31 強敵土龍
ちぇえええすとおおおおーーーーっっ!
俺の渾身の叫びと共に放たれる会心の一撃。
見事土龍は天に、いや土に還りましたとさ、めでたしめでたし~……なんて簡単に済んでくれたらどんなに良いか。
「ふう、失敗しなくてよかったぁ~~」
俺はいつにない激しい動悸を静めようとやや深く息を吸って吐き出した。
――ザザーン、ザザーンと潮騒の音がする。
強風がビュオオオと吹き付けて乱れた前髪に視界が激しく邪魔される中、星夜と灯台を背景にする俺の前にあるのは巨大な土龍のシルエット。
対する土龍の方は、ここからだと眺め下ろす形になる、とある街の夜景を背負って立っている。
カップルで見たら「わあ綺麗~」って愛も深まるだろう輝く夜景の真ん中に、極悪顔の大きな魔物がどーんと一体おわすとかシュール過ぎだろ。とは言えこれは俺が齎した光景だ。
真っ暗な中、暗視魔法を使わずともどのくらい下方に海面があるのかはわかっていた。
だってここは俺の良く知る場所だ。
振り返って暗い沖を見やれば、きっと千々に砕けた灯台光が波間にキラキラと光の溜まり場を作りながら移動しているのが見えるだろう。灯台は回転しているからな。
だけど生憎俺は不用意に後ろなんて向けない。
俺と土龍は、雄大な海を臨める海食崖――トウタン岬の先端で対峙しているんだから。
見えている街ってのは言うまでもなくシーハイの街だ。
そして、ここでなら思い切り戦える。
崖って言っても大きさはかなり広大で、仮に崖全体を俯瞰したとして、その時龍の巨躯を以てしてもそいつを点と称せるくらいには面積がある。万一崖崩れを起こすにしても山一つ二つを深層崩壊させるレベルの力、まさに人智を超えたような力じゃないとまず無理だろう。
つまりは死に掛け龍一匹がどんなに暴れようと安心ってわけ。これぞ大地の包容力。
因みに、ここには管理人つまり灯台守は常駐していない。
灯台は夜になると内部の魔法具で自動的に点灯する仕組みなんだ。祖母ちゃんからはずっと昔からそうだって聞いた。誰か人が来ても昼間で、関係者が定期的な清掃やメンテをしに来るくらいかな。あとはまあこっそりデートとか。
ただ、ここは街の魔物除け結界の外にあるから、異物が居ればよく見える昼間はまだしも、真っ暗な夜はやっぱり恋人たちだって怖がって近付かない。
そんなわけだったから、俺はこいつをここに連れて来た。
いつもの砂浜だとひと気がないとは言え、龍と戦うとなるとやや手狭だし、ここからよりも街の賑わいに近いからやめたんだ。
全く知らない土地に飛ぼうとは思わなかった。
実際に訪れて滞在したことのある場所よりも、行ったことのない場所の方が転移魔法の難度が馬鹿みたいに跳ね上がる。
俺一人だけならぶっちゃけ一般的にそう言われているような難しさは感じないけど、土龍も一緒だと万一魔法に失敗した時が怖い。
しかも逆行前に訪れた経験はリセットされているから、その土地との魔法的なリンクもゼロだし、ハッキリ言って今の人生じゃまだ行った経験のない土地の方が圧倒的に多い。
転移魔法の難易は個々人の実力は元より、その土地その土地に染み込んでいる魔力の認識とか、土地の魔力と術者との相性的なものが関係しているって言われているけど、まだ詳しくは解明されていない研究途中の説だ。それでも、生まれ故郷や長期滞在経験のある地へと飛ぶのは他よりは容易とされている。実際俺もそうだ。
話を戻すと、土龍はいわば山から海に来た急激な空気の変化をまだ戸惑ったようにしている。
