8-11 再開と報告
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ようやく主役の帰還です。それでは本編をどうぞ!
レオン様が学園に帰ってきたのは、学園祭から数日後のことでした。夕方に着くことを先行してやってきたサクヤちゃんに教えてもらい、私は校門近くで待っていました。夕焼けの光が差し込む中、一台の馬車がこちらに向かってきます。
到着した馬車から降りてきたのは、ずっと待っていたレオン様でした。
「……ただいま」
「は、はい。お帰りなさい」
その瞬間、レオン様が帰ってきたのだと本当に実感できて、胸がきゅうっと苦しくなりました。……話したいことがたくさんあるのに、言葉が出てこないわ。
上手くレオン様の顔を見られずに俯いていると、ふわりと私の髪に触れられたのがわかりました。そのまま優しい手つきで頭を撫でられます。すると、今まで張りつめていた糸が切れたみたいに力が抜け、どんどんと視界が滲んでいきました。
「……泣かせてしまうなんて婚約者失格だな。本当にすまない」
「———いいんです。今、全部吹き飛びましたから」
優しい手に身をゆだねて、されるがままに撫でてもらいます。安心する……。
「ちょっと! いつまでもふたりの世界を作らないでいてくれる? 胸焼けしそうなんだけど!?」
もう少しこのままで……と思っていたらこちらを見ているエレンに気が付いて、一瞬で体が熱くなりました。私ったらなんてことを……。
「む。いたのか」
「いたのか、じゃないわよ。よくそんなの平気でできるわね」
「3か月ぶりだぞ。少しはいちゃついてもバチは当たるまい」
いちゃつくという言葉に顔が熱くなります。そう見えているとわかっていても、レオン様から今は離れたくないと思ってしまうのですが。
「とにかく、話さなきゃいけないことがいっぱいあるのよ。”あそこ”に案内しなさい」
エレンが言っているのは”カラオケルーム”のことね。
「本音を言えば休みたいが、まあいいか。俺も話を聞きたいし」
レオン様は了承すると、人気のないところで”カラオケルーム”を開きます。そう言えば、この部屋を見るのも久しぶりだわ。
私とレオン様が隣同士で座り、その向かいにエレンが座ります。
「ここにくるのも久しぶりね。あ! 今度また貸しなさいよ。最近歌ってないの」
エレンが壁際に置いてある機械を見ながら言いました。私も歌ってませんね。だけど、レオン様の歌を久しぶりに聞きたいかも。
「こちらの都合がつけばいいぞ。ちなみに一回の使用で大銅貨一枚な」
「ええ!? お金取るの!?」
エレンの非難するような声に、レオン様は薄く笑みを浮かべながら答えます。
「……気が付いてしまったのだよ。これは金がとれるとね。客は君だけになりそうだが」
「ふふふ。この私からお金をせしめようなんて、あなたもワルになったものね」
「いえいえ。エレオノーラ様ほどでは」
「くっくっく。そなたこそ、悪徳商人をだまくらかして、土地を手にいれたそうではないか」
「ええ。孤児院と牧場、学校を併設する施設を作るのに邪魔でしたからな。なあに、元々違法な手段で奪った土地。それを取り返したまで。既に亡き元の持ち主も、子供たちのよりどころとなる場所に生まれ変わるとなれば、泣いて喜びましょう」
「ほう。それは良き事よ」
ふたりはしばらく芝居がかった口調で話していましたが、不意に笑いだして、口調は基に戻りました。
「あははは! もう無理。これ以上は笑いが止まらなくなる」
「そう言う割には、ずいぶんと付き合ってくれたな」
「面白かったしね。所であなた、時代劇が好きだったの?」
「時代劇……というか戦国時代がな。ゲームもやってたし、大河もけっこう見てた」
「じゃあ知ってる? こっちの世界にはいるのよ。戦国時代からの転移者が」
「え⁉ そうなのか!?」
エレンと楽しそうに話しているレオン様に、胸がもやもやします。……むう。
きゅっとレオン様の袖を引き、じっとエレンを見ます。
「……エレンばかリずるいわ」
そう言うと、ふたりともおろおろしながら謝ります。その姿が少し滑稽で笑ってしまいました。
「じゃあ茶番はこのくらいにして、本題といきましょうか」
「そうだな」
さっきまでの雰囲気はどこへやら、エレンが真面目な顔で言います。
まず話されたのは、ラングレイ領について。魔物の襲撃や水害の被害からの復興もある程度落ち着き、少しずつ活気が出てきているそうです。今は街道の整備を引き続きしているみたい。
「やっぱり魔法って便利だな。人間ひとりで前世の重機並みに働ける人がたくさんいる。そのせいか工事の進みが速い。このまま行けば、夏には街道整備がある程度終わるかもしれない」
そしたら町の整備かなとレオン様は言いました。温泉街を作ることやダンジョン発見で人が増えたことなどから、町を拡張する可能性が高いのだとか。そうなると、侯爵領ほどではないにせよ、魔物が出るため、城壁も新たな街に合わせて作るそうです。それと、そのことを話すレオン様は心なしか楽しそうに見えました。
「ふうん、城壁ね。魔法を使える人と資材さえあれば、一夜城もできるんじゃない?」
「う~む。規模が小さい城ならともかく、ラングレイの規模じゃ難しいかもな。簡易的なものならできるかもだが」
まあでも、と呟きながらレオン様は続けます。
「上からの許可待ちではあるが、自分の縄張りで城が作れるかもしれないなんて、夢みたいな話だ」
「ええと、レオン様はお城を作ることができるんですか?」
思わずそう聞いてしまいました。まるで経験したことがあるように聞こえたのです。
「いや、作ったことはない。ただ、あっちではいろんな城を見に行ったことがあるし、ゲーム……まあ遊戯の影響でお城について調べてたこともあったからな」
自分の守る城で大軍を迎え撃つのはロマンだと語るレオン様にエレンが呆れたような口調で言いました。
「あなたねえ。小田原城か大阪城でも作るつもりなの?」
「そうだな。こっちの城って町全部を囲うタイプが多いし、小田原城とかの”総構え”が参考になるかも」
「何と戦うつもりなのよ……。でも、備えておくのは必要かもしれない」
「うん? もしかして手紙に書いてあった件か?」
レオン様の問にエレンは頷きました。手紙?
