6-12(裏) 斜陽の侯爵家
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気が付けば途中の休載期間も含めて長く連載していますし、話も想定以上に長くなっていてビックリです。
また、想像以上にたくさんの方にブックマークや評価をいただいてたいへん励みになっています。時間はかかってもしっかり完結まで書いていく予定ですので、これからもお付き合いいただければ幸いです。
今回のお話は、以前ちらっと出てきた侯爵家のお家騒動の話です。時間軸としては卒業試験の最中です。それでは、どうぞ!
「そろそろ、奴らが騒ぎを起こしているころでしょうね」
そう口にして口元を歪めたのは、ミストレア侯爵夫人。それを聞いたミーナは菓子をつまみながら「そうなのね」とやや興奮したように言う。
「ふふ。これであの目ざわりで不気味なお姉さまともお別れなのね。寂しくなるわ」
全くそう思っていないことが丸わかりな表情でそう口にする。
「ふん。もうあの黒くおぞましい髪と目を見なくても済むのだと思うとせいせいするわ」
「ところで、お姉さまってどこに連れていかれるの?」
「知らないわよ。帝国に闇魔法を使える人間を欲しがるもの好きがいるみたいだからそいつのところじゃない? きっと酷い扱いを受けるでしょうね」
「あはは。いい気味。それじゃあ、お姉さまもいなくなったことだし、わたしをレオン様の婚約者にしてくれるわよね⁉」
「もちろん。そのつもりよ」
「あは♪ やったあ!」
その時、部屋の扉を慌てた様子で開けたのは、ミストレア侯爵であった。
「お、おい! 外に騎士団がいるぞ! どういうことだ!」
「え?」
「なんでも、不正や人身売買に関わっている可能性があると。……あれがバレたのか!?」
突然の事態に侯爵も混乱しているようで声を荒げる。人身売買や不正という言葉に夫人たちも声を失った。
「そんなまさか! そもそも、アレはまだ起きてもいないこと。騎士団が知るわけないでしょう!?」
夫人の言葉に、侯爵はそれもそうかと少し落ち着きを取り戻す。
「そ、それもそうだな。それについてはしらを切るとして……。不正についてだ。これだけは何としても隠し通さねばならん。いいか。知らぬ存ぜぬで通すのだぞ」
「もちろんよ」
「お父様何かしてたの? まあ知らないから別にいいけど」
「とにかく、一旦騎士団にはお帰りいただいて、その間にどうすべきか考えるとしよう。まさか勅令状(捜査令状のようなもの)を持っているとは限らぬしな」
そういいながら侯爵が部屋を出ようとしたとき、そのドアが開いた。
「……父上」
「おお。キースか。外に騎士団が来ているが、何かの間違いだろう。心配しなくてもいいぞ」
息子の姿に侯爵は少しほっとした声を出す。しかし、その息子が冷ややかな目を向けていることに彼は気が付かなかった。
「いいえ、父上。間違いなんかではありませんよ」
「何? 間違いではない?」
「はい。父上たちはこれから裁きを受けるのですよ」
酷く淡々とした声でキースはそう口にした。
「ははは。バカな。なんの裁きを受けるというんだ? わしらは何もしておらんぞ?」
「それを決めるのは騎士団と国王陛下ですよ。父上。まあでも……」
そこまで言うとキースは部屋の中へと入り、あらかじめ隠してあったモノを取り出すと、それを一緒に部屋に入ってきたメイドに渡した。
「言い逃れはできないと思いますけどね。……これも外にいる騎士団の方に渡しておいてくれ」
「かしこまりました」
事態を呑み込めず固まっていた侯爵だったが、キースが出したソレを持っていかれるのはまずいと直感で悟ったのか、「そ、それを寄こせ!」とメイドに詰め寄ろうとした。
「! ガボボオ!」
しかし、突如顔を水の塊で覆われ、立ち止まってもがき始める。魔法を発動したのはもちろんキースであった。
「行きなさい」
「……はい」
「ま、待ちなさい!」
ここで夫人も危機感が追いついたのか、メイドに詰め寄ろうとするが、キースが立ちはだかった。その顔はなんの感情も映していない淡白な表情。そんな今までに見たことのない表情をした息子に思わずたじろぐ夫人。
「ど、どうしてしまったのキース? あなた、何をしようとしているのかわかっているの?」
「もちろんです。なんせ騎士団を呼んだのは僕ですから。ついでに言うと、父上や母上の不正の証拠を騎士団に渡したのも僕です」
「な、なんてことをしてくれたの!?」
「お、お前は侯爵家を潰す気か!?」
やっと魔法から逃れた侯爵も詰め寄る。それに対してキースはどこまでも淡々としていた。
「そうですね。良くて降爵、悪ければ取り潰しでしょうね。……でも、遅かれ早かれこうなっていたと思いますよ。父上は知らないでしょう? 領地に査察が入ろうとしていたことを。領民の不満がたまっていて爆発寸前なことを……。だから手遅れになる前に切り捨てることにしたんですよ。……侯爵家を食い荒らす者たちを、ね」
そう言いながらキースは父、母、姉を順番に見た。
「な、何よそれ! わたしは関係ないでしょ!?」
両親が息子の変わりように絶句する中、納得いかないのかミーナが声をあげる。