俺は知らないうちに見知らぬ誰かを巻き添えにする危険をも考慮したんだ。戦闘じゃ予想外の場所に人がいたりするのって時々あるからな。一度目人生で師匠からサラマンダーの巣窟に飛ばされた時には、いた。ビックリしたな~あの時は……。まあそれはいいとして、敵が気を逸らしている隙に俺はぱくりと自前の万能薬を飲み込んだ。これでとりあえず肉体的な疲労は取れたし魔力も満タンだ。
「おいおいどこ見てんだよ、俺はこっちだっての!」
好奇心で街の方に行かれても困るってわけで、俺は魔法剣を構えると奴の気を引こうと声を張り上げた。明らかな挑発に敵は顕著な反応を見せるや、やっぱり禍々しい赤眼を鋭く光らせて咆哮と共に突撃してくる。
「ガアアアアアアアアッ! ケンヲヨコセケンヲヨコセエエエエエエーーーーッッ!」
鋭く上下の牙を打ち鳴らして頭から突っ込んできた所を剣に乗って大きく回避。
ホントしつこいよな。師匠から託されたもんだし、渡すつもりは毛頭ないってのに。
まあでも、その余所見をしない真っ直ぐさ……全っ然嬉しくない。
勢い余って下顎を地面にめっちゃめり込ませた相手の頭上に回り込んだ俺は剣から靴裏を離した。その剣を逆手かつ両手で握ると遠慮なく真下へと突っ込んでいく。
頭部は最も纏う瘴気の薄い場所でもあった。口から多量にそれを吐いた直後でもない限りはほとんどないと言っていい。だからオーラル兄は接触していても無事だったんだ。
龍の鱗の一枚と垂直にぶつかった切っ先がキイィィンッと見事に大きく弾かれる。
魔法なしに剣を突き立てても貫けない表皮がそこにはある。
「わかってはいたけど、やっぱ硬いな」
かつてのマイ剣でも今みたいな単なる物理攻撃じゃダメージを与えられなかった。
両手が痺れるのを我慢して弾かれたままに飛んで、丈の短い草が所々に立ち枯れている崖上の地面に着地する。勢いがあったから案の定靴底が擦れて細かな土を散らした。さすがに剣を地に突き立てて止まらないと駄目なくらいの強さはなかったけど。
俺は右手に握り直した剣に目を落とす。
執拗にこの剣を欲するから、実は心の中でちょっとだけこの剣で土龍に触れていいのかなって不安があった。けど双方に特に何の変化もなくて安堵と同時に拍子抜けした。
「何だよ、結局は単に剣なら何でも良かったってオチ?」
でも、これで心置きなくこの剣を振るえる。
ただ早期決着が望ましいとは言え、そうしようと思って出来たら苦労しない。とっくに森で倒している。
俺は日々万一を考えて常に魔法収納の中に各種の薬やその他の様々なアイテムを多目に携帯しているけど、今の俺がこいつを倒すには何度も回復してアイテムをレアな物まで含めて全て駆使してどうにかって見立てだ。あと、即先で立てた作戦通りに進める必要もある。実力を上げるまでせめてあと二年は待ってて欲しかった。
「ガアアアアアアアアアアアアッ!」
土龍は素早く体を反転させると俺目掛けてきた。
こいつは飛べないけど、全身が無駄のない筋肉で出来ているから身のこなしなんかの動きは驚くほど俊敏だ。
踏み付けを転がって逃れ牙を剣で受け流し瘴気噴射を浄化する俺は、間断なく繰り出される攻撃の中反撃の機を得られないでいる。俺自身の魔法だけじゃなく魔法攻撃アイテムやら浄化アイテムもボンボン使いまくってるから、在庫がじりじり確実に減っていってもいる。作戦実行には無理をしてでも相手の隙を作り出す必要があった。
「ケンヲヨコセエエエエエーーーーッッ!」
それにしても剣に固執しているのはマジで何故なんだ?
