5-25 ダメ男は箒星の夜会に出る②
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今回からは正真正銘、夜会です。
フィオナの手を取って、馬車の方へと誘う。近づくと心得たように御者の男性が馬車の扉を開いた。
俺は先に乗ると、フィオナの手を掴んで優しく引き寄せる。フィオナが座って全員が乗ったことを確認してから出発した。
馬車が動き出してから少し経った頃、フィオナが口を開いた。
「せっかく迎えに来てくださったのに、お待たせしてしまって」
「ああ。気にしてないから。謝罪はいらない」
フィオナがこれから謝りますというような言葉を述べ始めたので、あえて遮った。
「それよりも……、そのリボン、つけてくれたんだね。嬉しいよ」
「あ……」
纏められたフィオナの髪には、学園祭の時に贈ったリボンがつけられていて、それが彼女の黒い髪によく映えていた。
「あ、ありがとうございます」
途端にフィオナは、頬を染めると視線をさまよわせた。
「そのドレスも似合ってるよ」
「ありがとうございます。これは……リアさんが今日のために手直しして仕上げてくれたんです。髪もアンナが髪飾りに合うようにって一生懸命整えてくれました。例え貧相と言われようと、この装いは私の誇りなんです」
ぎゅっと胸の前で片手を握り締めて、フィオナは言った。その目には、感謝の気持ちが溢れているように見えた。
「そうか。……確かに、温かみが感じられるな。フィオナのその表情で、ふたりが大切だってことがよくわかる」
「はい! 本当の家族みたいに……大切な人たちなんです」
フィオナが顔をほころばせる。いい表情だな。
「この前はアンナさんに挨拶したけど、いつかはリアさんにも挨拶をしたいな」
「きっと喜ぶと思います」
「できたら将来、君と一緒にこちらへ来てくれれば、心強そうだ」
きっとフィオナも安心できるだろう。
そう思って何気なく放った言葉だったが、フィオナは動揺したみたいに視線をさまよわせていた。少しの間あちらこちらを見ていたフィオナだったが、やがて何かを決心したようにこちらを見た。
「あの、レオン様……あ、いえ。気にしないでください」
だけど、寸前でためらったみたいに言葉が続くことはなかった。聞き返そうかと思ったが、ちょうど御者が会場に着いたことを知らせてきた。着いたのか。
俺は御者が明けてくれた扉から先に出ると、フィオナに手を差し出す。馬車を下りて、会場へと続く通路を歩く。周りには他の参加者の姿もあり、皆一様に同じ方向へと向かっていた。
夜会の会場は巨大なホールだった。ここ以外にも大人と11歳以下の子供が集まる会場もあるというので、ここにはもうひとつこんなでかいホールがあることになる。王城ってすごいんだな。
ホール中央部はダンスのためか広いスペースがあり、壁に近いあたりには白いテーブルクロスのかかったテーブルがいくつも置いてあった。ビュッフェ形式か。奥の方には楽団の人たちが控えているのも見える。天井からは巨大なシャンデリアが吊るされていて、柔らかな光を放っている。……壁の柱にもなんか意匠が凝らされているし、かなり豪華な会場なんだなと思った。
俺がフィオナと一緒に会場に入ると、会場のあちこちから視線が集まるのがわかった。それが闘技会のものか、”歌い手の集い”のものか、両方なのかはわからないけど、改めてあのイベントたちの知名度の高さを見た気がした。
ただ、誰も視線を向けてきたり、何か話しているだけで、話しかけてくる様子はなかった。
フィオナを伴って、壁際の方に移動する。真ん中にいる理由もないしな。この辺で始まりまで待つとしようかな。
「レオンさん!」
声が聞こえてきたので見てみると、こちらにマルバスが向かってくるのが見えた。斜め後ろのあたりには、パートナーと思しき令嬢の姿があった。
「おお。いたのか」
「はい! レオンさんのために不肖マルバス。馳せ参じました」
ビシッと敬礼でもせんばかりの勢いで言うマルバス。後ろでは令嬢が飽きれたような感じで苦笑している。
「今日は夜会なんだし、お前も楽しめよ。ところで、そちらの方は?」
マルバスの後ろにいる令嬢に水を向けると、彼女はカーテシーをしてから自己紹介を始めた。
「ごきげんよう。私はアストル男爵家のミシェルと申します」
「彼女は一応僕の姉に当たる人です」
マルバスの説明によれば、ミシェル嬢は王都郊外の町にある全寮制の女子校に通っているのだそうな。
「ああ。婚約者とかではないんだな」
するとマルバスがむっとした感じで言う。
「そんなのこちらから願い下げですよ」
そう言ってマルバスはブルリと体を震わせた。……珍しい表情だな。
「あれ? そんなこといっちゃっていいのかあ?」
マルバスの言葉を聞いたミシェル嬢はにやっといたづらっ子のような笑みを浮かべていた。……あ。これは見た目で判断しちゃいけないやつだ。
「! そう言えば、そちらがレオンさんの婚約者である方ですね。僕はレオンさんの友人兼下僕のマルバスと申します。以後お見知りおきを」
ミシェル嬢の視線を感じたのか、マルバスは見事なまでに話題を転換し、フィオナに挨拶をし始めた。……とりあえず、下僕はやめろ。
「私はミストレア侯爵家のフィオナと申します。……よろしくお願いします?」
案の定フィオナは困惑した様子だった。
再度説明しているうちに時間が流れ、まもなく夜会が始まろうとしたころ、にわかに会場が騒がしくなった。聞こえてくる話し声から、カルロスが入ってきたことがわかったので、少し移動して見てみると、カルロスとマーカスが会場の中央付近にアメリアを伴って立っているのが見えた。そしてふたりの後ろの方にはエレオノーラ嬢と、見知らぬ令嬢の姿が。……マーカスの婚約者か?
