幕間 sideフィオナ~前を向いて~
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幕間7話目になります。それでは、どうぞ!
家族と決別すると決意した私ですが、レオン様やアニエス様からは、「家には近づかないこと」と「何も知らない体でいつも通り過ごしてほしい」と言われました。その方が不自然ではないから、と。
ただ、心構えはしてほしいと言われました。これから起きることに対して。
その日から、私は普段通りに過ごしつつも、どこか緊張した面持ちでいました。変わったところがあるとすれば、意識して堂々とした態度を取るようにしたことでしょうか。
このころには、レオン様が話していた噂が、私の耳にも入るようになっていました。それほどに広まって、エレンたちでも全てを防ぐことができなくなってきていたのでしょう。
だけど、それらは全て根も葉もないただの噂。私には疚しいことなど何もないのだから、堂々とした様子でいればいいと思ったのです。エレンだってそうしていましたもの。……以前の私だったら、きっと俯いていたと思います。だけど、これも弱かった私と決別するためと思いました。
だから私は、更にもう一歩踏み出すことにしたのです。
「ええ⁉ 護身術を習いたい?」
「そうなの。いざというときに、少しでもレオン様の負担を減らしたいの」
私の話に、エレンは驚いたように目を丸くしています。夏の時も、この前も、私は守られてばかりでした。少しでも自身の身を守れるようになればレオン様の助けになれると考えたのです。……守られるだけじゃなくて、共に戦いたい。それは私のわがままですが、そうすることで、もっと強くなれると思ったのです。
「レオン様はお忙しそうだし、何度もアニエス様のところに通ったら怪しまれてしまいそうで。……エレンだけが頼りなの」
レオン様とエレンたちが協力し合っているのは気が付いていました。それに、エレンなら私の気持ちを汲んでくれると思ったのです。
「私だけが頼り……。いい響きね。ところで、レオンは知っているの?」
「……まだ話せていなくて」
最近は、サクヤちゃんたちもいない時があって、そんな時にこんなことは言い出せませんでした。
「ふうん。まあ私としては最近フィオナを取られ気味だから、時間が増えるのは嬉しい。それで、護身術って具体的に何か考えていることはあるの?」
「……できれば、魔法で身を守れないかと思って」
レオン様は体術を時々使います。貴族の女性でも護身用として体術を扱う方はいますが、私に経験はなく、今から習ったとしてもものにはならないでしょう。
「無属性魔法でもできることには限界があるわ。だから、闇魔法で何かできないかと思って」
魔力だけなら人並み以上にはあると自負していますし、その扱いもいくらかはできるつもりです。向き合うとも決めたからには、闇魔法とも向き合いたいのです。
「ただ、教科書にも闇魔法のことはそこまで多く載っていなくて……。エレンの知り合いに闇魔法について詳しい方がいないかと思って」
闇魔法と光魔法は使い手が少なく、他の魔法よりも研究が進んでいないのが現状です。学園で魔法に一番精通しているのはシリル先生でしょうが、フォルティアさんが度々先生のところを訪れているそうで、近づきづらいです。先生自身は魔法の研究に没頭しがちで他のことをおろそかにしがちですが、公平で好感が持てる方なのですが。
「そういうことね。なら……ガルム。こっちに来て」
「御用とあらば」
エレンは私の言葉に頷くと、ガルムさんを呼びました。
「ねえ、フィオナに話してもいいかしら?」
「お嬢様がそうお決めになったのなら」
「そう。フィオナ。ガルムはね、闇魔法が使えるの」
「え⁉」
エレンの言葉に思わずガルムさんを見ます。彼は薄い薄笑みを浮かべて、エレンの傍に控えています。
「ガルムの闇魔法はかなりのものよ。フィオナがよければ、教えてもらうといいわ。多分聞いていたと思うけど、フィオナの相談に乗ってあげてくれる?」
「仰せのままに」
こういうのは早い方がいいと、その場でガルムさんの講義が始まります。
「まず、闇魔法では何ができるか、というのはわかりますか?」
「私が知っているのは、対象に何らかの不便を強いる効果をもたらしたり、対象を消滅させたり、精神に作用する効果がある、というくらいです」
かつてお母様の視力を奪ったこと。後は教科書に載っている闇魔法の使い手が起こした事件の話などから考えられることを挙げます。
「おおむね正解です。ですが、闇魔法でできることというのはそれだけには留まりません。例えば……」