持って使うわけでもないだろうし、魔法剣を食べて仮にその魔力を吸収できたとしても暴れて使っちゃえばそれで終わりだろ。魔力回復にしたって如何に龍とは言え死に掛けの状態じゃ気休めにしかならないだろうし。
敵が瘴気を吐き出すタイミングで、腹を決めた俺はギリギリまでその場に留まり剣に魔力を注ぎ込む。
「――【千本剣】」
呪文同然の静かな呟きと同時に剣が持つ元々の青さが輝きで強まって、瞬きの後には青い魔法の闘気を纏った無数の分身剣を作り出した。まあ無数って言っても大体千本だ。
千本剣は、本体以外実体はないけど当たれば魔法的な攻撃を与えられる剣魔法の一つで基礎的なものだ。語順は前後するけど名称の由来は針千本から来ているんだとか。
俺はそれら全てに更に浄化魔法を重ね掛け。
炎や水の魔法攻撃よりも浄化魔法が奴には一番効くからだ。
あ、俺の魔法に呪文はあったりなかったりだ。店の点検の際に無言よりも声出し指差し確認する方がミスが不思議と少ないのと同じで、いざ集中したい時には意識的に魔法を構築しやすいから技名を口にすることが多いかな。
「食らえっ」
俺が腕を振り下ろすと本体を含めた魔法剣が一斉に恐ろしい速さで龍に突っ込んだ。
場合によったら分身剣が万やそれ以上なんてざらだ。それでも同じ攻撃手法なら便宜上千本剣と呼ばれる。
今は一つ一つにそこそこの強力さを求めたから千本足らずだけど、それでも相手が魔狼だったら間違いなく全身串刺しで絶命する。ついでに言えばその際の見た目もハリセンボンだろう。
迫る瘴気を寸前で浄化している間にも、瘴気を吐いた口腔内に何本もの剣が突き刺さる。
ふふん、表面は覆われた鱗で鉄壁でも、やっぱ龍だって中は柔らかくできてるもんな~。浄化魔法付与剣なら尚更に効果は抜群だろ。一度目知識万歳だ。
口内の分身剣たちは役目を終えて消え去り、鱗に浅く刺さった物もそのまま消えていく。外皮に対しては魔法威力が不十分だから予想通り深くまでは突き刺さらなかった。
一方、本体の剣はと言うと、生憎と敵の牙の一本に弾かれていた。
しかーし、その牙を砕いたから働きは上々だ。
俺は靴裏の空気の圧縮からの爆発による推進力と、尚且つ最大限に脚力を使っての跳躍。緩やかに回転し放物線を描いて主へと戻ってくる剣を、待ってましたと片手にキャッチする。
痛みにギャオスと叫ぶ土龍は俺への注意を一時的に薄れさせた。
そしてそこがこいつの最初の隙だ。
目論見通りに地上から敵の頭上まで一気に跳んでいた俺は、表出している中で唯一の弱点とも言える場所――眼を狙った。
まずは視界を奪って動きを封じるのが勝利への最初の一手。
卑怯だって誰に罵られようが構わない。
こいつを確実に葬れるのなら。
「一つ目!」
俺は躊躇なく奴の片方の眼に浄化魔法を纏わせた剣身を突き刺した。
聞くに耐えない野太い絶叫を上げ土龍は必死に頭から俺を振り落とそうと躍起になってブンブン首を振るけど、俺だってそんな動きは予測済みだ。負けるかっての。
「二つっ、目えっ!」
敵は更なる絶叫を上げ、離れない俺を潰そうとしてか今度は自らの頭を地面に打ち付けようとした。……手を使わないのは、元の骨格から変形でもしているのか短くて俺の所まで届かないからだ。
俺は突き刺していた剣を一気に引き抜くと、急ぎ敵から飛び下りる。
着地と同時に地面に剣身を突き立てて、必要以上に後方へ滑るのを防いだ。
