7-10 令息は陣頭指揮を執る
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今年も残すところあと2週間ほどになりましたね。この物語も連載を始めてから早いものでもう3年目に入っているわけで、よくここまで続いたもんだと思っています。
しかし、まだ書いてみたい話がいくつもあるので、年明けから休みは挟みますが、まだまだ続く予定です。
それでは、本編をどうぞ!
「ほらそこ! 地面が窪んでいるぞ! 掻き出した土を持って行って埋めてから平らに均すんだ」
「地面から出てきたこのでかい石はどうしましょう?」
「あちらにまとめて置いておくように」
「了解しました」
今やっているのは、温泉街開発予定地になっている元狩場の用地の整地作業だ。俺が現場監督を行い、作業をしているのは工兵隊の見習いたち。今は200人もいないが、これからもっと増やす予定。少なくとも500人は欲しいけど、いつになるやら。
まあとにかく、新兵の配属も終わったので、工兵隊見習いの兵たちには、研修と開発を兼ねてこの場所の地面を均す作業をやってもらっている。……いきなり街道整備とかは無理だろうしな。そもそも材料がまだないし。
最初に工具の使い方などをレクチャーし、新兵たちをいくつかの班に分けて作業させる。彼らは皆今のところは真面目にやってくれている。このまま育ってくれるのを祈るばかりだ。
今は指揮できるのが俺しかいない。才覚のある人材を見つけて、監督の教育もいずれはしないと。
新兵たちは、今はそれぞれ自身の持っている服で作業しているが、速めに作業服に近いものを用意して配る必要があるな。土木工事はとにかく汚れるし。
だが、彼らが皆一様に身に着けている物もある。それは軍手とヘルメットだ。どちらも大急ぎで用意した。これがないと安全に作業できないからな。
始めは皆怪訝そうな顔をしていたが、ヘルメットに関しては、それをかぶせた土の塊に掘って出た岩を落として実演して見せたところ、皆理解を示してくれた。軍手も手を保護するためだと説明し、実際に使ったことで納得してくれた。いずれは皮手袋や安全チョッキも欲しいな。基本的に夜間作業はしない予定だが、あって困るものではないし。
「よし! キリのいいところで休憩だ」
俺の言葉に喜びの表情を見せる兵たち。まだ3月の終わりとはいえ、身体を動かす作業を続けていれば汗もかく。
「飲み物も用意してある。遠慮せずに飲んでくれよ」
そう言うと、何人もの兵たちがわっと樽の方にやってくる。
「ぷはあっ! うめえ」
「疲れた体に沁みる」
うんうん。即席で作ったスポドリもどきは好評みたいだ。材料はレモンと塩、砂糖。仕事の合間に研究しておいてよかった。
兵の動きは、朝の8時集合。1時間ほど準備運動と訓練を行い、それから移動して休憩をはさみつつ午後の3時ごろまで作業を行う。
始めはぎこちなかったが、日が経つうちに少しずつ動きがよくなっていった。また、エレンの所から派遣されてきた技術者の人たちも加わったことで、整地は一気に進み、一週間もしないうちに完了したのだった。
整地が済んだ後は、温泉街のメインストリートとなる部分を作っていく。道となる部分を掘り下げ、作ってもらったローラーで締め固める。その上に土砂を撒いてまた締め固め、加工した石を敷き詰めていく。町の道の一部が石畳だったから、材料を扱う商会と割と早く繋ぎが取れたのは大きかったな。
この辺りの作業は、エレンのところの職人連中が流石というべきか、見事な手際を見せていた。それを見て学び、こちらの連中も少しずつできることが増えていった。
工兵隊の中には、元々こういった職人であった者も数名いて、彼らが技法を他の隊員に教えて回ってくれたのも大きかった。———彼らの給金には少し色を付けておこう。
こうして、メインストリートの舗装は着実に出来上がっていった。
区画整理の計画に基づき、メインの道といくつかの脇道を整備し終えたら、残りは大工の人たちに引き継ぐ。そのころには、ちょうど町の建物の修復や建て直しがひと段落つく頃合いであるという話だったので、そう取り決めた。
まあ、アスレイル公爵家お抱えの大工の集団がやる気満々で一番乗りしているけれど……。
だが逆に、「よそ者に負けてられるか!」と地元の大工たちのやる気に火がつく結果になり、工事がどんどん進むことになった。
そんな感じなので、ラングレイの町、というか領地全体は建築ラッシュとなっている。公共事業として行っている街道整備を始め、町の復興・再開発に、ダンジョン前の新たな街。ガリアでも再開発の予定があり、その他にも城壁の補修なども含めれば1年以上は続くだろう。需要を聞きつけ、いなくなっていた大工の人や、他のところから流れてきた土木系技術職の人、仕事を求めてやってきた人も含めて、人がどんどん増えているという報告も入っている。
