閑話 将星録
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今回のお話は主人公たちが住む世界の昔話のような感じで見ていただければいいかと思います。
それでは、どうぞ!
『恩返しは騎馬と共に』
これは昔。ハーモニクス大陸にはふたつの帝国があった。片や野心的で魔法の研究を盛んに行い、その力を誇るエルバス帝国。もう一つは良港や鉱山により産業を振興し強い経済力を持つオルト帝国。
人々はこれを2大帝国と呼んだが、今や帝国を名乗るはひとつのみ。
オルト帝国は野心ある皇帝が暴政を行い、覇権を取ろうと画策するも、天変地異の前に治安は悪化し終には栄えある帝国は崩壊を迎えてしまう。
崩壊より50年以上が経ちいくつもの家が興っては滅んだ。あるものは新たな支配者となるため。あるものは自身の領地や領民を守るために剣を取る。
帝国だった地。その栄華の跡に残ったのは、多くの貴族や豪族が群雄割拠するまさに戦国の様相のみであった。
群雄がひとつ。貴族の治める村に馬を育てる夫婦がいた。彼らは育てた馬を領主に卸して生活していた。
ある日、牧場に来ると、馬が一点に集まっている。不思議に思い近づいてみると、馬たちの中央に人間が倒れていた。見たこともない鎧と兜のようなものを身に着け、血まみれで倒れふしている。片腕には剣に見えるものを握り、近くには所々破け、汚れた旗らしきものがあった。
世は領地同士で争う時代。どこかの騎士が逃げ込んできたのか?
巻き込まれてはたまらないと初めは見て見ぬふりをしようとした夫婦だったが、馬たちが男から離れようとしなかったことと、まだかすかに息があったことから、助けることにした。
数日後、奇跡的に目を覚ました男は激しく混乱していた。自分は死んだはずだと。話を聞くうちに、夫婦はこの男は”落ち人”ではないかと考えた。”落ち人”とは、異なる世界から迷い込んでくる人間のこと。既に崩壊した帝国にも、”落ち人”の英雄がいたというのは聞いたことがあった。
男は、とある大きな戦いで、家の当主であり自身の兄である人物を守るために戦い、命を落としたという。しきりに自身の名と、家の名を出してその無事を確認しようとしたが、もちろんその名前を夫婦が知ることはなかった。
夫婦の容姿や外の景色、最後には空を偶々飛んでいた魔物の姿を見て、男はここが自身の生まれ育った国ではないと悟ることとなった。
数日間は現実を受けとめられず呆然としていた男だったが、やがて食事と宿の礼として牧場で働くようになった。夫婦も馬に好かれる男が手伝ってくれるのを歓迎した。
男が手伝い始めてから牧場で育つ馬は身体が大きく、強靭に育つようになった。男は馬を強化するスキルを持っていて、それを無意識で使っていたのだ。
その馬を使っていたことで領主の軍は連戦連勝。馬の評判は広がり、領主である貴族も直々に見に来るほどとなる。そこで”落ち人”である男の存在も発覚し、領主は好待遇で迎えようとしたが男はまだ恩を返しきれていないと固辞した。
男がやってきてから2年がたった。男は誠実な人柄もあって村人からも信頼され、領主からも一目置かれるほどになっていた。
そんな時だった。領主が隣領との戦いに敗れ、亡くなったのは。
生き残ったのは幼い兄妹のみ。頼りになる家臣たちも多くが討ち取られてしまい、彼らが頼ったのは男だった。彼らはかつて、男を勧誘した領主である父が『かの者は間違いなくわが軍の隊長よりも強く、兵の動かし方も上手いだろう』と言っていたことを覚えていたのだ。
もう間もなく隣領の軍勢がやってくる。このままでは世話になっているこの村が蹂躙されてしまう。
素性も知れない自分を受け入れてくれたこの場所を守らなければ。
そう決断した男を後押ししたのは村人たちだった。この村を守るために協力すると。
男は残っていた兵士たちと村人を指揮し、簡素な柵を作るなどして村の防備を固めた。
準備を終えた男は、鎧を着こんだ。この場所にやってきたときに着ていた鎧。地や泥で汚れていたが、村の鍛冶師が綺麗にしてくれていた。
「これも、大事なものじゃないのかい」
差し出されたのは一振りの旗。これも男と共にこちらに来た物。汚れ、破れていたが村人たちが直してくれていた。旗に記されているのは、男の家の軍略である。
男はその旗の前に片膝を付くと、この場所を守り抜くと誓いを立て、それから集まっている村人や兵士たちに号令をかける。