痛みと憤怒のせいか蒸気のように全身から激しく瘴気を噴き出し撒き散らし、奴は手足や体でも大地を叩き抉り大暴れし出した。やっぱ腐っても強者たる龍種なのか、俺の姿が見えなくても近くにいるのは気配で感じているんだろう。大よその場所を当ててくるから厄介だ。もぐら然りで耳が良いのかもしれない。
とは言え当たらないからこうなればあとは普通にジリ貧だろう、普通は。
けど、こいつは違う。
本当に疲労感がないのか、疲労の色を全く見せない。
正確さは落ちても動きの俊敏さも威力も衰えない。
その様はかつての対峙同様に、俺に戦闘人形を彷彿とさせた。
だけど、一度目人生の時とは何かが違う気がした。
あの時はとにかく王都へ向かっての道筋の中、目の前の人類を人類ってだけで全て憎みただただ破壊の限りを尽くしていたように思う。
その反面、進路上から逸れた場所に逃げた人を執拗に追ったりはせず、そこには道を邪魔する相手だから排除するって傾向以外の特筆すべき拘泥は存在していなかったように思う。
残り体力が尽きるまでただひたすら王都の方へ行けと本能が命じるまま動いていたと言っていい。
でも今は出現時期の早まったおかげでか、辛うじて残るほんの僅かな理性が地中に潜伏するような狡猾さを齎し、尚且つ剣への極度の執着を生んでいるのかもしれない。
ドガンと抉られて周辺に飛ばされた大小の土塊が凶器となって俺の所まで飛んできた。
「くっ……!」
頬がひり付く。掠めた石礫でまた少し切れたなこりゃ。
大した傷じゃないし魔力消費を抑えたいから治癒魔法は極力行わない。
見えてはいないだろうに、最早妄執を赤く垂れ流す傷付いた赤眼が気配察知だけで俺の方を睨んだ。
龍の雄叫びが聞き厭きた同じ文言ケンヲヨコセを繰り返す。
「ここは多少のリスク上昇は仕方ないか」
最初よりもメチャクチャに暴れられてかえって隙を見つけにくくなったせいで接近戦は危険度倍増だ。隙を窺いつつの一進一退を繰り返し、常備していたアイテムも気付けば半分以上を消費している。
長丁場になれば不利だしシーハイの街に迷惑が掛かるのは必至。その前にどうにか畳みかけないといけない。
街には極力な魔物除け結界が張ってあって、ロクナ村のよりも数段強力だからこいつの侵入を許さないとは思うけど、試した経験がないから確実とは言えない。
現に一度目じゃ大きな都市でも結界を突破されて壊滅していた所が幾つもある。周辺に他の都市が多くて魔物出現の極めて少なかったせいで結界メンテを怠っていたのか、龍の方が強力だったのかは今となってはわからないけどさ。
よおーっし、こうなりゃ物は試しだ。
「頼むぜ、相棒」
俺は親しみを込めて剣身を指で軽く弾くと、剣の潜在魔法を引き出そうと試みる。
まだ使いこなせてはいないけど、どうにかこうにかやるしかない。そうは言っても使えれば御の字って程度だけど、チャレンジもせず死んだら目も当てられないし、そもそも過去共々の人生において無視できない敵を前に、ここで使わなかったらいつ使うんだって話だろ。
意識を集中させて相互リンクを促す。
「――いっ!」
バチッと弾かれた。
「案の定だけど切ない」
なんて言いつつ、正直大した落胆はなかった。別に期待してないってわけじゃなく現実的に考えた結果だ。淡白、あっさりし過ぎと言われればそうかもな。だけど現在使えるかもわからない能力を当てにしていたんじゃ勝利は儘ならない。
「もしこいつも浄化魔法特化なら楽なんだけどなあ」
この敵を討伐するに当たっては一にも二にも浄化魔法は必須だ。
そしてかつての相棒剣は性質上浄化魔法に長けていた。
浄化のための剣と言っても過言じゃなかった。
