6-13 令息は気を引き締める
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いよいよ、断罪イベントが始まります。今回はまだ序章です。本番は14話からです。それでは、どうぞ!
あの後、その場に氷と土で即席の陣地を作って休息しながら周囲を警戒していたところ、救援の先生がやってきて、試験の中止が伝えられ、卒業試験は強制的に終了となった。
案の定アメリア達は騒いだらしいが、アメリアの持ち物の中に魔物を呼び寄せる効果があるモノがあったことで、その言葉を信じる者は(信者を除けば)あまりいなかったそうだ。
ただ、フィオナを取り巻く空気に関して言えば、少し落ち着きがないと言える。
なぜなら、試験が中断した後、フィオナのところに騎士がやってきて、彼女を連れて行ってしまったからだ。それからすぐに、ミストレア侯爵家の人々が脱税や横領の疑いで騎士団に拘束されたという情報が駆け巡った。そうなればフィオナが連れていかれたのも——と考えるのが出てくる。実際に騎士に連れられていったしな。……まあ実際のところ、あの騎士はフィオナの安全を確保するために派遣されてきただけであって、護衛のようなものなんだよな。建前上は侯爵家のひとりであるフィオナからも話を聞くということになっているが。
これはもちろんエレオノーラ嬢からの情報で、そういう風に打ち合わせていたのだそうだ。そのあたりのあれこれは母や公爵家がやってくれたそう。
フィオナが帰ってきたのは卒業式の前日の夜だったらしく、卒業式の朝に会ったときは、元気そうで安心した。ただやはり、家のことが気になるようで、少し落ち着かない様子だったけど……。
卒業式の方は、延期になることもなく、何事もなく進んでいき、終わりとなった。その後は各クラスでの最後のホームルームだったのだが、こちらでは先生が感極まったのか涙を流し、かなり長い時間を過ごすことになった。
俺としても、また会えるとはいえ、ラシンやシャーロットとの別れを寂しく思って、話をしたりとその時間を楽しんだのだった。
卒業式が終わった後は、時間をおいて卒業パーティーとなる。支度を済ませた俺は、フィオナと待ち合わせるよりも早い時間に、とある部屋でエレオノーラ嬢に会っていた。これから起きるはずのことに関する最終確認のために。
「あら。中々決まってるわね。……フィオナの色を盛り込んである」
「そうだな。それを基調にしてる」
今着ているのはパーティー用の礼服だが、普通の礼服と違い、やや騎士服によったデザインをしている。青みがかった黒を基調に、所々金色の糸で縁取りが施されている。
「そのドレスもかなり凝っているな」
「ふふん。当然でしょう」
エレオノーラ嬢のドレスは赤が基調の物で、作り手のこだわりが感じられる一品だった。
「社交辞令はさておき、いよいよね。準備は済んでいるの?」
「仕込みはしてある。根回しも済んだ。後はあいつらの出方次第だ」
「……まあ何をして来るかわからないものね……。最近は特に視野が狭くなっているみたいだし……」
「そうだな。アメリアは特に注意しないと」
「そうね。最近じゃ自分は聖女なのだと触れまわってるみたいだし」
「ああ、なんか聖なる秘宝を手に入れたってやつか? 眉唾だとは思うけど……」
「でも信じる人たちがいるから厄介なのよね……」
ため息をつきそうなエレオノーラ嬢を前に、俺も内心ため息をついていた。
なぜなら、アメリアの言う秘宝というのがあながち間違いではなく、その存在は例の冊子にも載っていたのだ。
それはヒロインが聖女の力を覚醒させるのに必要なアイテムだと書かれていた。数は3つ。イヤリング、首飾り、指輪。アメリアはそのうちイヤリングと首飾りを持っている。本人が自慢げにつけていた。
そして最後のひとつ、指輪だが……これはなんと、俺とフィオナがデートの時に露店で買ったあの指輪だったのだ。俺も冊子でその記述を見つけたときはびっくりした。しかし、手に入れる経緯や、描かれているデザインが一致したことでおそらく本物だろうと考えられた。
ただ、3つそろったからと言って必ず聖女になれるわけではないし、そもそもそろっていないから心配はない……と言いたいところだが、アメリアがそう触れまわり始めてから取り巻きや信者の態度が以前よりも盲目的になっているという報告もある。ここまでほぼ計画通りとはいえ、気を引き締めて臨んだ方がいいだろうな。
「ところで、マーカスやそれ以外の取り巻きの婚約者の令嬢たちはどうなの?」
