8話 友人との会話
次の日は日曜だった。水無月が所属する会社は、日曜日が全社休みだ。今日が試合だったら、マネージャーも試合会場にいかないといけないが試合はない。
竹中はひさしぶりの休日を友人と過ごすことにした。小学校からの友人二人と一緒にイタリア料理店にきていた。手ごろな値段ながら、味がいいと評判だ。
竹中は水無月の事を話した。彼女らは水無月と直接の面識はなかったが、竹中が水無月の事をよく話すので、基本的な事は知っていた。マラソン中継を見ているので顔も知っていた。
「変な男を好きになるよね。留美って」
「そうそう。学生時代もそうよね。同じクラスの田中君とかさー」
友人二人は口々に言う。二人は、竹中との付き合いが長い分、竹中の恋愛に関する様々な事を知っていた。
「また昔の事ばかり持ち出して・・・あれは私でも失敗だったと思っているわよ」
と、多少ムキになる竹中。
「付き合い始めて3日後には別れていたものね。あの時、留美の言葉は今でも覚えているわ。彼は変わりものだから別れたって。そんなの付き合う前から分かっていたことでしょうに・・・・」
竹中の友人二人は、大声で笑った。その声は、あまりに大きくて店内の客の視線が竹中らに向かっていたいた。
「あの人と一緒にしないで」
「あら、そう。私達には、同じに見えるけど」
「断じて、それはないの!水無月君は今までの男とは違うの!あんまり愛想もよくないし、私にそれほど優しいというわけでない。でも、男としての魅力にあふれているのよ。水無月君の走りには無限の可能性があるのよ。私が保証するわ」
竹中は大声を出していた。周囲の客がこちらを見たが、気にしない。迷惑をかけるかもしれないが、自分の主張は正しいのだ。
友人二人はすぐになだめにかかった。
「まあまあ、そうムキにならくなくても」
友人達は少しだけ、からかったつもりだったが、やりすぎたようだ。
「ごめんね!留美!」
友人たちが、あまりに素直に謝るので、やることにした。
「でも、このままで駄目だわ。水無月君は次の試合で以前と同じように負ける・・・」
竹中は独り言のようにつぶやく。
思わず出た言葉だったが、事実だった。水無月は実力はあるが、他の選手を圧倒するほどではない。もし圧倒的な実力があれば、序盤から先頭集団から飛び出して、最後までゴールするというやり方も通じるが、現実は甘くはない。
日本の有名マラソンは日本国内で開催されるものだが、国際大会なのだ。日本人の参加者はもちろんのこと、外国人選手も参加している。特に外国人招待選手は強い。彼らの中にはオリンピックに参加し、メダルをとる選手もいるのだ。
竹中はため息をつきながら、「どうしたらいいのかしら?」とつぶやく。
この言葉は別に友人2人に向けて発したものではなく、純粋につぶやきだった。心の声が、ふと言葉になっただけだ。
「こういう時にはやっぱりあれよ!神社にお祈りに行くのよ!」
友人の一人が言った。
「お祈り!?」
竹中は一応、仏教徒だが、ほぼ形だけだった。神や仏の存在など信じてはいない。科学万能の時代に、仏や神などいるわけがないというのが彼女の考えだった。
「そうよ!私、いい神社を知っているの。市内にある潟竹神社よ。あそこは最近、パワースポットという事で注目されえているのよ。お祈りした人の多くが願いを叶えているって、ほら。この記事に書いてあるの」
友人はカバンの中から雑誌を取り出した、女性向けの週刊誌でかなりの発行部数である。竹中は読んだことはないが、その名前は知っていた。友人の開いたページを見ると、確かに、そんなことが書いてあった。
「ほらね。書いてあるでしょ」
「ええ、まあね」
「これに書いてある事をやれば、ばっちりよ。彼氏に直接言って駄目なら、神様や仏様の力を借りるのが一番よ」
この友人は、竹中とは対照的に神様と霊魂とか幽霊とか非科学的なものを信じるタイプだった。本人が言うには霊感もあるらしい。たまに一緒にいると、「今近くに幽霊がいるわ。感じるの。私は」などという。
「それで、本当に彼が変わるの?」
当然、竹中は疑問に思う。神様や仏様に祈れば、人生変わるなら、多くの人の人生がもっと幸せになるに違いない。例えば、縁結びの神様に祈った後に、恋人ができた人もいるかもしれないが、それは偶然だろう。もしくは、本人の努力の結果だろう。決して、神様仏様の力ではない。
運命とは常に自分の力で切り開かなければならない。相手が神様であっても自分以外の存在に力を借りようとしている事が、他力本願なのだ。そういう人間にまともな結果がやってくるとは、とても思えない。
「少なくとも、私は信じているわ」
友人は、胸を張っている。
「その自信は、どこから・・・」
「信じる者は救われるって言うじゃないの?」
「でも、それって、キリスト教の言葉では?神社は、日本古来の宗教・・・神道の施設のはずでは?」
「細かいことは気にしない。それに、他に方法があるの?」
「それは・・」
竹中は、答えに詰まる。反論しようにも言葉出てこない。
「ないんでしょ!」
竹中は、数秒の間、沈黙した後、口を開いた。
「ないわ」
「だったら、方法は一つでしょ!」
友人の一言に、首を縦に振るしかなかった。