だから瘴気を無効化して無防備になった隙に、俺の物理と魔法の攻撃両方で大きなダメージを何度も与えられたんだ。一時的にせよ瘴気が取れればその部分への物理攻撃も有効ダメージになり得たからな。
一撃一撃が強力って俺自身の実力もあったし、戦闘もこっちが満身創痍だとか死ぬ寸前まで来たとかそう言った苦戦はしなかった。まあ手間は手間であったけど。
そう、世間が称賛した英雄エイド・ワーナーの邪龍討伐の華々しい撃闘には実は多少の尾ひれが付いていたりした。当時アイラ姫に心苦しいって相談したら、俺にしか成し得なかった凄いことには変わりないから気にするなって微笑まれたっけ。
だがしかぁーし、三度目は全く状況が違う。
「今回は絶対的に浄化の力が足りないよな。こんなことなら目一杯浄化アイテムを詰め込んどくんだった」
持ってきた浄化アイテムと俺の浄化魔法だけでどこまで通用するか。
浄化が不十分だと攻撃時に瘴気で俺自身も体力気力が削られるから良いことなんて一つもない。
それでも、もしも、この剣を使いこなせて浄化特化だったならラッキーだし、攻撃に特化した物ならそれはそれで力でゴリ押しできる。
既に目は潰した。次はどこか一か所の硬い鱗を貫いてその下の心臓もしくは脳天を目指す。
その間もちろん浄化魔法は継続する。体内の方が瘴気は濃いし瘴気は金属だって溶かす油断ならないものだから、魔法剣とは言え瘴気耐性のない剣を長時間浄化作用なしに晒してはおけないからだ。
「一応討伐方法は確立してるんだよな。後は俺の運と腕次第」
俺は自作万能薬を飲んでまたもや体力も魔力も万全にすると、気合を入れ直した。
「見てろ、次は我慢大会だ」
直後、敵の全身を灼熱の魔法炎が包み込む。
そこらのワイバーンならこれで鱗まで燃えてくれるけど、こいつはそうやわじゃない。精々足止めができるくらいだ。予想通り、集中して心力を高め魔法の威力を強めるも敵はジッとして唸りじりじりとした熱に耐えるようにするだけだ。
前にも思ったけど、こいつは土龍なんだし俺の全力の炎魔法は小火レベルじゃない。猛威を振るう火焔と言って良いから本来もっと効いてもいいはずなんだよなあ。
基本概念じゃ水は火を相克するから、火攻撃に強い水系の魔物なら大したダメージにはならないだろうけど、どうして土系のこいつがこうも炎に強いのか、そこがかつても今も解せない。
まあ、かつては浄化魔法を筆頭とした各種攻撃の連続で、根本的に俺の魔法威力も今より数段上だったからこいつの耐性とか特性を考慮する必要もなく決着がついたし、逆行転生するなんて知らなかったから調べなかった。
「好機到来だ」
炎を強める魔力の放出に歯を食い縛る俺は、回復薬をまた一つ呑み込むと同時に剣魔法の展開も始めた。
やっぱ急所を攻めるには突きに特化した剣技がベストでしょ。
「――ってわけで、剣魔法【大破城槌】!」
宙に浮かせた魔法剣がくるくるとドリルみたいに回転して、剣の大きさも一回り二回りと大きくなっていく。無論、中心で回転している剣本体はサイズそのままで巨大な剣は実体のない幻だけど、千本剣と同じく魔法威力だけはちゃんとある。そこに加えて、俺は収納指環から浄化魔法液を出すと剣に振りかけその効力を纏わせた。
ぎゅっと唇を引き結ぶ。何となく。
これより、心臓を狙う。
心臓一突き。本音を言えば自分を思い出すからその攻撃方法は好きじゃない。でも確実に仕留めるならそれが一番だった。
脳天を突いたり首を切り落としても最終的には滅ぶだろうけど、こいつは龍種だし、心臓が健在な限りあらゆる手段と執念で動きかねない。
