5話 人事部からの呼び出し その1
水無月は陸上部の寮に帰ってきていた。シャワーをあび、着替えをすました。自分の部屋のベットに座った。
気分転換に新聞をめくる。大手新聞社が発行している新聞。「日本一の売り上げを誇る」がキャッチフレーズの新聞で事実、日本一の売り上げを誇っている。トライアル新聞社の追随を許さない勢いだ。一面を少しだけ読み、ぺらぺらとめくっていると、ある記事が目に止まった。
この前の試合の記事だ。高倉を賞賛した記事だった。オリンピック出場を期待されていると書かれている。水無月が帰りのバスで高倉に言ったように高倉の人格を誰も褒めていなかった。水無月の記事もあったが、スポーツ欄の端っこに小さい載っていただけだ。その内容も、「またも惨敗。もう限界か!?」といった酷いものだった。
「なんで、こんなとこにもあるんだ。ったく」
陸上の事を一時期でも忘れようと思ったのに、皮肉な事に新聞にもこの前の試合のことが載っていた。しかも自分に対して否定的な内容だ。
新聞にスポーツ欄があり、そこに北海道マラソンという日本でも指折りの大会の結果が載っているのは当然と言えば当然だ。しかし、水無月には、これが何かの嫌がらせと思えてならなかった。それとも、ふがいない試合をした自分に対する天罰なのだろうか。だとしたら自分はよほど神様に嫌われているのだろう。
「くそっ」
と言いながら新聞を壁に投げつける。壁に当たった新聞は地面にぽとりと落ちた。
そのまま新聞をほったらかしにしようと思ったが、ここは自分の部屋だ。ここの寮では掃除を自分たちでしなければならない。誰も新聞を片付けてくれないのだ。仕方がないので、その新聞を自分で拾い上げて、ごみ箱に捨てた。
「まったく、おちおち新聞も読んでられないとは・・・」
新聞を読むと、気分が悪くなるとわかったので、空いた時間をつぶそうと考えた。仕事でもあれば、気分転換になるかもしれない。何かに没頭すれば、余計な事を考えずにすむ。しかし、水無月は実業団選手。普通の社員と違い仕事は形だけなのもの。競技に専念させるための措置ではある。
それは確かに必要なもの。しかし、こういう時に仕事がちゃんとあったほうがいいのではないかと思ってしまうのだ。
「ふー」
とため息をいく。
そのままごろっとベットに転がった。何もやる事がないので、思い切って何もしない事にした。
どれくらいそうしていただろうか。正確な時間はわからないが、体感時間で30分ぐらいそうしていた。
ドアを叩く音がした。
「水無月君いる?」
マネージャーの竹中だった。
「ああ、ここにいる」
ドアが開いた。竹中が部屋の中に入ってきて、水無月の前に立った。
「人事部長が呼んでるよ」
「人事部長が!?」
人事部長・・・言うまでもなく人事部の責任者。人事部とは人事に関する権限を持ち、行使する部署だ。一般の社員は、もちろんのこと水無月のような陸上部も社員なのだから、人事部の管理下におかれるわけだ。今まで人事部から呼び出しが来る事などなかったし、まして、その責任者である人事部長から呼び出しがある事は考えられない。
「何だろう?まさか・・」
水無月の頭の中に浮かんだのは、竹中との会話だった。リストラか・・・。
その思いを竹中も気付き、否定する。
「それはないでしょう」
「じゃ、いったいなんだろうか」
「さあ、そこまでは・・・。でも、この場合、行くしかないでしょう。とにかく行ってみなさい。そんなたいした用事じゃないかもしれないわよ」
「ああ」
水無月は人事部長の所に向かった。
「何にもなければいいけど・・・」
水無月の後姿を見ながら、不安を竹中は口にした。