幕間 sideフィオナ~自覚②~
私の拙い作品にお付き合いくださっている皆様、本当にありがとうございます!
フィオナちゃん目線のお話2話目になります。
「そういえば、モナリオさんはどうですの? まだ聞いていませんわ」
ユーリがシャーロットさんに話を振りました。……そういえば、先ほどから声を聞いていなかった気がするわ。
「え⁉ わ、私ですか!?」
「そういえば聞いてませんね」
「い、いやあ。私には婚約者がいないので、話すことがなくて……」
「あら、シャーロットさんだって他人事ではなくってよ」
「へ⁉」
「近いうちに、できるかもしれないじゃない」
「そ、そんなわけありませんって」
明らかに動揺したシャーロットさんに向けて、エレンは微笑みながら言いました。
「あら? 最近、ラシン様の前だと行動がおかしく『ひゃああああ!』」
シャーロットさんは、エレンの言葉を聞くなり顔を真っ赤にしてしまいました。
「ど、どこでそれを……! い、いえ、シ、シンとは別に何も」
普段の彼女とは違う、取り乱した姿に私は思わず目を丸くしました。でも、夏に見かけたときから、おふたりはお似合いなんじゃないかと密かに思っていたので、少し嬉しいです。
「フィ、フィオナちゃんまで、そんな優しい目で見ないでえ~。ほ、本当にシンとは何も。何も……なくて……」
最初は顔を真っ赤にして否定していたシャーロットさんでしたが、途中から声が小さくなっていき、顔も沈んだものに変わっていきました。
「私とじゃ、なにも起きるわけないから……」
俯いてシャーロットさんはそうつぶやきました。どんどんとその顔は苦し気になっていきます。
学園祭以来ラシン様を意識していること。でも、長く共に過ごしたこともあってどう接したらいいかわからないこと。何より、好きなのは自分だけではないかということなどを、シャーロットさんは少しずつ話してくれました。
「シンはいつも、何も変わらないから……。意識しているのは私だけで、シンにとって私はただの幼なじみなんじゃないかって……。私は、可愛くもないし、男勝りで女の子らしくもないから」
シャーロットさんはそう言うと、ぎゅっと身体を抱きかかえるような仕草をしました。まるで、これ以上その感情を持ち続けるのを怖がっているかのようでした。
「……でも、シャーロットさんだからこそ、ラシン様は一緒にいると思います。シャーロットさんといるとき、ラシン様はいつも楽しそうなお顔をされているように感じましたわ」
シャーロットさんを励ましたくて、思わず口を開きました。レオン様からも、闘技会で彼女が負傷した時、ラシン様は酷く怒り、同時に心配していたと聞きました。ラシン様にとっても、シャーロトさんはただの幼なじみではない、そう思ったのです。
シャーロットさんは、「ありがとうフィオナちゃん。ちょっと元気出たよ」と言って微笑みましたが、その顔はまだ苦しそうで……。彼女の不安を払拭できていないことがありありとわかるものでした。
その姿を見ていると、なんだか自分まで胸の奥がちくちくと痛みました。
******
お茶会から数日経って、伯爵家でダンスの練習をする日となりました。あれから、私はエレンに言われたことについて考えました。その答えはあっけなく心の中から湧いてきて……。
私はどこか落ち着かないまま、伯爵家の屋敷にやってきました。私のことが伝わっていたのか、すぐに玄関ホールまで案内されました。ほどなくして、レオン様が奥の方から歩いてきました。数日ぶりに見るレオン様は、変わった様子はなく、はた目には怪我などもしていないように見えて、そのことにほっとしました。
「よく来てくれたね。案内するよ」
「はい。今日はよろしくお願いします」
にこやかにおっしゃるレオン様の言葉に頷いて、歩いていきます。私の斜め前を歩くレオン様を見て、胸が高鳴るのがわかりました。
通された応接室では、アニエス様が紅茶とお菓子を用意してくださっていました。紅茶とお菓子をいただきながら、レオン様たちと何気ない会話を楽しみました。
”好き”
その言葉は、一度出てくると足りなかったものが埋まるようにすとんと私の心に埋まりました。
私の中にあったそれは、レオン様への恋情。自分のことを認めてくれるだけで満足だったはずなのに、いつしか、私はその先を望んでいました。
同時に、おそらくこの願いが叶うことはない。そう思いました。レオン様が私を見る目は、私と同じではない。それは痛いほどに理解していて、初めはひどく苦しかった。
それでも、これから過ごす中で、少しでいいから意識してもらえれば……。そう思いました。
”好き”
その言葉が、思いが、レオン様と過ごしていると溢れてきます。一度自覚してしまうと、そればかりが溢れてきて、今もいつも通りに話せているかが、酷く気になってしまいます。変に思われたりしないかしら。嫌われたらどうしよう。
かつて読んだことのある恋愛小説の女の子の気持ちが今ならよくわかります。温かくて、心地よいのに、同時に胸が締め付けられるように苦しい。それでも、今まで生きてきた中で、一番充実しているように感じられたのです。
「フィオナちゃん。そろそろ着替えましょうか」
「は、はい。よろしくお願いします」