「ああ。マーカスのとこは若気の至りってことでまだ様子見していたようだが、最近の様子を見て考え直し始めているみたいだな。もうひとりランドルっていう熱狂的なのがいるが、そっちの方はもう婚約解消に動いている。どうやら相当相手の家を怒らせたらしい。てか、そっちの協力あってこそだ。話を通してくれたことを、感謝している」
「あなたには協力してもらっているのだし、ギブアンドテイクってやつよ」
「ああ」
「それと、……公爵家の方は大丈夫よ。あまりにも愚かなら考え直した方がいいって話は前から出ていたからね」
「そうか……」
まああんな様子じゃ当たり前か。婚約者以前に王族としてもどうかと思うし……。陛下も頭抱えてたしな。
「ところで、婚約が白紙になったらどうするんだ? そのまま高等部に行くのか?」
少し気になって聞いてみる。
「そうね……。あなたの行動が上手くいけば、今まで通りよ。失敗したらそうね……国外追放って所かしら」
まあそれでもいいんだけどね、とエレオノーラ嬢は言った。おいおい。
「でも、これで殿下とおさらばできるってわけね。楽しみだわ」
「少しカルロスには同情するよ。あんたみたいないい女をわざわざ手放すなんてな」
家柄もそうだけど、胆力、行動力、令嬢としての格。頭の良さ。どれをとっても一級品だ。さすがは悪役令嬢になるだけある。
「持ち上げても何も出ないわよ。それに、そう見えるのはガワだけよ」
「……」
「……何か言いたいことがありそうね」
「……今は何も。それじゃあ、最終確認とういこうか」
「ええそうね」
最後の打ち合わせは滞りなく終わり、俺は会場へと足早に向かった。会場の近くに控室があり、そこでフィオナと合流して会場入りする。
控室についたところで近くにある鏡を使いさっと身だしなみを確認して、フィオナを呼んでもらう。少しして、ドアが開いてフィオナが顔を出した。
「お待たせしました……」
おお……!
フィオナの姿に思わず見とれる。淡い青のドレスはふんわりとしていて柔らかな印象を与える。袖口と胸元には白いレースがあしらわれていて、金のバラの形をした刺繍がドレスを装飾していた。ドレスに縫い付けられている小さなリボンもいいアクセントになっているな。
結い上げられた髪には花の形をした髪飾りがつけられていた。
「どうでしょうか?」
ちょっと不安そうな様子でフィオナが聞いてくる。上目遣いはわざとなのか天然なのか……。
「……これで勝てるな」
「え?」
「いや、とても似合ってるし、すごいきれいだってこと」
「……っ///」
頬を染めてもじもじするフィオナ。……これを前にしたらアメリアがどんなに着飾っていたとしても霞むな。確実に。
エスコートのために手を取りながらそんなことを思う。これから大一番だというのに、かわいい婚約者を見せびらかしたい、という気持ちがむくむくと湧いてくる。これが俺の婚約者なんだぞ、と言いたい気持ちだ。
実際、会場に入るために集っている生徒たちはちらちらとフィオナの方を見ている。男子の中には見惚れるような表情を見せるやつまでいた。……おいおい、パートナーの子に失礼だぞ?
しかし、パーティーの会場に入ったことで意識が切り替わった。大勢の人々。きらびやかな会場。俺たちを見る人々の目。それは感嘆と好奇、そして……憎悪。
……ああ。そうだ。ここはきらびやかなパーティー会場じゃない。敵地なんだ。
見れば、その視線は俺たちだけでなく、会場の真ん中あたりに立つエレオノーラ嬢にも注がれていた。やはりひとりで、でも堂々とした立ち姿を見せている。一瞬だけ目線がかち合った。
わかっている。うまくやってやるさ。
これから俺は、ここで茶番を繰り広げる。相手の茶番に俺のものを上書きして、俺たちにとっての最高の喜劇へと仕立て上げるのだ。
「レオン様」
知らず知らずのうちに手に力が入っていたのか、フィオナが俺を見た。でもすぐにフィオナもぎゅっと繋がれた手に力を込める。……不安なのか、それとも励ましてくれているのか。
「……大丈夫だよ」
そう言って笑う。そうだ。必ず、”大丈夫”にしてみせる。
様々な思惑や感情が混じり合ったような会場の空気を肌で感じながらそう改めて思う。
「……カルロス=ド=ハルモニア第2王子殿下、ご入場!」
声と共に開かれて行く扉を見る。さあ、始めようじゃないか。断罪と言う名の茶番をな。
次回からは、ここまでのお話をフィオナの目線で見るお話が数話入ります。それからが本編の続きとなります。
次回更新は4月14日(金)を予定しています。それでは、また!




