6-1 令息は婚約者とデートをする①
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さて、長らくお待たせしていた本編が今日から再開となります。引っ越したり忙しかったり風邪を引いたりといろいろあってすっかりと遅くなってしまい、申し訳ありません。
ですがマイページを開いた時、まだ自分の作品の続きを待ってくれている人がいるのだとわかって嬉しく、励みにもなりました。本当にありがとうございます。
3学期になって残っているイベントなんてもうわかり切っていますが、それにどう立ち向かうのか。駄文ではありますが、楽しんでいただければ嬉しいです。
年末、年越しは何事もなく過ぎ、新年を迎えた。新年になってすぐに伯爵邸で小規模なパーティがあったり、年はじめだからと父、兄と鍛錬をしたりした。ちなみに兄は立派なハルバードを携えていた。
……強さに磨きがかかってました。はい。
前世で言うところの正月が過ぎたころ、フィオナと約束していた日になった。支度をしてから小型の馬車に乗って待ち合わせの場所へと向かう。今日はフィオナの希望で小説に出てくるようなお出かけをしてみたいとのことだったので、基本徒歩や乗合馬車での移動になる。待ち合わせ場所近くで馬車を降りた。待ち合わせの場所は王都では結構有名な待ち合わせスポットらしい広場だ。見回してみるがまだフィオナは来ていないようだったので、その場で待つ。
15分くらい経った頃、見覚えのある黒い髪が視界に入った。キョロキョロとあたりを見回していて、ちょうどこちらに気づいたのかとてとてと歩いてきた。俺も近づいていく。
「すみません。もしかしてお待たせしてしまいましたか?」
「いや、俺も今来たところだ」
そう言うとフィオナはほっとしたような顔をした。なお、今日の恰好を見た瞬間、頭の中を”雪の妖精~”というフレーズが有名な歌が流れていった。うちの子は可愛いな~。
素直に伝えたところ、フィオナはポンと頬を朱に染める。本当にうちの子は(以下略)。
「じゃあ、行こうか」
「はい」
最初の目的地は夜会の帰りに話した植物園だ。花が咲き誇る庭園や、ガラス張りの温室で珍しい植物を見ることができるのだとか。
そこに行くためには、広場近くから出ている乗合馬車に乗るといいことがわかっている。あっちで言うところのバスか。
「乗合馬車に乗って行こう」
「はい!」
発着場所に行くと既に数人が並んでいたので、その後ろに並んで待つ。ほどなくしてやや大きめの馬車がやってきた。停車したそれに乗り込む。中は広く10人くらいは座れそうな座席があった。空いていたのはひとつだけだったので、フィオナに座ってもらう。フィオナは遠慮していたが、冗談で「座った俺の膝の上に座る?」と言ったところ、座ってくれた。よかった。承諾されてたらどうしようかと思ったけど、やっぱりダメだよね。
馬車に揺られること十数分ほど。目的地の植物園に到着した。レンガ造りの壁と門が見える。門の前にいた門番の男性に会釈してから中に入った。
植物園は温室とそれを囲むようにある庭園という形になっていた。
「まずはどこを見に行こうか?」
「……先に庭園を見て回ってもいいですか?」
「じゃあそうしようか。……では、御手を拝借」
フィオナの提案に頷いた俺は、フィオナに手を差し出す。その意味を理解したらしい彼女は、どぎまぎした様子で手を重ねてきた。それを優しく握ると、嬉しさがにじみ出ているような表情をする。それを見たら、なんだかこっちまで嬉しくなってくるのだから不思議だ。
