閑話、あるいは嵐の前の静けさ ②
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大変お久しぶりです。最後の投稿から早6ヶ月半が経過してしまいました。これも私の不徳のいたすところ。まことに申し訳ありません。
本編の再開はまだしばらく時間が必要な状況ですが、それに先駆けて次の章以降にかかわりのある人物や出来事を書いた短編を投稿することにしました。今回はその五回目です。
それでは、短編をどうぞ!
「危ない!」
彼女の体を押しのけた瞬間、まるで身体をえぐり取られるような感覚がして、身体に衝撃が走る。
身体が熱い。全身が炎で焼かれているかのようだ。そう思ったら今度はどんどんと寒くなる。体温が失われていく感覚が嫌でもわかった。
薄れゆく意識の中で、彼女の、幼なじみのユフィリアの声が聞こえた。多分泣いているのだろう。だけど、まだ魔物がいるんだ。早く逃げろと言いたかったが、口は動いてくれなかった。
やがて彼女の声も聞こえなくなっていく。ああ。俺は、死ぬのか。今度は前よりもずっと早く。
俺には、おぼろげながら、前世の記憶らしきものがあった。住んでいたのは、この世界に比べると、ずっと発展していたことを覚えている。魔法はなかったが、それよりもずっと便利な道具がたくさんあった。とはいえ、それをどうやって作るのかなんてわからなかったけれど。
俺の両親はパン屋をしていた。俺は記憶の中にあったパン。総菜パンとか菓子パンと呼ばれていたものを再現して作り、店の商品にした。手に入る材料に限りがあったから、再現できたのは一部だけだったけど。
また、硬めだったパンのほかに、おぼろげだった記憶を引っ張り出して酵母を作り、柔らかいフワフワのパンも作った。
それらは大人気になり、町の領主の耳に届くまでになった。その領主の娘が、ユフィリアだった。
『わあ! 可愛い!』
ユフィリアがそう言って手に取ったのは、俺が作った猫の顔を模したパンだった。食べるのがもったいないと言いながらも、一口食べて『美味しい!』と顔を輝かせたのを見て、すごく嬉しかったし、その笑顔が可愛いなんてことも思ったりした。
度々パンを欲しがるユフィリアと会う回数が増えていき、俺が彼女に淡い気持ちを抱くのに時間はかからなかった。
本来なら平民のパン屋の息子の俺が、男爵家の娘である彼女と結ばれるなんて難しいだろう。だが、ユフィリアは次女で、長女には既に婚約者がおり、彼女は平民に嫁ぐことも可能だった。おまけに、うちのパン屋は領主様お墨付きとなったことで、彼女の嫁入り候補にもギリギリ入れるほどになっていたのだ。
それからも、ユフィリアと過ごす時間は続いて、俺の気持ちもどんどんと大きくなっていった。そして自惚れでなければ、ユフィリアも同じ気持ちを向けてくれていたと思う。
だから15歳になって成人したら、気持ちを伝えようと思っていた矢先、あの出来事は起こってしまった。
ほとんど魔物の出てこない森に現れた魔物。偶々遊びに来ていた俺たち。逃げ遅れた彼女に迫る魔物。反射的に俺は……。
焼けるように体が熱くて、意識が朦朧とした。取り乱したユフィリアの声が、遠くで聞こえて、それすらも聞こえなくなりかけたとき、温かい何かに包まれたような感覚がしたのは覚えている。意識を失う寸前に見た、ユフィリアの悲しそうな顔だけは、酷く頭に残っていた。
目を覚ました時には、なんと3日も経っていた。そして、ユフィリアには会えなくなっていた。お屋敷には入ることができたけど、ユフィリアが部屋から出て来ることはなかった。
そのうち、ある話が聞こえてくるようになった。ユフィリアは魔物に襲われたとき、とても希少な光魔法が使えるようになったのだと。そして、光魔法が使える子供は、王都にある学園に通うのだと。
そのうち、町の人たちは段々とユフィリアを避けるようになっていった。『彼女は特別な子なのだ。自分たちとは違うのだ』といつの間にかそう言うようになっていた。
『彼女は王都で高位貴族と結婚するのだ』
同時に流れ出したその話は、もうほとんど事実として囁かれるようになった。ユフィリアの両親もその気で彼女に教育を施しているともっぱらの噂だ。
実際、前まではおおらかな感じだった男爵家の人たちも、どこかピリピリとした空気を纏っているし、以前はパンを届けに行くと歓迎されたのに、今では少し冷たい。
そんなことをあったからか、夢を見た。多分前世の自分らしき人物が読んでいた本。その内容が、すごく今の状況に似ていたのだ。田舎に住む少女が特別な力に目覚め、都にある学校に行き、そこで王子様に見初められ、結婚するというもの。もう、ユフィリアのことを言っているとしか思えなかった。
もう彼女は、俺なんかじゃ釣り合わない人になってしまった。
そう思ったら、町にいることが急に辛くなってしまった。まだ告白もしていないし、ふられてもいなければユフィリアが王都行きをどう考えているかすら確認もしていなかった。でも、俺みたいな庶民より、貴族の方がきっと彼女も幸せになれるよな?