「奮い立て! 我らは負けぬ。必ずや勝つぞ!」
「———おおお!」
やってきた隣領の軍は村が防備を固めているのを見ると驚いたが、よく見れば守る人は老人や女子供ばかり。大人の男はいないと見るや襲い掛かる。
しかし彼らも集めておいた石を投げたり、弓を射たりして兵を近づけまいと抵抗。また村につながる道に小さなん落とし穴が掘ってあったりして隣領の兵たちの邪魔をする。
思わぬ抵抗を受けつつも、数の有利でじりじりと進んでいく隣領の兵たち。
そこへ聞こえたのは馬のいななき。隣領の兵たちの横っ腹を突いたのは男が率いる騎馬隊だった。
「まさか、異国でも騎馬隊を率いることになるとはな。さあ、かかれ!」
横腹を突かれた隣領の軍は浮足立ち、そこに守りの中に隠れていた村の男たちも攻撃を加えたことで瞬く間に壊滅状態となった。
逃げ去っていく軍勢に喜ぶ村人たち。こうして、村の危機は去った。
その後、領主の忘れ形見であるふたりは、領主の座を男に譲り渡すことを提案したが、男は頑として受け入れなかった。交渉の末、将として仕えることで話はまとまった。
「……これからよろしく頼む。テンキュー殿」
「は。仰せのままに」
彼の力により強化された馬で構成された騎馬隊の名は、後に広く知られることとなる。
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『帝国最大の恥』
時は乱世。かつて魔王が野心露わに人が育む大地へ侵略を開始し、歴史上最大の戦争と言われし「人魔大戦」より早100年。「人魔大戦」を生きぬけど、被害は大きく余波により人の大陸でも国同士の争いが勃発する。2大帝国たるエルバス・オルトの戦いは終結するも、暴政と天災が重なりオルト帝国は崩壊。内紛は極まり、貴族や有力者同士の争いは留まるところを知らず、まさに戦国時代の有様となり果てた。
70余年にも及ぶ内乱の果てに、一度はオルテノール協和国としてまとまるも、主張の違いなどから離反し独立を謀る地も多く、それらを併呑せしめ勢力を伸ばさんとエルバス帝国が暗躍。その大兵力を前に独立を謀った者たちは慌てふためき帝国に首を垂れることとなったのだ。
その帝国が次に目を付けたのは帝国とオルテノールの境にて独立を掲げるフェローチ王国。自然の良港を持ち、交易によって栄えるかの地の富に目をつけ、さらなる勢力拡大をもくろむ。
フェローチ王国は独立をかけ協和国と戦争したばかりで疲労困憊。難なく落とせると考えた帝国は、5万の軍勢を差し向けたのである。
だがしかし彼らは知らなかったのだ。たやすく落とせると踏んだその地に、オルテノールの乱世よりもさらに過酷な修羅の地を生きていた者が流れ着き、根を張っていたことに……。
帝国軍5万は、フェローチ王国の国境を冒し、内部へと攻め込んでいた。既に砦も数個落とし、ゆうゆうと進軍していく。
次に攻め込むのは、王国の要所にある城塞都市マヌル。ここを落としてしまえば王国の降伏は時間の問題だろうと誰もが思っていた。
帝国軍の将は血気盛ん。大兵力に物を言わせ、相手を脅し、威圧し、蹂躙していくつもの戦果をあげてきた男。砦が簡単に落ちたことから、既に戦後に手に入るであろう富や名誉に胸を膨らませ、これより更に略奪してやろうと欲望に目を血走らせている。
そしてそれは他の将兵たちも同様であった。皆が皆、欲望のままに進軍し、途中の村々を襲った。
だが、どの村ももぬけの空。人どころか、食料などもほとんどなくなっていた。期待していたものが手に入らず苛立つものの、滅ぼしてしまえばすべて手に入ると帝国軍はどんどんと王国内へ入りこむ。
マヌルより数時間の所に陣を張った帝国軍は、建前としてマヌルに降服を促す使者を送る。調べによればマヌルにいるのはせいぜい2千。すぐに門を開くはず。そうすれば、金も女も思いのまま。
それを想像し、飢えた者たちはほくそ笑む。
翌日。マヌルからの返事がやってくる。応えは「否」。それだけでも将官たちをイラつかせるには十分だったが、返書にはそれだけでなく帝国という威信と大兵力をかさに着た行動や態度を揶揄する言葉が羅列されていたのだ。
もちろんこれに、男たちは怒り狂った。小国の田舎者が生意気な、踏みつぶしてくれると頭に血を上らせる。特に大将の男は頭から湯気を出さんばかりであった。
頭に血が上った男は自ら兵を率いてマヌルを目指す。他の将官たちも続いた。