「おや? 不正して得たお金が誰に注ぎ込まれているか、知らないわけではないでしょう? それに……あなたが家に内緒で買い物をし、その支払いをしていないことも知っていますよ? それと他の家のご令嬢に嫌がらせをしていたことも」
「え? なんで⁉」
「ミーナ? どういうことなの⁉」
両親に隠していたことを暴露され、慌てふためくミーナ。
「ああ、弁明は騎士団でしてください」
そう言った次の瞬間、部屋の中に騎士団員たちがなだれ込んできて、侯爵夫妻とミーナを拘束した。
「ちょっと、離しなさいよ! メイドや護衛たちは何をやっているのよ!」
「そちらは既に無力化していますので」
にべもなくキースがそう口にする。その様子から、これは計画的に行われたことだと今さらながら思い至った侯爵は思わず叫ぶ。
「い、いつから……いつから計画していたんだ! キース⁉」
「いつから……さて、いつからでしょうね?」
そういたずらっぽく口にするが、その目は笑っていないことに、思わずぞっとする侯爵。目の前の子供は、本当に自分の息子かと疑いたくなるほどの変わりようで……。しかし、そもそも魔法の才能や成績だけを見て、キース自身のことを知ろうとしていなかったのは侯爵たちの方であり、それが彼の暗躍を助けることになってもいた。
連行されていく家族たちを見つめるキース。これで終わるのだと思う彼の頭の中をよぎったのは、ここにはいないもうひとりの姉の姿だった。
『はい、キース。お腹が空いたでしょう?』
まだ幼かったころ、両親は跡取り息子である自分にかなりの期待を寄せていた。ミーナに才能があったから猶更。だからこそ厳しい教育がなされ、満足のいく結果が出せない時は酷く叱られたり、食事が抜かれることすらあった。
そんな時にいつもこっそりと助けてくれたのは上の姉であるフィオナだった。そのころには両親に冷遇されていたにも関わらず、自分よりもまだよい扱いをされている弟にも優しくしてくれた。姉はただでさえ少ない食事を分けてくれたり、汚れを拭いたりしてくれた。姉がくれたパンは使用人用のものだったから少し硬かったが、それでも美味しかったのを今でも覚えている。
魔法の才能が花開き、普通の生活ができるようになって思ったのは、「姉に恩返しをしたい」ということだった。使用人同然の扱いを受けている優しい姉。黒い髪と瞳を気味悪がられている姉。キースは常々、幼いころに彼女が手を差し伸べてくれなければ、きっと今の自分はいなかっただろうと思っていた。だからこそ、姉に幸せになってほしいと願うようになり、そのためにはどうすればよいかを考えるようになった。
そうしてわかったのは、この家の歪み。姉を虐げることをよしとするこの環境がある限り、姉が幸せになることはない、と思った。姉の婚約者もいけ好かない感じだが、まずは侯爵家から。
たくさん学び、力をつけ、家を変える。姉が穏やかな顔で過ごせるような家にしてみせる。
転機が訪れたのは、学園祭が過ぎたころだった。姉の友人であり、同志でもあるエレオノーラ様から、姉の婚約者が姉のことを大切にしているのは確かだという情報がもたらされたことだった。あの男の態度や言動からを多少知っている身としてにわかには信じられなかったが、調べてみるとどうやら本当らしく、久しぶりに帰ってきた姉もその「レオン様」とのことを楽しそうに語っていたという。
実際、”箒星の夜会”の直前、ミーナをはねのける姿を見て、やってきた姉に向けた笑顔を見て、「ああ。本当なんだな」と確信した。
そして、夜会から帰ってきた姉の幸せそうな笑顔を見て、”動く時が来た”と僕は悟った。ちょうど信頼できる侍女や、子飼いの暗部もそろってきた折。エレオノーラ様の協力も得られる。姉の嫁ぎ先も問題なくなった。
これで心置きなく、この家を掃除できる。
表では両親に従順なふりをしつつ、裏では不正の証拠探しや姉の手助けをする。姉はとにかく婚約者と順調みたいで、初めてふたりで出かけた日も大変仲睦まじく、幸せそうな様子であったと報告を受けた。……少し寂しい気もするが、ずっと俯いていた姉が明るい表情で過ごせるのならそれが一番だ。
そんな時に聞こえてきたのが、両親の姉を他国に売り渡すという計画。すぐさまそれについて調べ、エレオノーラ様にも協力を仰いだ。そうして、学園の方は彼女とレオン殿が。こちらは僕が決着をつけることになったのだった。
「……キース殿。あなたにもお話を伺いたいので、御同行願えますか?」
ひとりの騎士にそう声をかけられる。……告発したのは自分だとは言え、自分もまた侯爵家の一員。責任を逃れられるわけじゃない。……とはいえ、姉が帰ってこれたとき、この場所がもう少し居心地のいい場所になるようにしよう。
もしダメだったとしても、姉を支えてくれる人は大勢いるし、そもそも姉は全くの無関係だ。姉には処罰が行かないようにエレオノーラ様たちが取り計らってくれると約束してくださったから大丈夫だ。
騎士と一緒に部屋を出て、外に向かう。……僕がやるべきことはまだまだ残っている。ここまで計画通りに来ているとはいえ、まだ両親たちを排斥できたわけじゃない。ここからが正念場だ。
これから起きることを正面に見据えて、僕はしっかりと前を見たのだった。
次回からはいよいよ卒業パーティ編に入ります。「断罪? なにそれおいしいの?」というお話になる予定です。
次回更新は4月7日(金)を予定しています。それでは、また!