ダンスの講師をしてくださる方が来る時間に合わせて、ダンスのためのドレスに着替えます。寮の部屋にはドレスがなかったのですが、今回はアニエス様が貸してくださるそうです。
「はい。今日はこれを着てくれるかしら?」
そう言って渡されたのは、淡い朱色のドレスでした。一目見ただけで素敵なドレスだということがわかるもので、こんなものを着ていいのかと思いました。
「気にせずに着てちょうだい。なんならプレゼントするわ」
戸惑っている私に、アニエス様は笑顔で言いました。……お言葉に甘えることにします。
……すごく甘やかされているわ。なんだか胸の奥がむずむずとして、くすぐったいような感じです。
それから、伯爵家の侍女の方に手伝ってもらいながら支度をして、ダンスホールに向かいました。
ホールには既に講師の方とレオン様がいました。レオン様の姿を見た瞬間、思わずアニエス様のやや後ろに身体をずらしていました。
(私、変じゃないかしら? ドレスに負けていると言われたらどうしよう)
不安になってしまい、姿を見せるのが怖くなってしまいました。ですが、いつまでも隠れているわけにもいきません。もう行くしかないと勇気を振りしぼって、レオン様の前まで行きました。
「少なくともドレスに着られてはいない。とてもよく似合ってるよ」
レオン様はそう言った後、少しだけ目をそらしました。その時に見えた耳が赤くなっているように見えて……思わず口元が緩んで、先ほどの不安は一瞬で霧散してしまいました。
「さてと、じゃあふたりとも、ダンスの練習を始めるわよ」
「「はい。よろしくお願いします」」
「それじゃあ、次はフィオナちゃんと踊りましょう」
講師の方と何度か踊り、私はついにレオン様と踊ることになりました。私のダンスについては、学園でも練習していたからか、問題はありませんでした。レオン様は練習が必要だったみたいで、何度も何度も踊っていました。でも、踊るたびに少しずつ動きがよくなっていっているのがわかって、素直に感心しました。……このようなダンスはしたことがないと以前言っていたけど、すごいわ。
レオン様から差し出された手を取り、ダンスをするための姿勢になりました。腕が腰に回されて、かなり近い位置にレオン様のお顔がありました。
そのとたん、どきどきと胸が高鳴るのがわかりました。回された腕の力強さ。ごつごつとした掌。以前よりも精悍さが増したように見える顔。それはこの方を男性だと改めて意識させるには充分で、うるさいくらいに胸が高鳴りました。目が合ったときには、胸の音が聞こえてしまったのかと思うほどに。
ダンスの最中も、胸が鳴りやむことはなくて、密着している体に気が向いてしまいそうでした。……冷静にならないと。
別のところに意識がいっていたからでしょうか。足運びが遅れてしまい、気が付いた時には、私はレオン様に抱きしめられていました。……!?
目の前にあるのは、レオン様の首元。しっかりと抱き寄せられ、さらに密着した体は、鍛錬をなさっているからか引き締まっていました。
「ふう。……大丈夫か?」
見上げると、そこには、安堵したような顔のレオン様が。その目が、真っ直ぐに私を見降ろしていました。
「……っ!?」
ち、近すぎるわ!
どんどんと顔に熱が集まっていくのがわかりました。半ば抱き着くような格好になっていたこともそれに拍車をかけます。
慌ててレオン様から離れました。私ったらなんてことを……! 事故とはいえ、だ、抱き着くようなことをしてしまうなんて。……男性に抱き着くようなふしだらな女だと思われたらどうしよう。
そんなことが頭に浮かんで、一気に顔の熱が引いていくのがわかりました。とにかく謝らないと……!
幸い、レオン様は気にされていないようでした。ほっと内心安堵の息をつきます。でも、このままじゃ練習に集中できないわ。もっと心を落ち着けないと……。
それからは、目の前のダンスにのみ集中するように心がけました。視線が交わったりすると心がかき乱されましたが、なんとか練習を終えることができました。
それから、何度も練習を続けていくうちに、私は何とか見た目は普段通りにレオン様と過ごせるようになっていきました。貴族同士の関わりで必須の感情や表情を悟られにくくすることがこんなところで役に立つとは思いませんでしたが……。
もう少しで”箒星の夜会”です。去年は一緒に会場には行ったものの、ダンスを踊ることもなく、ほとんどエレンと一緒にいました。でも、今回は楽しい時が過ごせそうです。
……そういえば、祭りのような特別な時は、男女の距離が縮まりやすいって本に書いてあったわね。その、恋人同士になる人が多いとか……。
一瞬、ほんの一瞬だけ、レオン様のことが頭をよぎって、頬が熱くなりました。もし、もしも……そんな風になることができたら、どんなに幸せでしょうか。私も、物語の女の子たちのように、好きな人に愛されることができるなら……。
その望みが叶う可能性が低いとわかっていても、つい思い浮かんでしまう光景にますます私は赤面することになったのでした。
次回は夜会直前のお話です。更新は8月5日(金)を予定しています。
おまけ
〇婚約者(恋人)との関係性
・エレオノーラ → 壊滅的
・ユーリ → 良好
・カノン → 良好
・ナギ → 普通
・シャーロット → 片思い?