この時は、そう言う風にしか考えられなかったし、本気でそう思っていたんだ。
最低限の荷物を持って、逃げるように町を飛び出した俺は、おそらくもう会えないであろう彼女の幸せを願う。
これからどうしようか。とりあえず、ユフィリアの話が聞こえてこなそうな、離れた場所に行こうかな……。
******
森の中。街道から外れ、うっそうとしたその場所を、一組の男女が走っていた。男性は日に焼け引き締まった身体を持ち、女性は長くきれいな髪をしていた。だが今はその髪も千路に乱れ、不揃いに切れている。
「もう少しで国境だ。頑張れ!」
「う、うん」
ふたりは帝国の町で暮らしていた。互いに幼なじみで、いつからか恋人となり、もうすぐ結婚する予定だった。互いに両親は流行り病などで亡くなってしまっていたが、それでもふたりは支えあって暮らしていた。
そんなふたりに暗雲が立ち込め始めたのは、女性が町の領主の息子に言い寄られ始めてからだった。絵に描いたような放蕩息子は女性に男性を捨てて自身の妾になるように言った。女性は拒否したが相手はあきらめる様子を見せず、権力にものを言わせてふたりを孤立させ、追い詰め、終には男性に刺客を差し向けたのだ。
そのころにはほとんど村八分に近い状態にされていたこともあり、ふたりは町から逃げ出した。
しかし、あろうことか放蕩息子は男性に懸賞金をかけたのだ。それによりふたりは追手だけでなく、懸賞金目当ての者からも狙われることとなった。
いくつもの危険にさらされながらも何とか国境近くまでにげたふたり。しかし、そこで追手にみつかり、街道を逸れて森へと逃げ込むこととなったのだ。
うっそうとした森の中は整備などされておらず、ふたりは何度もつまずき、枝などで傷を負いながらも進んでいく。
進む先にわずかな光が見え、森を抜けられそうだと思ったその時、ふたりが行く先に、行く手をふさぐかのように何本もの矢がつきささる。思わず足を止めてしまったところに、更に数本の矢が逃がさないとばかりに飛んでくる。その間に、今来た方向から何人もの人間が現れた。
追手はいかにもハンター崩れという感じの男たち。男性は女性を守るように前に出る。
「ようやく諦めたか」
「なあ、さっさと捕まえようぜ。男の方は死んでてもいいらしいが、女は生け捕りだったよな」
「ひひっ。よくみりゃあ上玉だ。味見くらいしても良いんじゃね?」
男たちは自身の欲望を隠す様子もなく、女性をいやらしく見つめる。
男性は自身が囮になれば彼女が逃げる時間くらいなら稼げるかと思案しながら男たちを睨みつける。だが女性は離れてなるものかと言わんばかりに男性の手を掴んでいた。
状況に変化が起きたのは、男たちがまさにふたりへ襲い掛かろうとした時であった。
ぐわあという悲鳴と共に何かが落ちる音がし、更に数人の男たちが姿を見せたのだ。そのうちのひとりは弓を持った男を引きずっている。
「な……!? 俺たちの仲間を!? なんだてめえら!」
「ふん。その賞金首は俺たちも狙ってたんでな。ぽっと出のお前らになんざくれてやるものかよ」
後からやってきた者たちもふたりを狙ってきた賞金稼ぎ。更に人数が増えたことで絶望するふたりだが……。
「ふざけんじゃねえ! やっちまえ!」
仲間を討たれたことに激昂した追手たちが、賞金稼ぎたちに襲い掛かったことでチャンスが生まれた。その隙をついて、ふたりは更に森の奥へと逃げたのである。
わずかに見える光に向かい、何度も転びそうになりながら走る。段々とその光が大きくなり、終に森が途切れた。しかし、ふたりの前に立ちはだかったのは、途切れた大地。崖だった。下を見ればごうごうと流れる濁流が見える。国境を流れる大河であった。川は上流で雨でも降ったのか増水していて、とても渡れそうにない。
