6-3 令息は婚約者とデートをする③
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今回のお話はデート回の3話目です。それではご覧ください。
「ごめんなさいね。こんなものしかなくて。でも、前に倒れたときにお世話になったと聞いてね。一度お礼をしたかったの」
そう言ってマルとリーンの母であるマリルさんは笑った。
「いえ。お気になさらず」
「彼女さんも。狭くて汚い部屋だけど、ゆっくりしていってくださいな」
「あ、ありがとうございます」
出されたお茶を飲みながら俺はそう答える。隣でフィオナも出されたお茶に恐縮しながらお礼を言っていた。マルはやることがあるとかでここにはおらず、リーンは先ほどからじいっとフィオナを見ている。
「改めて、本当にありがとう。森でこの子たちを助けてくれただけじゃなくて、お薬を買う手伝いに、ここで食事まで作ってもらったなんて……お礼をしてもし足りないわ」
「いえ、いいんです。俺が個人的に気になってお節介を焼いただけですから」
「それでも、ありがとう。……もしかしたら私は、ふたりまで失っていたのかもしれなかったのだから」
その言葉で、ふたりの父はすでに亡くなっていたことを思い出す。もしもそうなっていたら、悔やんでも悔やみきれなかったことは間違いなかっただろうな。
その後も最近のマルたちの話を聞いたりしているうちに、マルが帰ってきた。バケツを持っているので、水を汲みに行っていたようだ。
それからマルも話に加わった。森でのことや、最近のことなど、たくさん話してくれた。
しばらく話が続いた後、話の話題はフィオナの方にシフトしていった。
「本当に今更だけど、ふたりでお出かけ中だったのよね。悪いことしちゃったかしら?」
「それは……」
「気にしないでください」
フィオナが声をあげる。
「私も、……彼も、ふたりが心配だからついてきたんです。気に病まないでください」
フィオナ……。
「ええ。彼女の言う通りです。そもそも、ギルドのあたりにいたのもふたりで決めたことですから……ね?」
そう言いながらフィオナに微笑みかける。
「はい。私がわがままを言って来てただけですから」
フィオナも笑顔でそう口にした。どことなく冗談めいた言い方に口元が緩む。マリルさんの方もほっと肩をなでおろした感じだった。
「ねえ……。お兄ちゃんとお姉ちゃんはこいびと、なの?」
今まで言葉を発していなかったリーンが急に口を開いた。しかし、その口調にはどこかトゲがあるように感じた。
「そうだよ」
「! じゃあ、その人が……スキ、なの?」
「もちろんだよ」
「!」
俺の言葉を聞くや、リーンは椅子から立ち上がった。
「お、お兄ちゃんのバカ―‼」
両目にいっぱいの涙を湛えてそう言い放つと、リーンは寝室へと駆け込んでいった。
「………あー……」
流石の俺でも、あんな反応をされればわかる。慕ってくれてるとは思ってたけど……。
「す、すみません! うちの子が酷いことを……」
マリルさんが慌てて謝罪してきた。マルもすぐさま「ごめんなさい!」と言ってくる。
「謝らないでください。それよりも、リーンと少し話してきてもいいですか?」
「……はい」
「ありがとうございます。……ごめんフィオナ。少し待ってて」
「はい。早く行ってあげてください」
俺は立ち上がるとリーンが入っていった部屋に向かう。そこは寝室で、小さなベッドの上にはこんもりと盛り上がった敷布が。俺はその横に腰を下ろした。敷布は小刻みに動いていて、中からしゃくりあげるような鳴き声が聞こえてくる。
「……リーン」
「……お兄ちゃんのバカ」
「ごめんな。リーンの気持ちに気づいてあげられなくて……」
「……」
「でもな。お兄ちゃんは、あのお姉ちゃんじゃなきゃだめなんだ」
優しく、ゆっくりとした口調で話しかける。しばらくすると、頭の先から目元のあたりまでがひょっこりと敷布から出てきた。目元は赤くなっていた。
「あのお姉ちゃんの、どこがいいの?」
「そうだなあ……。優しいところとか、一生懸命なところとか、恥ずかしがりやなところとか、一度決めたことは最後までやり通すところとか、動揺するとツンデレみたいになるところとか……。とにかく全部が好きかな」