マヌルの城壁が見えてきた。そのまま突撃してくれようかと考える男だが、怒りのままに進軍したことで突出しすぎて、他の部隊が全く追いついていないことに気が付く。
これではいかんとマヌルの手前で一度隊列を整え、一気に蹂躙をと考えた矢先、フェローチ王国の旗をなびかせた一団が表れる。
この期に及んで降伏か。
そう考えた男であったが、その一団から飛んできたのは男たちを罵り、ばかにする言葉の数々だった。
「フェローチ王国が王、バルバロッサとは儂のことよ! 討てるものなら討ってみよ。腰抜けどもめ!」
一際目立つ鎧に身を固めた男———フェローチ国王の挑発に、男は耐えきれなかった。
「ものども続け! あ奴らを血祭りにあげるのだ!」
「しょ、将軍「うおおおおおおお!」
副官の言葉も聞かず、男が率いる部隊が飛び出していく。
「行け、行けえ! 褒美は思いのまま! 略奪もだ!」
男は自身を侮辱した田舎者たちを討ちはたさんとバルバロッサ率いる部隊めがけて突っこんでいく。かの部隊は多く見積もっても1000ほど。こちらはその5倍はいる。蹴散らしてくれる。
ここで驚くべきことが起こる。なんとバルバロッサ王は、くるりと兵を反転させ、干戈を交えることなく一目散に逃げだしたのである! しかもその姿は統率の取れた撤退というよりも本当に慌てふためき逃げているようですらあった。
「ははは! なんだあの様は! あやつらの方が腰抜けではないか!」
バラバラに逃げていくフェローチ軍をあざ笑いながら、男は目立つ鎧を着たバルバロッサを追いかける。数は更に減った。追いつけば簡単に討てるわ!
「討ち取れ! さすれば恩賞は思いのままじゃあ」
男の掛け声に兵たちは色めき立ち、目を血走らせて獲物を追いかける。
「はは。本当にやりよったわ! 目指すは大将首よ、行くぞ!」
それが罠であるとも知らぬまま。
フェローチ王の部隊を追いかけていた帝国部隊。しかしそれは終わりを告げる。
突如として地響きと共に彼らの後ろに土壁が現れたのだ。それは帝国軍大将がいる先頭部隊とそれにやや遅れてついてきていた後方の部隊を分断するようにせりあがって行き、完全に分断する形となる。それと同時に男は知る由もなかったが、あちこちに隠れていたフェローチ軍の部隊が魔法や矢で攻撃を仕掛け始めた。数は少ないものの、多方面から攻撃されたことで後方部隊は足止めを余儀なくさせられた。
そして先頭の部隊にも、突如として現れた別動隊による攻撃を仕掛けられる。前を走る得物にしか目を向けていなかった彼らは、その攻撃に混乱し浮足立つ。
だが、それで終わりではなかった。
「将軍! ベ、別方向からもフェローチ軍が接近してきています!」
「このままでは我らは包囲されてんしまいます!」
「何い! 他の部隊はどうしたというのだ」
「そ、それが、後方には壁ができており、他の部隊と分断されています。我らは完全の孤立しております!」
もちろんそうなったのは欲望と怒りでいっぱいになった彼らが突出しすぎたからなのだが、そんなことをを認められぬ男は、何とかこの窮地を脱出せんと指示を出す。
だが、その瞬間を狙っていたかのごとくフェローチ王の部隊が反転して攻撃を加えたことで帝国軍は更に混乱することとなった。
前方左右と包囲され、後方はかろうじて空いているものの急な方向転換などできず押し合いへし合い。他の部隊はフェローチ軍の攪乱部隊により足止めされて助けに入ることも難しい。
更に、先程逃げ出したフェローチ軍の兵たちが集結してきており、このままでは包囲の兵は増えるばかりという状況になっていたのである。
そんな状況の中、男が出した指示はとにかく前に進み、フェローチ王を討ち取ることであった。
後退するのは難しく、左右もまた同じ。ならば兵が薄い前方に進むしかない。
実際、前方のフェローチ王の率いる兵は、左右に比べると数は少なかった。そこを突破し、どさくさで王を討ち取ってしまえばこちらの勝ちになると踏んだのだ。
とはいえ、勝ち戦だと思っていたのに、気が付けば包囲されて全滅の危機という状況下、それに浮かれていた兵たちは大混乱に陥り、まともな対応もできずにどんどんと討ち取られていく。あっという間に5千近くいた兵は半分以下となっていた。
なぜ、なぜこんなことに。こんな田舎、簡単に併呑できると思ったのに。この戦果で、さらに軍での発言権は強まり、さらなる高みへと昇れるはずだったのに!