この光景に周囲はざわついていた。まあそれもそうか。なんせここには学園以外の学校に通う生徒もいるんだもんな。
「王太子殿下、ご入場!」
ホールに大声が響き渡り、同時に奥の方にある扉が開いた。そこからこの前屋敷で知己となった王太子殿下とバレンシア様のふたりが入ってきた。
「私はハルモニア王国王太子、アルフレッド=ド=ハルモニアだ。今宵は箒星の夜会に参加してくれたこと、嬉しく思う。心ゆくまで楽しんでいってほしい」
「さて、夜会の初めに、まずは今年の褒賞を行わせてもらう」
そう言うと殿下は褒賞を受ける人の名前を呼び始めた。俺とフィオナの名前も呼ばれたところを見るに、他の学園でもきっと何かしらのイベントがあったんだろう。
「第183回闘技会優勝。レオン=ファ=アルバート殿。その功績を称える」
「は! ありがたき幸せ」
「うむ。これからも精進するように」
褒賞が終わってから戻る際に殿下と目が合う。一瞬、口元がくっと上がり、微笑みかけられた。なんだか「やったな!」とでも言われている気分だった。
その後、フィオナも褒賞を受けて、一曲歌ってから戻ってきた。歌ったのは、かつての歌い手の聖女様が歌っていた曲だった。
「お疲れ様」
「ありがとうございます。……緊張しました」
「俺もだ」
戻ってきたフィオナと少し小声で話して、それから褒賞の続きを見る。他の学園では、集団での競技会の成果だったり、淑女のマナー大会というものもあった。……いろんなことしてるんだな。
やがて褒賞も終わりを迎えると、楽団員たちが音楽を奏で始めた。するとそれが合図であるように殿下はバレンシア様に手を差し出してダンスの誘いをする。バレンシア様が殿下の手を取ると、ふたりはホールの真ん中に歩き出した。
すると周りもパートナーをダンスに誘い始めた。どうやらファーストダンスが始まるみたいだ。
ふと気になってちらっと目線を向けてみると、カルロスが迷うことなくファーストダンスをアメリアに申し込んでいた。普通は夜会のパートナーと踊るものだが、もう関係ないらしい。
「フィオナ嬢。私と踊ってくれませんか?」
と言っても俺には関係のない話。そう割り切ってフィオナに手を差し出した。差し出された手を見て、フィオナは頬をわずかに染めると、「はい……」と言って手を取ってくれた。
練習した通り、音楽に合わせて体を動かす。フィオナが密着するたびにふんわりと練習の時とは違う香りが漂って、心を揺さぶられたが、ステップを間違えることなくダンスを続けることができた。
ホールの明かりに照らされたフィオナは練習の時とはまた違った雰囲気を纏っていた。
一曲を踊り切った所でフィオナを見てみると、先ほどよりもさらに顔が赤くなっていて、心なしか疲れているように見えた。ちょうどいいタイミングだったので休憩するか聞いてみたところ、そうしたいと言われたので、ふたりで休憩のために飲食の出来るところに移動する。移動した先にはひとりでたたずむエレオノーラ嬢がいた。
「! エレン!」
彼女の姿を見つけたフィオナがぱっと明るい顔になってエレオノーラ嬢に近づいていく。フィオナの姿を見た彼女もまた笑みを浮かべた。
ふたりが話しているのを尻目に、俺はブースから飲み物の入ったグラスを取って持って行った。
「エレオノーラ嬢。久方ぶりだな。……フィオナ嬢。喉が渇いていないか? 果実水を持ってきたが」
「あ、ありがとうございます。いただきます」
「……ごきげんよう。見ていたけど、ダンス、中々さまになっていたわ」
「そうか。練習した甲斐があったな。……そっちはダンス」
「あんな感じで踊れると思う?」
そう言ってエレオノーラ嬢は目線を中央の方に向ける。そこにはアメリアと楽し気に踊るカルロスの姿が。……そうだな。
「それよりあなたこそ、あの子と踊ったりしないでしょうね?」
小声でそう言われる。
「学園での話、おそらく聞いてるだろ? もう関係のない話だ。例え誘われても全力で断る」
フィオナを置いて踊りに行くなんてできるか。
「それに、今のフィオナをひとりにしたら、変な奴が寄ってきそうだしな」
本人に自覚はないみたいだが、今日の恰好も妖精みたいでとてもかわいらしい。彼女を見つめる男子の姿もあった。ひとりきりになんてしたら、光に吸い寄せられる虫の如くやってくることは想像に難くない。
「わかってるじゃない。今日のフィオナも、とってもかわいいものね」
「激しく同意する」
すごくエレオノーラ嬢と心が通じ合っている気のする時間だった。
次回更新は7月1日(金)を予定しています。