「ええ。やっとあの女がどこにいるかがわかったのよ」
その言葉で何を言っているのかがすぐにわかりました。フォルティアさんね。帝国に逃げたという話だったけれど。
「調べてもらっていたんだけど、やっぱり帝国にいる。もう何人もアレの言いなりになっているみたい。今は皇族にも手を出そうとしているみたいだし、放っておいたら皇太子が落ちるのも時間の問題かもね」
「はあ。やっと平和になったと思ったが、またアレに悩まされるのか」
レオン様はため息をつかんばかりです。
「それも帝国よ。停戦が続いているとはいえ、あっちは今も虎視眈々と領土の拡張を狙ってる。もしあの子の魅了を使われたら、あっという間に死を恐れない兵士を量産できるでしょうね」
「最悪じゃねえか。古今東西、死兵ほど怖いものはない。ゾンビを相手にするようなもんだ」
「ゾンビね……エッチな歌とかで撃退できたら楽なのに」
「?」
エレンの言葉にレオン様とふたり顔を見合わせます。どういう意味でしょう?
エレンは気にしないでと笑いました。前の世界にそういう物語があったのだとか。
「ラングレイは国境には接していないが、備えはしておいた方がいいってことか。王都方面に向かう街道もあるし。
しかし、こっちで第二王子を狙って、向こうでは皇太子か。偉くてお金持ちが良いのかね」
「今もゲーム感覚なんじゃない? この手のゲームって大体メインヒーローは王子様だし」
エレンも呆れたように言いました。確かに、エレンから聞いた話では、その攻略対象?の方々は、高位貴族が多かったですね。カルロス王子に王弟殿下でもあるシリル先生。マーカス様も侯爵家嫡男でした。
聞けば帝国の皇太子には公爵家のご令嬢の婚約者がいるとか。もしフォルティアさんがその方を魅了したら、婚約者の方はどうなってしまうのでしょうか。私たちと同じ様に、いわれのない罪を擦り付けられてしまうの?
そう思って問いかけたら、エレンは多分そうなるんじゃないかと言いました。フォルティアさんは、また同じことをしようとしているの?
とはいえ、他国のこと。私たちには何もできません。彼女によって人生を壊されるかもしれない方々はかわいそうではありますが……。
「———ふと思ったが、その公爵令嬢、こっちに引き抜けないか?」
そう言ったのはレオン様でした。引き抜く?
レオン様は、もしフォルティアさんが帝国でこちらと同じ様な騒ぎを起こしたら、それに巻き込まれて婚約を破棄される令嬢が出るのは確実。それでもしその中に、優秀な人物がいたら繋ぎをとっておき、フォルティアさんが行動を起こした後、こちらに来てもらって働いてもらったらどうかと言ったのです。
「聞いた感じ帝国はこっちよりもアレの影響が大きくなりそうだし、婚約破棄された後のご令嬢がたどる道は破滅ばかりになると思うんだ。例え冤罪でもな。
俺も帝国のことを少し調べたが、少なくとも公爵令嬢は中々できた人物みたいだ。あちらが自ら優秀な人材を捨てるというのなら、こっちが拾ってもいいと思わないか?」
レオン様はそう言ってにやりと笑いました。聞けば、厳しい税の取り立てや不作に悩まされて帝国方面から逃げてきて、ラングレイで働いている人もいるみたいです。
「……面白いわねそれ。乗ったわ!」
エレンはどこか興奮したように言います。にやりと笑いあうふたりはまるで悪だくみでもしているかのようです。……他国から人材を引き抜こうなんて、紛れもなく悪だくみなのですが。
「あんたはさっき言ってた公爵令嬢狙い?」
「う~む。来てくれるなら嬉しいが、問題が……」
そう言いながらレオン様がこちらを見ます。……私?
「結構美人という話で、フィオナがやきもちを焼きそうなんだよな~」
「ああ~~」
どこか嬉しそうな顔のレオン様に、にやにやした笑みを浮かべるエレン。
「……もう‼」
「所で、君の手紙と、あとフィオナのお願いにも出てきたパトリック君ってどういう人物なんだ? 今はラングレイで街道整備のお仕事をしているけど」
‼ そうでした。レオン様にはそのことも聞きたかったのです。
ユフィリアさんの幼なじみで片思いの相手のパトリックさん。エレンの調査でラングレイの方に向かったということが分かったので、探してほしいとお願いしていたのです。レオン様によると、パトリックさんはダンジョンに潜って怪我をし、しばらくラングレイで療養していたそうです。今はラングレイで街道整備のお仕事や、町のパン屋で働いて壊れた装備を買い直すお金をためているとか。
「その子はね、フィオナの友達が探している片思いの相手なの。もしかしたら重要人物かもしれないと思って」
「そうなのか? ちらっと聞いた話、普通の子みたいだが」
「単純にその子——ユフィリアを応援したいっていうのもあるんだけど……」
ここからは私の勝手な推測も入るんだけど、と前置きしてからエレンは続けます。
「あの子はもしかしたら、高等部編のヒロインかもしれないの」
次回更新は7月18日(金)を予定しています。それでは、また!