そう自問する男のすぐそばにいた側近が吹き飛んだ。見ればこちらへと向かってくる集団がある。掲げているのはフェローチ王国の紋章である波に船。そして、丸に十文字。
「大将首は貴様か! 首、置いてけ!」
集団の戦闘にいる男がそう叫ぶ。変わった鎧を着こむ、黒い髪と瞳の男。
「将軍を守れ!」
別の側近たちが男を守ろうと前に出るが、その男の気迫を前に委縮し、なすすべもなく打ち倒されていく。
ここで男は思い出した。フェローチ王国に”落ち人”がいるという話を。だが、その男は往来に寝そべり高いびきをかき、魔法もろくに使えぬばかりか、王族にすら無礼を働く愚か者だという話だった。”落ち人”は希少だが、そんな奴なら警戒する必要もないと今まで忘れていた。
フェローチ王の娘を娶ったという話だったが、”落ち人”の血を欲したがためではないのか?
気が付けば、周りの味方はことごとく討ち取られ、残すは自身を含め数人だけ。すぐ目の前には、黒髪の男が迫り、細身の剣を振りかぶっていた。
それが自身の首へと迫る中、走馬灯の如く頭の中を思考が巡る。
ばかな。そんな馬鹿なことがあるか。まさか、今の状況は、こいつが作り上げたとでもいうのか?
あえて我らを挑発しておびき出し、包囲して攻撃を? 道中の砦の抵抗が少なかったのも我らを油断させるため? 村々が空っぽだったのも、我らをここまで誘いこむためか?
どこからが、策だったのだ?
振るわれた刀が、男の首と胴体を分ける。男はなぜ負けたのかを知る由もなく、その命を散らすこととなった。
総大将が討ち取られたことで大混乱に陥った帝国軍は、フェローチ軍の反転攻勢を受けて士気が崩壊。生き残った将兵たちは、這う這うの体で帝国へ逃げ帰ることとなる。
この時、帝国軍5万に対し、王国軍は約5千という寡兵であった。
その後再び帝国軍は攻め寄せたが、フェローチ軍はこれを撃退する。特に戦場で丸に十文字の旗を掲げる兵たちは帝国兵たちを恐れさせた。
それを束ねる男は自ら敵陣へと突撃し、兵の首を狩って回り「首狩り」と言われ、数多の攻撃を受けてもひるむ様子もなく、本来なら死んでもおかしくない怪我を負っても数日後には戦場に再び現れることから男の家名になぞらえ「死なず」とも呼ばれた。
丸に十文字。その旗にトラウマを植え付けられた者、逃げだす者は後を絶たなかったという。
マヌルの戦いと呼ばれるようになるこれを皮切りにした一連の戦いは、フェローチ王国の独立を確固たるものにすると同時に、帝国にとっては忘れることのできない苦い経験となったのであった。
物語の主人公たちは、日本の戦国時代からやってきてもらいました。わかる人には誰かわかるかと思います。人選は戦いで討ち死にした人や非業の死を遂げた武将の中から選ばせてもらいました。どちらも本編から何十年も前の出来事なので、本編には出てきません。ただ、本編にも間接的にかかわってくる予定です。
次回の投稿は本編えお予定していますが、更新時期は未定です。進捗状況を見て、定期的に投稿するか不定期で出していくのかを考えたいと思います。
それでは、また!