それに伴って、町も賑わっていた。工事現場等で働く人をターゲットにした食事を振る舞う屋台。服がよく汚れるのを見たのか、洗濯の代行、いわゆるクリーニング店の走りともいえる事業を行う所も出てきた。
店が増えてきたので、事業者登録にあたる用紙の提出や精査も仕事に入ってきた。以前は土地代や店の規模による課税、売り上げから引かれる税などに加え、前領主が私腹を肥やすために導入していた税もあってかなり雑多になっていたので、これも整理した。
土地の税は低く抑え、メインは国に納める義務がある事業者ごとに課される税と売り上げの一部を納める所得税。それ以外だと、酒などの一部贅沢品に課す税と一部の特殊な職種に課す税くらいか。関所も不必要な場所なものはなくしてモノの動きがスムーズになるようにした。
税の整理に関しては概ね商人たちからは好評だった。もちろん無駄な関所の廃止も。
ただ、苦労したのは特殊な税を課す職種の人たちとの会談の時だった。特に、性的なサービスを行う人たちとの。
彼らは町の一角、スラムになりかけていたあたりで店を構えていた。視察で近くを通りかかった時に見てみたが、スラムとなりかけただけあってあまり衛生的とは言えない場所だった。
だから引っ越してもらうことにした。
なぜなら、どれだけ厳しく取り締まっても、そういった人はいなくならないし、需要がなくなることもないからだ。これから更に人で溢れ、賑わうのだからなおさらだ。
そこで、俺は再開発を行う場所の中に歓楽街の一角として花街———性的なサービスも行う店を集めた区画にして、そこにそういった人たちを集めてしまうことにした。
3つの規模の大きな娼館の主たちにその街での利益独占を容認する代わりに、町にいる女郎と男娼の管理をしてもらう。
名簿への登録や健康診断などがその内容だ。それと同時に、名簿未登録者の営業の禁止と花街以外での営業の禁止も盛り込んだ。せっかく集めたのに、その枠の外に出られちゃたまんないしな。
最初は渋っていたところもあったが、引っ越し費用の補助を提示したら頷いてくれた。
交渉自体はうまくいったけど、女郎の主さんたちに誘惑されたのには困ってしまった。なんせ3人のうち2人が女性で、どちらも色気たっぷりだったもんな。割とすぐに引いてくれたけど、引き際の仕草まで艶っぽいのだから本職は違う。……前世で一度だけ入ったことがあるそういう店の人たちよりもヤバかった。
フィオナが王都に帰った後だったのは運がよかった。何もなかったとはいえ、気まずさがあるし。
いや、むしろフィオナと何でもない話とかして癒されたいんだが。……残りの約ひと月半が長いわ。
そんなことを思っていたら、王都から俺宛に手紙が届いた。差出人はフィオナで、便箋には新しく始まった学園生活のことについていろいろと書かれていた。新しいクラスのこと。クラスメイトのこと。新たに知り合った人について。もっと専門的なことも学ぶようになった授業のこと。高等部に入ってから始まったクラブ活動のこと。
楽しく学園生活を送っていることがありありと伝わってくる内容で、読んでいるだけでその光景が想像できた。
手紙の最後には、「一緒に学園生活が送れる日を心待ちにしています」と書かれていて、それだけで嬉しいし、疲れも取れてやる気が満ち溢れてくる気さえした。
それが起爆剤になったのか、領主としての仕事に関することもどんどんと覚えていき、やや取れるようになった時間で現場視察や工事監督をする時間も増えていった。
工事現場に顔を何度も出していると、どんな人がいるのか少しずつ分かってくる。真面目に黙々と作業する者、リーダーシップを発揮する者、要領の良いやり方を模索して実践する者、他の人のやる気を引き出したり、人間関係を円滑に保とうとする役割を担う者。逆にいさかいを起こす者やサボろうとする者もいた。
前者に対しては給金に色を付けたり朝礼の際に褒めるなどし、後者には罰を与えた。
実際にやってみてわかったのは、豊臣秀吉はすごいんだなということ。始めは中々人を纏めるのに苦労したが、秀吉の人心掌握術に関する話を参考にして色々と工夫してみたところ、確かな手ごたえがあった。完全にモノにするにはまだまだ時間がかかるだろうが、焦らずにやっていけばいい。
その後、侯爵領などからの移住者に住居や仕事の斡旋をしたり、書類の決裁をしたり、領地の組織機構の構築を行っているうちにあっという間に2か月は過ぎていったのだった。
やや駆け足目になりましたが、これで7章は終わりです。
年内にもう1話投稿したら、休載期間に入ります。早ければ2か月、遅くても半年以内には再開予定です。申し訳ありませんが、気長に待っていただけるとありがたいです。
次回更新は12月29日(金)を予定しています。それでは、また!




