みたい。お近づきになれないかな」

 どこからかそんな声まで聞こえてきて、昨日よりも胸がもやもや。一瞬だけ、レオン様に抱き着いてしまおうかと考えましたが、その姿はかつてのフォルティアさんのようで褒められたものではないと思い保留にします。なにより人目があるところでそんなことするの恥ずかしいもの。

「おはようございます! レオン様が来られるのを不肖マルバス、心待ちにしておりました! ああ奥様もご機嫌麗しく」

 思い悩んでいたら、その空気すら吹き飛ばす勢いでマルバス様がやってきて、レオン様に挨拶をしました。とても嬉しそうです。あと、また私を「奥様」呼びしてます。

「お、おお。久しぶりだな。ところでなんでここに? ここは高等部だぞ」

「ふっふっふ。実はですね——」

 マルバス様は驚いているレオン様に飛び級試験を受けたこと、そして今は高等部の1年生であることを得意げに話します。それを聞いてレオン様は素直に感心している様子でした。

「そうか。俺がラングレイにいる間、そんなことしてたんだな。フィオナは知ってたのか?」

「はい。いくつか講義も同じで、エレンの評判も良いんですよ。マルバス様がいてくれて助かったこともありました」

「レオン様の大切な者を守るのも下僕の役目ですから」

「それが本当に役目かはともかく、ありがとな。後、下僕はやめよう。いらん誤解を受けそうだし。もう友達でよくないか?」

「友達……!? なんという甘美な響きか……‼ む。お前たち。これは見世物ではないぞ!」

 歓喜に打ち震えたかと思えば、私たちの様子をうかがっていた人たちを威嚇して追い払い始めるマルバス様を尻目に、レオン様が口を開きます。

「そうだ。良かったら今日の昼ごはん、一緒にどうかな。久しぶりに」

「! はい!」

 嬉しくて、少し食い気味に答えてしまいました。私ったら。

 でもレオン様は笑って「じゃあお昼に食堂で会おうな」と言い、授業を受ける教室に向かっていきました。いつの間にか周りの人たちをすっかりと追い払っていたマルバス様も続きます。

「———見・て・た・わ・よ」

 レオン様を見送りながら、温かくなった胸を抑えていると、不意に声が聞こえ、私はあっという間にエレンたちに囲まれていました。……もしかして見ていたの?

「全く、朝から見せつけてくれちゃってさ。おかげで胸やけしそうだわ」

「ふふ。でもこれで、いつもの日常が戻って来たって感じですわ。フィオナ、上の空な時が頻繁にありましたもの」

「私としても、おふたりの仲睦まじい姿は見ているだけで癒されますし、尊さすら感じます」

 さんざんな言われようですが、こんなことを言われるのもずいぶんと久しぶりです。

「……少し浮かれすぎてたわ」

「いいえ! 今の調子ならむしろ、不仲説なんてすぐに吹き飛びますわよ」

「あの方を狙う人間も牽制できてちょうどいいと思います」

 そう、かしら? でもそれって、卒業パーティの前にしていたことと同じよね。……私の心臓がもつかしら。

 あの時のことを思い出しただけでドキドキと鼓動を早くする胸に手を当てつつ、私はエレンたちと教室に向かうのでした。

 久しぶりの再会、と同時に甘めのお話になりました。このまま穏やかな生活が続いてくれればいいのになーと思いつつもそううまくはいかないのです。ただ、もうしばらくはのんびりしたお話が続く予定です。

 次回更新は8月1日(金)を予定しています。それでは、また!

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