「こらあ、待てえ!」
「逃げんじゃねえ!」
後ろから聞こえる声と近づいてくる音に、ふたりはもう逃げきれないと悟ると、お互いの存在を確かめるように抱き合う。
「……ごめん。守れなくて」
「ううん。一緒にいられて、幸せだったよ」
ふたりは軽くキスを交わすと、手を握り、崖から身を乗り出して濁流へと身を躍らせた。やっと追いついた追手たちが聞いたのは、ふたりが水に落ちた音のみ。慌てて川を見るが、そこには荒れ狂う濁った水があるのみであった。
「……ううん。ここは———?」
男性が目を覚ますと、そこは地面の上だった。確か彼女と共に川に身を投げたはず、と思うが確かに生きている。だが泥にまみれずぶぬれになった服が、確かにあの大河に飛び込んだことを証明していた。
「そうだ、リナ! リナは!?」
慌てて周囲を見回すと、川岸に引っかかっている木の板に彼女が掴まった状態でぐったりしているのが見え、重い身体を引きずって近寄る。川から引き揚げて横たえて様子を見てみると、息をしていることにほっとする。
ふたりは濁流にのまれた後、運よく流れてきた物に掴まり、何とか向こう岸、ハルモニア王国側の岸に流れ着いていた。男性はまだ国境の大河の近くだと考えていたが、実際は途中で分岐する王国の内陸部へと流れ込む川の方に流されていたので、男性が思うよりも内陸部であった。
もちろんそんなことを知る由もなく、男性は女性を担ぐと、少しでも川から離れようと歩き出す。
どれほど歩いたか、男性は疲労と空腹でいつ倒れてもおかしくない状態だった。それでも、まだ追ってきているかもしれない奴らから逃げるため、気力で足を動かし続ける。
だけどついに、それも限界が訪れる。不意にガクリと膝の力が抜け、地面へと倒れこんでしまった。なんとか立ち上がろうとするが、身体は意思に反していうことを聞かない。
段々と体の力が抜けていき、意識さえ朦朧とし始めたころ、複数の足音が近づいてきて自身の近くで止まるのがわかった。追手だとしても逃げる力も残っていない。もはやこれまでかと思ったが、予想に反して足音の主たちはふたりを捕まえる様子を見せず、むしろ戸惑っていることが会話で分かった。
おぼつかない意識の中、男性はかすれた声で、「彼女を……助けてくれ」と懇願する。ただの直感だったが、足音の主たちは追手ではないと思ったのだ。
そしてそれは正解であり、ふたりは運がよかったともいえる。
そこに新たな人物がやってきて、話に加わった。なんとなくこの人物たちの上役だと思った男性は再び懇願した。
かすれかけた視界に、ひとりの人物が映り込む。まだあどけなさを残す、白い髪の少女。その少女は笑顔を見せて「大丈夫だよ」と言った。
ああ、もう大丈夫なのか。
その言葉が渇いた大地に水がしみこむが如く男性の中に反芻し、数秒の後に男性は意識を手放した。その姿を見る少女に、彼女の仲間が問いかける。
「……いいんですか?」
「うん! この人たちは大丈夫! 早く連れて行って手当てしてあげよう」
「まあサクヤちゃんがそう言うなら」
この後町へと連れていかれたふたりは共に意識を取り戻し、互いの無事を喜びあうこととなる。
今回の登場人物たちがどこで、どんなふうにお話にかかわることになるのかは、来る本編で確認していただけたら嬉しいです。
次の短編の投稿日時ははっきりと決めていませんが、2週間以内には投稿しようと考えています。
最後に、まだこの拙作を読んでくださっている皆様に感謝の気持ちを伝えさせてもらいます。
本当にありがとうございます! それでは、また!