そう言いながらガルムさんは指を鳴らします。すると部屋を囲むように黒い幕が展開しているのが見えました。
「これは音を遮断する魔法です。この幕の中にいれば、外からの声は聞こえず、中で立てた音も外には聞こえません」
「まさに内緒話にはうってつけよね。昔はこれを使ってガルムや領地にいる友人と内緒話をしたものよ」
エレンがそう言って笑います。
「これは幕に触れた音を闇魔法の魔力で打ち消すことで音を遮断しています。そしてこれで打ち消せるものは音だけではないのですよ」
「……もしかして、魔法も打ち消せるのでしょうか?」
私のこぼした言葉に、ガルムさんは満足げに頷きました。
「その通り。今は音だけを遮断していますが、魔力を調整すれば魔法、剣などの打撃、果ては自身の存在さえも隠せましょうね」
「それは……」
「まあ、存在を隠すところまで至れるには、相当な修練を積まなければならないのでしょうが。まあでも、フィオナ様の近くにもいらっしゃいますね。ひとりだけ」
「そうなのですか!?」
そんな魔法の使い手がいるなんて知りませんでした。でも、私の知っている方の中に闇魔法が使える方はいなかったはず……。
記憶を探り、考えていく中で、もしかして、というものが浮かびます。私の護衛もしてくれる、妹のように愛らしくも頼もしい少女の姿が。
「もしかして、サクヤちゃんですか?」
私の言葉に、ガルムさんは感心した様に頷きました。
「よく気が付きましたね。確かにあの娘の力はそれに匹敵します。まあ、彼女を含め、猫族が使うものは、闇魔法とは似て非なるもので、我々は”影魔法”と呼んでいます」
「影魔法?」
初めて聞く魔法です。闇魔法とは違うようですが……。
「先ほども言ったように、闇魔法では多種多様なことが魔法によって実現できます。火・風・水・土・雷・草・氷。これらとは違う系統の魔法が闇と光、無属性に分類されていると思えばいいでしょう。我々は闇魔法において、その使える力の傾向から、それぞれを黒魔法、影魔法、魂魄魔法と呼び分けています」
初めて聞く話ばかりで、戸惑います。こんな話、今まで全く耳にしてこなかった。
「すいません。聞いたことのない話ばかりなのですが、それはどなたが定義付けを……?」
するとガルムさんはエレンを見ました。エレンが頷きます。
次の瞬間、魔力が霧散するような感覚があり、ガルムさんの姿が変わりました。肌は黒みを帯び、瞳と髪の色は黒に。髪からのぞく耳は人間のものよりも長く、尖っていて。
「……魔族」
そこに立つガルムさんは、まぎれもなく魔族の姿をしていたのです。
「フィオナ。ガルムはね、魔族なんだ。黙っていてごめんね」
エレンが申し訳なさそうに話してくれました。エレンがかつて行き倒れていたガルムさんを拾って雇い入れたことは聞いていましたが、魔族の方だったなんて。
「では、闇魔法のことは」
「はい。魔族は闇魔法が得手な者が多いですから。それだけ研究も盛んなのですよ」
そしてガルムさんが言うには、魔王国ではそれぞれの魔法の定義として、『主に対象に対して何らかの効果を及ぼす』魔法を”黒魔法”。『自身の影を中心に、闇を操る力に長ける』魔法を”影魔法”。『対象の精神に干渉する力に長ける』魔法を”魂魄魔法”としているのだそうです。
「3つに分類はしていますが、これは使い手がどの系統に最も長けているかで分けているだけなのです。私は黒魔法系統の力が最も得意ではありますが、その他の系統の魔法もいくらかは扱えますので。
また、全ての系統の扱いが平均以上である場合は”闇魔法”と呼称しています。まあ、それほどの使い手は魔族の中でも一握りでありますが」
その言葉を聞く限り、私は”黒魔法”もしくは”魂魄魔法”の素養がありそうな気がします。私がよく自身に使っていたものは、おそらくそのどちらかに分類されそうですし。
「フィオナ様は今まであまり魔法を使ってこなかったと聞いています。これからどの系統のものが得手なのかを調べていき、それからその系統にあった魔法を教えましょう」
「はい。よろしくお願いします」
それから数回にわたって、私は闇魔法の扱い方を学びました。調べたところ、突出した力はないものの、私は全ての系統の魔法を平均的に扱えるのだそうです。その中で、護身を目的とするならば、と提示されたのは”黒魔法”と”影魔法”でした。その2つの系統の魔法の中で、基本的なものと私の希望に合わせた魔法ついて教えてもらい、それらがいくらか扱えるようになるころには、もう卒業試験が迫っていたのでした。
レオンがいろいろ動いている裏で、フィオナもまた自分にできることをしようと頑張る。そんな回でした。
次回更新は6月2日(金)を予定しています。それでは、また!