庭園には、森のようになっているところや、季節の花を集めているところなど、いくつかの区画に分かれているみたいだった。まずは季節の花を集めている区画に行ってみた。そこには、様々な色の花が咲いていた。赤や水色、白など、色とりどりである。隣でフィオナもぱあっと顔を輝かせている。花の説明を見ながら遊歩道を歩いていく。ん? これアロン草じゃないか。花が咲くとこんななんだな。説明を読むと、花には特に効能は無いようだが、種から採れる油は美容品に使われるらしい。フィオナも説明を呼んでは新しい発見があったみたいでしきりに感心している。あれやこれやと感心しながら遊歩道を歩いていき、やがて丘陵状になっている場所までやってきた。やや高くなっているそこから見下ろすと、たくさんの花々がお互いの色を引き立たせるような配置になっていることがわかった。
「……すごいっ! 綺麗ですねレオン様」
フィオナもこの景色には感激した様子でキラキラとした笑顔を浮かべていた。普段よりもはしゃいでいる様子に思わず俺も笑みを浮かべてしまう。……また彼女の新たな面を見つけた気分だ。
「……!? すみません。思わずはしゃいでしまって……」
はしゃいだことが恥ずかしくなったのか、フィオナは我に返ったようにシュンとした。くっ‼ かわいいぞ。
「いや、いい。そのままでも気にしない」
「ほ、本当ですか」
「もちろんだ」
冷静に見えるように振る舞いながら言う。本音を言えばすごく可愛いな、と思っていたが、言わないでおこう。
「か、かわっ!?」
あれ? 声に出てた⁉
フィオナはプシューと頭から湯気が出そうな感じになっていた。そのまましばらく両手で顔を隠していたフィオナだったが、唐突に「レオン様は……優しくて、かっこいいです」と言ってきた。
「ありがとう。嬉しいよ」
笑みを浮かべて返す。だけどフィオナは俺の返しが腑に落ちないのか、若干むくれたような表情になると、「わ、私行きたいところがありますの!」と言って歩き出した。
若干怒っている空気が漂っているが、つないだ手は離さないというなんともいじらしいところに可愛さを感じたが、それは呑み込む。
フィオナが歩いていく先には、真っ白になっている区画があった。近づいてみると、そこには一面にタンポポの綿毛を大きくしたような花が咲いていた。どこまでも白く、そこだけ雪が積もっているようにも見える。
「これはシラユキワタゲソウの花です。今の時期はこうして真っ白な花を咲かせるのですわ。……その、一緒に見たかったんです」
フィオナは恥ずかしそうにそう言った。……確かに、これだけ一面に咲いているのはかなり幻想的な光景だし、素直にきれいだと思う。
「この光景は圧巻だな。夜に見たらもっときれいだろうな」
「あ。今の時期は夜も空いていて、この景色を見ることもできるみたいです。月明りに照らされたシラユキワタゲソウの花はとても美しくて、一部では”雪の妖精”とも呼ばれていて、夜になると光るホタルビソウと同じくらい人気があるんですよ」
雪の妖精……。練習して今度披露しようかな。
「そうか……。じゃあ、夜でも出歩けるようになったら、また見に来よう」
「! はい!」
ぱあっとフィオナが笑顔になる。次に来るのが何年後になるのかはわからないけど、俺もその日が楽しみになった。
森のようになっている区画では、花の咲く木が多くあって、それぞれ薬の材料になったり、食べることができたりといろいろなことを知ることができた。薬草が多く植えてある区画では、薬学の授業で出てきたものもあって面白かった。
最後にいよいよ温室に入る。中は外に比べるとずっと温かく、逆に汗をかきそうだった。上着を脱いで持ちながら見て回る。ふと同じ様に上着を持っているフィオナを見て、彼女の上着も持とうと思った俺は手を差し出した。
「フィオナ。良かったら……」
上着を持とうか、と言う前に、俺の差し出した手を見たフィオナは慌てて上着を左手に移すと、俺が差し出した手をぎゅっと握った。……あれ?