「リーンよりも?」
「うん」
「リーンのこと、嫌いになった?」
「まさか! 好きだよ。……まあ、マルやマリルさんには負けるだろうけどね」
「……! じゃあ、また遊んでくれる?」
「いいよ」
「一緒に森にも行きたい」
「いつになるかは約束できないけど、また行こうね」
もぞもぞと敷布が動く。少しののち、リーンは敷布から出てくると、俺に向かって両手を伸ばした。
「……ぎゅってして」
「……今日だけだよ」
「うん」
そっと抱きしめると、リーンはぎゅっと俺の体にしがみついて、小さな子で「お兄ちゃん、大好き」と呟いた。それから、「ごめんなさい」と言った後に、また涙を流した。俺はリーンが泣き止むまでその背中を撫で続けた。
泣き止み、落ち着いたリーンと一緒に部屋に戻ると、部屋の中は静かだった。リーンはダッと駆けだしてマリルさんの胸に飛び込んでいった。マルは俺とリーンを交互に見てなんとなく何があったかを察したらしかった。フィオナは心配そうな顔で俺を見ていた。
部屋の空気は、明らかに暗く、重い。もう俺たちはお暇した方がいいかもしれない。……でも、なあ……。
「……そ、そうだ! シンゴさん。良かったらまた歌を聴かせてくれませんか?」
その空気を変えようとするかのようにマルが声をあげた。歌と聞いてリーンはピクリと反応してちらりとこっちを見た。これは……。
「よし! お詫びと言っては何だけど、1曲披露しよう。とびきり楽しくなるような曲をね」
マルに向けてにっと笑う。この空気すら吹き飛ばすくらい楽しい気持ちになれる奴を歌うとするか。
防音のためカラオケルーム(透明バージョン)を起動。カモフラージュのための録音の魔石を用意して……。フィオナに合いの手のお願いもしたし、準備は万端。かなり緊張するけど、……いきますか!
”再生”
こっそりとスマホをタップすると、懐かしき軽快なイントロが流れ始める。……この曲は聞いてると楽しくなってくるし、踊りたくなる感じだよな。
今回選んだのは、日曜夕方に放送しているお茶の間アニメのオープニングだ。俺はほとんど見ていなかったが、子供たちが見ていたのが耳に入っていたからか、これも記録されていたのだ。
さっそく軽快なリズムと楽し気な歌詞につられたのか、マルとリーンは体を揺らしている。表情も上向いてきた感じだ。……今!
合いの手を入れるタイミングで合図をすると、フィオナは少し遅れながらも拍手2回の合いの手を入れてくれた。合いの手は演奏にも入っているだろうけど、こういうのは臨場感があった方がいいよね。
マルとリーンは次第に楽しくなってきたのか、自然と手拍子をしていた。ふたりの顔には今日会ったときの悲痛な表情はすでになく、楽し気な笑顔を見せていた。
「なんだかとんでもないお出かけになっちゃったな」
「ふふっ。そうですね」
俺はフィオナとマルたちの住んでいたあたりからギルドの近くまで戻ってきていた。
「でも、あの後フィオナも歌いたいって言いだすとは思わなかったよ」
「……多分、レオン様の歌の力です。あの歌を聴いていたら、私も何かしたいって気持ちになって……」
フィオナは少し恥ずかしそうに言う。俺の後にフィオナが披露したのは、元からこの世界にある家族と生きる幸せについて歌った曲だった。
「でも、せっかくレオン様が盛り上げてくださった場を冷ましてしまったのではないかとも」
「いや、あれでうまい具合に落ち着いたと思うよ」
俺は逆に盛り上げすぎた気さえする。”歌唱者”の効果もいくらかは入ってるんだろうけどさ。
「でもさ、ふたりのお母さんに一番届いたのはフィオナの歌のほうだったと思う」
俺はそう口にした。
予想でしがないが、マリルさんは俺が前に見た時よりも顔色とかは各段によくなっていたけれど、顔には疲れが滲んでいるように見えた。この世界のシングルマザーの生活は、前世のそれよりも厳しい。特に今は忙しい時期だ。ギルドにやってきたときも仕事場から直接来たような格好をしていたしな。
「さしずめ、俺はマルとリーンを元気づけて、フィオナはマリルさんを元気づけたってところなのかもね」