だから最初に狙うべくは心臓だって判断した。次善の策が脳天だ。
きっとこの剣は堅固な城門をぶち開けるように鱗を貫いて肉を深く抉ってくれるだろう。
一度じゃ駄目なら、手持ちのアイテムが尽きるまで連撃して急所をぶち抜けばいい。
それでジ・エンドだ。
人が余裕で寝転べそうな大きさにまで巨大化した剣は高速回転をそのままに、
「食らえーーーーッ!」
敵へと真っ直ぐ突っ込んでいく。
心臓真上の鱗に激突してガリガリガリと硬い物同士が擦れるような音を立てる。剣は僅かずつ確実に剣身を食い込ませていく。
でも敵だって何もせずこんな攻撃に晒されてくれるわけもない。
俺の集中は炎魔法から剣魔法にシフトしていて意図せずも炎が弱まっていたのもあって、敵も足止めに甘んじる必要がなくなったってわけだ。
大きく動いて俺の剣を爪で弾き、更には元の大きさに戻った剣を踏み付けた。
「くそっ!」
剣はカタカタと龍の足爪の下で必死にもがくようにしていたけど、拘束からは逃れられない。
幸い強度が高いのか折れはしなかったものの相手は重い龍だから気が気じゃない。
「相棒! 今助けてやる!」
俺は残り魔力で地面を大きく隆起させ敵の体勢を崩し、その隙を逃さず剣を操って手元に戻らせる。
早く戻って来いと俺からも腕を伸ばし、剣をもう少しで掴める、そんな矢先。
敵も然る者だったのを失念していた。
脅威の身体能力で体勢を立て直し、突進にも似た速さでこっちに肉薄してくる。
「うっ、ぐっ……!」
剣の回収に必死で警戒を怠った俺は不意打ち同然に奴が体に纏う瘴気を吸い込んでしまった。急激に具合が悪くなる。
浄化魔法っと、そう思っても魔力がほとんど枯渇していたしアイテムを出している体力的な余裕がなかった。
まずい……ッ。
剣を掴めずにドサリと地面に倒れ込む俺を見下ろす歪な赤眼に、もう見えていないはずなのにピンポイントで凝視されているような本能的な怖気を覚える。
俺同様に地面に落ちた剣は沈黙してしまった。
「相棒……」
あとちょっとなのに……。
敵はまず俺を倒そうとでも思ったのか、剣を放置で牙の隙間から吐き出す準備だろう瘴気を蒸かすと、あぎとを大きく開けた。
多量の瘴気が俺目掛けて噴射される。
このまま呑まれるかよって思うのに体が動かない。
歯を食い縛って、気休めなのはわかり切っているけど、息を止めた。
目を瞑ったりはしない。
だって俺はまだこの戦闘を放棄したわけじゃない。
何か方法が、今の俺に出来る何か、今の俺が持つ何かがあるはずだ。
考えろ。
瘴気が迫る。
考えろ。願え。
眼前が真っ黒に染まる。
考えろ。願え。確固たる意思を持て。
今の俺には俺だけの何があるんだっけ?
俺には――
あたかも、あと少しで崖上に手が届くのにも似た、何かを掴めそうな心地に目を見開いた。
その瞳に瘴気が色濃く映り込む。
早く、答えを、何か――……ああ、俺はここで死ぬのか?
死が全身を包んで……。
「――――エイド君!」
流れた瞬刻。先に吸い込んだ瘴気に中っていて混濁しかけた意識に一筋凄烈な光が入るように、聞こえた。
可憐な声が。
今のは、アイラ姫……?
半ば呆然として、気付けば目前の瘴気が晴れている。
「ほ、あ……?」
俺の前に立って浄化魔法と共に土龍の牙を受け止めている人がいる。
その麗人が持つ剣は、俺のかつての相棒剣。
そこに居たのは何と黒髪ポニーのお姉さん。
美人だけどちょっと怖い、アイラ姫の女護衛ニールさんだった。