「え?」
「……え?」
フィオナはきょとんとした顔。
「ええと……。上着持とうかって言おうとしてたんだけど……」
「!?」
フィオナは自分の勘違いに気が付いたのか、瞬時に顔を赤く染める。
「ち、違います! べ、別に手が寂しくなったとかそういうわけじゃないんです!」
ぱっと手を離して、真っ赤な顔でそんなことを言うフィオナ。……説得力は皆無だけど黙っておこう。「……手、繋ぐ?」
「‼ つ、繋ぎ………ま、せん!」
フィオナは差し出した手を見て迷うようなそぶりを見せていたが、先ほどの恥ずかしさの方が勝ったのか、耳まで赤くして歩いて行ってしまった。とにかく可愛いなあもう!(上着は結局持たなかった)
しばらくの間、フィオナは気まずそうな様子でいたが、温室にある植物を見ているうちに気が紛れてきたのか、段々と元通りになっていった。手をつなごうとはしなかったけど。
植物園を出た後は、再び乗合馬車に乗って大通りに出た。このあたりでお昼を食べた後、お店を見て回ることになっている。大通りに面したカフェに入って昼食にすることにした。店内は明るめの茶色を基調にした落ち着いた感じの色合いで統一されていた。ふたり掛けの席に案内されて、向かい合わせで座る。
メニューを開く。ここの売りは魔物の肉をはさんだサンドイッチらしい。俺はその中でおすすめされているものにさらに単品で別のサンドイッチも頼み、紅茶にデザートのセットもつけた。フィオナはチキンのサンドイッチに紅茶とデザートのセット。チキンはコッコという魔物らしいが、気性はおとなしいものが多く、扱いは話を聞く限り鶏とほぼ同じようだった。
「ですが、コッコの中には戦うことを非常に好む種類のものもいるんです。それらは自らよりも強い者に従うという習性を持っています」
「じゃあ、勝つと従ってくれるのか」
「正々堂々と戦って勝てば……とのことですよ。でも、そういったコッコの産む卵はとても美味しいので、コッコの卵農家の方々は、騎士のように体を鍛えている方が多いのだとか」
「そりゃあすごいな。だけどそのおかげで俺たちは美味しい卵を食べられるわけだな」
「そうですね」
フィオナと会話をしながら待っているうちに、料理が運ばれてきた。”いただきます”と手を合わせてから食べ始める。
もぐもぐ……。味はパストラミビーフに近いかな。しっとりとした肉のうまみが口に広がった。もうひとつの方は甘辛く焼いた肉が挟んである。野菜もシャキシャキとしていて美味しいな。
向かいではフィオナがサンドイッチをひと口ずつ、綺麗な所作で食べていた。その姿は小動物っぽくてかわいらしいなと思ったが、それを言ったらまた膨れてしまいそうだったのでやめておいた。
デザートはアップルパイによく似た感じの菓子で、焼きたてなのかほんのりと温かく、中に包まれている果実とクリームの甘さやほのかな酸味が調和していい味を出していた。……うまい。
フィオナも美味しいと感じているようで、ひと口食べるたびに口元を緩ませて幸せそうな顔をしていた。この顔が見れただけでも、連れてきてよかったと思えるな。
その後は大通りをふたりでぶらりと歩いた。改めて見てみると、流石は王都の大通りといったところか。おしゃれな感じのお店が多い。アクセサリーショップ。カフェ。ジュエリーショップ。ブティック。どこも人で賑わっている。フィオナはアクセサリーショップや可愛い小物が売っている店などに立ち寄っては商品を見ていた。とはいっても、ただ商品を見るのが楽しいようで、何か買うようなそぶりは見せなかった。
「ん? これは……」
立ち寄ったお店に置かれていたものを手に取る。それは匂い袋だった。俺がそれを手に取ったのは、前にフィオナとダンスをしたときに彼女から香ってきた匂いと同じ匂いがしたからだった。
「レオン様。それは……?」
「ああ。前にフィオナからこの香りがしたな、と思ってな」
「あ……。ラベンダーの香りですね。これはポプリですか?」
これはポプリというらしい。
「ラベンダーの香り、好きなのか?」
「……はい。落ち着くんです」
ふんわりとした笑顔を浮かべるフィオナ。……よし、決めた。
「これ。プレゼントさせてくれないだろうか?」
「え⁉」
「よければ、だが」
フィオナは俺の言葉に、嬉しいけれど申し訳ないといった顔をする。それから少し考えるそぶりをした後、「私も何か選ぶので、それでなら」と言って頷いてくれた。
数分ほどして、フィオナが持ってきたのは栞だった。
「……最近お部屋で本を読むと窺ったので」
どうやら会話の中で少しだけ出てきた話題を覚えていて、それで選んでくれたらしい。全く誰だよ。フィオナをできそこないだなんて言ったやつは。これが出来損ないなら、人類の半分以上は出来損ないになるのは間違いない。
会計を済ませた後、ありがたく栞をいただく。フィオナもポプリを手に嬉しそうな表情をしていた。
最初の話は5章の最後で約束していたデートのお話です。もう少し続きます。
次回更新は1月13日(金)を予定しています。