「そう……なのでしょうか?」
「きっとね……」
「だったら、良かったです」
フィオナは控えめに微笑んだ。俺も微笑み返す。
「でも、今日のレオン様の歌は初めて聞きました。歌の途中で拍手を入れるのも……」
「ああやってお客さんと一緒に楽しんだり、歌を盛り上げるのも悪くはないんじゃないかな?」
「確かに、斬新でしたが、楽しかったです。……また聴かせてくださいますか?」
「もちろんだ。じゃあ次はうちの屋敷に来る? またコンサートをしよう。約束したしな」
「! はい!」
パアッと顔がほころんだ。なんだか俺まで嬉しくなってくる。
ふと、道の端に映ったものがあった。日が傾いて茜色になりゆく中、道端にあったのは小さな露店だった。小さめのピクニックシートほどの敷布に商品を並べただけの簡素な露店。だけど、なんだか気になってしまい、近くに行ってみる。
敷物の上には、工芸品と言えるものが置かれていた。木彫りの彫刻、イヤリング、ブレスレッド。どれも簡素だがしっかりと作りこまれているのがわかった。
その中である一点に目が向いた。そこにあったのはふたつの指輪。ひとつには紅い石が、もうひとつには空色の石が装飾としてはめ込まれていた。思わず手に取る。
「レオン様。それは……?」
「……俺たちの目の色と同じだと思ってさ。……今日の記念にどうかと思って」
そういうと、フィオナはきょとんとした顔をした後、ぱあっと顔を輝かせた。
「いいですね! でも、お店の人が見当たりませんね」
「そう言えば……どこにいるんだろうな」
あたりを見回してみるがそれらしき姿は「お気に召しましたかな?」……!?
見てみるとそこにはひとりのおじいさんの姿が……。さっきまでいなかったような?
ひげを蓄えたその人は敷布に腰を下ろす。
「警戒しなさんな。わしはこの露店のしがない爺ですぞ」
「すまない。急に現れたように見えたのでな……。店主殿ならば、この指輪をもらいたいのだが」
俺はこれ幸いと先ほどの指輪を差し出す。
「ほう……。これをですかの?」
店主のおじいさんは指輪を見て目を細めた。
「もしかして売り物ではなかったか?」
「いや、そういうわけではありませんぞ。そもそも、今日で店じまいの予定でしたのでな。よろしければ差し上げますぞ」
「それは……」
「いえ、お金を支払わせてくださいませんか?」
そう声をあげたのはフィオナだった。
「ここに置いてある品はどれにも作った方の思いが込められているとお見受けしました。そんな品をタダでもらうわけにはいきません。それこそ、それらを作った方々に失礼です」
フィオナは凛とした表情でそう言った。……やっぱりこういうところだよな。フィオナは可愛いだけじゃなくて、意志の強さも持ってる。だから魅力的なんだ。
おじいさんはそれを聞くと、どこか嬉しそうな顔をして、「では、そうさせてもらおうかの」と言い、指輪の代金を提示してきた。それを払う。受け取った指輪には、いつの間にか銀色のチェーンが付いていた。
「確か学園は指輪の類は禁止じゃったろう? それなら大丈夫じゃろう」
おじいさんはそう言って笑顔を見せた。
お礼を言って露店から離れ、帰途に着く。シルバーのチェーンが付いた指輪を見てみる。俺が持っているのはフィオナと同じ目の色をした石のはめ込まれた指輪。それが夕日を受けてきらりと光った。同じ様にフィオナの指輪も光っている。フィオナはキラキラと光る指輪を帰る道すがら嬉しそうに眺めていた。
「ふふっ」
「! どうしたの?」
道中、こらえきれないといった感じでフィオナの口から声が漏れた。フィオナは幸せを体現したような顔で「……お揃い、なんだなって思って」とこぼした。
プス。
今、”可愛い”と”尊い”って名前の矢がクリティカルしたのを感じたわ……。
可愛いかよ!
最後の最後にいい意味で精神的大ダメージを受けて初めてのデートは幕を閉じたのだった。
今回のお話でデート回は終わりになります。ここまでが6章の前座みたいなもので、次の話から本格的に動き出していきます。お付き合いいただければ幸いです。
次の話はその序章になります。更新は1月24日(火)を予定しています。




