第五話 魔導列車
「そう言えばあいつはどこに?」
「ん? あぁ、この中だよ」
少年にカードを見せてあげた。
「どういうこと?」
「一時的にこの中に閉じ込めてあるってこと。虫籠みたいなものだよ」
「虫籠……」
「おっと、もう日が暮れそうだ」
ふと顔を持ち上げると空の彼方が茜色に焼けていた。
そろそろ魔導列車が発車してしまう。
「朝陽」
「えぇ」
助け出した人たちに感謝されている朝陽を呼んで、それから大きな声を出す。
「ちゅうもーく」
そうすると救急隊員や周囲で様子を見ていた人達の視線が集まる。
「この街の支配者は僕がこのカードに封じ込めた。その一味も拘束済み」
救助活動の合間に、植物の繭から取り出して縛っておいた。
「家とか道路とか色々と壊しちゃったけど、彼らを連れて行くから許してほしい」
「それって……」
「そう。もうスリなんてしなくて済むよ」
そうと聞いて少年は、街の人々は喜びの声を上げた。
飛び跳ね、手を叩き、声を上げ、互いに抱き締め合う。
その光景を見ているだけで、僕たちも嬉しい気分になれた。
「兄ちゃん。ありがと、本当にありがとう」
「どう致しまして。もう契約者なんて目指さないほうがいいよ。キミはキミの夢を見つけないとね」
「うん!」
元気な返事が聞けたところでそろそろ本当に街を出ないと。
「相也。もう飛ばないと間に合わない」
「だね。それじゃあ僕たちはもう行くよ」
全身に魔力を纏わせ、僕たちは空へと舞い上がる。
拘束した一味も忘れずに浮かび上がらせた。
「また会いに来てくれよな! 兄ちゃん!」
その場にいる誰もがお礼の言葉を口にしている。
それに手を振って、僕たちは魔導列車へと急いだ。
「嬉しい?」
「とってもね。朝陽は?」
「私もよ」
そうして僕たちは魔導列車に駆け込み乗車し、どうにか出発時間に間に合った。
「ふぅ……ギリギリセーフ」
「次はもっと時間に余裕を持てるようにしないと。乗り遅れたら大変」
「だね。さて、と。車掌さんはどこかな? 引き渡しを済ませたいんだけど……」
「おやー、お呼びですかー?」
話をしているとちょうど車掌さんが現れる。
いつもニコニコとしている若い女性の車掌さんだ。
「はい。いつもの引き渡しを」
「おー、ご苦労様ですー。では、引き取りますねー」
植物の蔓で縛り上げられた一味たちが車両の床に沈み込むように消えていく。
初見の時には驚いたものだ。
「あと、この人も」
懐からカードを取り出して投げると、光り輝いてボスを解放する。
地面に落ちた衝撃で意識を取り戻したのか、すぐに起き上がって周囲を見渡した。
「――次はなんだ、ここはどこだ」
「魔導列車に乗車中だよ」
「魔導列車だと!?」
「そうですよー」
驚いた様子のボスに、和やかな声音で車掌さんは答えた。
「全国津々浦々を巡る魔導列車へようこそー。次に向かう街はいつも未定、気ままな旅をご堪能いただけますよー。でも、残念ながら貴方はお客様ではありませんので楽しむことはできませんねー」
「ハッ、精神世界じゃないなら何処だって構いやしねぇ」
そう言うとボスは再び煙の化身となってしまう。
「あぁ、それは止めといたほうが……」
「悪いが俺は降りさせてもらう! 街に戻って俺は俺の幸福を掴む!」
そのまま車両を駆け抜け、窓を突き破ろうとする。
だが、それは寸前のところで阻止された。
「むー、いけませんよー!」
車掌さんが一度くるりとターンを決める。
すると、煙の化身となったボスが停止した。
煙は揺らめくことを忘れ、ぴくりとも動かない。
そして強制的に精霊魔法が解除され、元の姿へと戻った。
「ば、馬鹿な! 動けない! なにをした!」
「だから言ったのに」
聞く耳を持たないから。
「この魔導列車は列車であると同時に牢獄なんだ」
「牢獄だと!?」
「そうですよー。罪を犯した人を収容するのも魔導列車のお役目の一つですー。そのためのセキュリティーもばっちりなんですよー」
「この車両の中じゃ誰も車掌さんには逆らえない。当然、僕も朝陽もね。言わばこの魔導列車自体が精霊の精神世界みたいなものなんだ」
「ふふー、逃がしませんよー」
停止していたボスが床に引きずり込まれるように沈む。
その様子は車両に食べられているようで、足先から消えていく。。
「待て! 檻の中だと!? 冗談じゃねぇ! おい、助けろ! 助けてくれ!」
追い詰められたボスが取った最終手段は、僕に助けを求めることだった。
精霊との約束で僕は彼に救いの手を差し伸べなければならなくなる。
「いいよ。ほら」
僕は懐からたまたま買っていたガムを取り出して投げ渡す。
床に落ちて跳ねたそれは、彼と同じように沈んでいった。
「なんだ、今のは」
「当分、葉巻も吸えないだろうから口寂しいと思って」
「ふざけるな! お前も死ぬんだぞ!」
すでに首まで沈んでいて焦っているのか、怒号が飛ぶ。
「そうかな?キミは牢屋で更正できるし、葉巻も止められて健康になる。僕は立派にキミを助けたつもりだけど。よかったね、長生きできるよ」
「ふざけ、やがって!」
不摂生を貫いて太く短く生きることが彼の幸福だと言う。
それは叶わなくなってしまったけれど、お陰で長生きできるのだから感謝してほしいくらいだ。
「安心して、食事も朝昼晩と出るし栄養満点で美味しいらしいよ。食べたことないけど」
最後にもごもごと何かを言っていたみたいだけど、それは聞き取れなかった。
まぁ、大したことは言っていないだろうし、いっか。
「一件落着っと」
「でも結局、暁の破片は見つからなかったわね」
「そう言えば……そうだったね。まぁ、しようがない。次の街に期待しよう。今回は外れってことで」
「そうでもありませんよー」
そう言って車掌さんが手の平を開く。
現れたのは暁天のような淡い光を放つ石のかけら。
僕らが探していた暁の欠片の一つだ。
「彼の押収物の中にありましたー。悪い契約者を捕まえてきてくれた報酬として受け取ってくださいー」
「やった!」
喜んで報酬を受け取り、暁の欠片の個数がまた一つ増える。
これで約束の地にまた一歩近づけた。
「人助けはするもんだね」
「えぇ、そうね」
こうして今回の旅は幕を下ろした。
今度はどんな旅になるだろう。
そんな思いを乗せて、魔導列車は夕闇の空を走った。
今回は読み切り風にしてみました。