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第四話 精神世界


「なんだ、ここは」


 何処までも果てしなく続く世界の中心で彼は困惑する。


「簡単に言っちゃえば精霊の精神世界だよ」

「なんだと? ふざけるな。そんなもん、馬鹿みてぇに魔力が……」


 途中で気がついたように言葉を切る。


「お前……多重契約者か。いったい幾つ契約を結んだ!」

「んー、厳密に言うと僕は一つも契約を交わしてはいないんだ。代わりにちょっとした裏技を使った」

「あぁ?」

「交わしたのは約束だよ」


 小指を伸ばしてみせる。


「僕は七つの約束を精霊と交わして、莫大な魔力を手に入れた。キミの数百倍はあるかな」

「……イカレてんのか、お前。約束に強制力なんてねぇ。決め事を破ったら死ぬんだぞ」

「だからこそ、桁違いの魔力を得られる。僕たちの夢を叶えるには、これくらいのリスクは背負わないといけないんだよ」


 必ず見つけ出すんだ、約束の地を。

 誰にも脅かされない安息を必ず手に入れる。


「いや、待てよ」


 そう言ったボスは煙を集めて自身の元の姿へと回帰する。

 葉巻を咥え、大きく煙を吸い込んだ。

 契約の強制力が働いたかな。


「聞いたことがあるぞ。最近、ガキが二人組織から逃げ出したってな」

「へぇ、キミもあそこの一員なんだ。じゃあ、やっぱり組織を抜けて正解だったみたいだね」

「本気で逃げられると思っているのか? お前」

「お気遣いどーも。心配しなくても逃げ切るよ、なんとしてでもね」

「そうか、おめでたい奴だ。まぁ、だが、こいつは組織の決まりだから一応、言っといてやる」

「なに?」

「組織に戻れ」

「悪事の片棒を担ぐのはもう勘弁」

「そう言うと思ったよ」


 短くなった葉巻を湖に吐き捨てる。


「ちょっと、ポイ捨て禁止」

「その減らず口も叩けないようにしてやる」


 彼が再び霞み始め、煙の集合体と化す。


「魔力がなんだ! 精神世界がどうした!」


 煙の銃身が無数に突き出て、そのすべてが僕へと向かう。


「結局、無敵の俺には敵わねぇ!」


 引き金は引かれ、一斉に銃口が火を噴く。

 無数の煙の弾丸が放たれ、弾幕となって迫りくる。

 けれど、それがこの身に届くことは決してない。


「あぁ?」


 煙の弾丸は僕を貫くはるか手前で、ただの煙になって風に流れてしまったからだ。


「キミの攻撃をただの煙に戻した」

「なにを言って――」

「ほら、キミも元に戻ってる」


 僕の言葉で彼はようやく自身の状態に気がつく。

 煙の集合体だったボスの姿は、ただの人間に戻っていた。


「どういう、ことだ」

「答えは分解と再構築。キミを分解し――」


 彼の右腕を跡形もなく分解する。

 患部から夥しい量の血が流れて水面を赤く染め、激痛によって悲鳴が上がる。


「そして再構築した」


 それも束の間、彼の右腕は元に戻る。

 湖に混じった血液すら体内に戻り、右腕を失ったという事実がなかったことになった。

 ボスは大量の冷や汗を掻き、右腕を見つめている。


「さっきもこれと同じだよ、煙を分解して再構築した。弾丸はただの煙に、キミはキミに。この世界にいる限り、キミはもう無敵じゃない」

「てめぇ……!」

「あぁ、でも安心して。分解したあとは必ず再構築されるから。まぁ、死ぬほど痛いことに変わりはないけど」


 更に両腕を分解し、彼に激痛を与えて、再構築した。

 肉体的ダメージはゼロになるが、精神に刻まれたダメージは残り続ける。

 先ほどよりも酷い悲鳴が上がり、ボスは息も絶え絶えになった。


「降参するならまだ受け付けてるよ」

「誰がッ!」


 自身を巨大な煙の化身とし、僕を呑み込もうと迫る。

 僕はそれを分解して再構築し、強制的に人間の姿へと戻した。


「クソがッ!」


 それでも彼は諦める様子がない。


「こういうの好きじゃないんだけど、しようがない」


 その両腕を分解し、再構築する。

 間を置かず今度は胴、下顎、両足と連続して分解と再構築を叩き込む。

 叩き込み続ける。


「分解の後には必ず再構築される。だから何度でも繰り返されるんだ、延々と」


 ただただ身の毛もよだつような悲鳴がこの世界に木霊する。


「どこまでも続く痛みに耐えられずに、いずれ自ら意識を閉じる」


 そして悲鳴がぴたりと止んだ。


「ぁあ……」


 再構築されたボスにはすでに意識がなく、力なく水面に膝を付く。

 そのままゆっくりと沈み、水底へと消えていった。


「おやすみ。また後で」


 口元で小指を伸ばし、降天四制を解除する。

 視界が再び光で満たされ、僕だけが現実世界へと帰還した。


「よっと」


 地に足を着けると、足下はまたしても水で満たされていた。

 透き通った綺麗な水が跳ねて散る。


「朝陽?」

「ここよ」


 声がしたほうに振り向くと、手を組んで植物を操る朝陽が見えた。

 崩れた建物から救出活動をしているようで、木々が骨組みを補強しつつも瓦礫を押し上げ、蔦を奥へと伸ばすことで救い出している。

 絡み取られた人はおっかなびっくりな様子だったけれど、怪我一つない様子だ。

 地面に下ろされると近くで待機していた救助隊員に毛布で包まれた。

 状況説明は朝陽がしてくれていたみたいだ。


「相也が調合した薬、よく効いてるわ」

「それはよかった。見たところ、ちゃんと行き渡ってるみたいだしね」


 足下に満たされた水には、僕が調合した薬が混ざっている。

 触れれば立ち所に怪我や病を治してしまう強力な薬。

 健康体が原液を摂取すると逆に問題が起こるほどだけど、これだけ水で薄まっていれば問題ないはずだ。


「兄ちゃん!」


 救出作業を手伝うために瓦礫を宙に浮かせていると、スリの少年が人混みを掻き分けるのが見えた。


「兄ちゃんが……あいつと、戦ってるって……聞いて、俺っ」


 膝に手を付いて息も絶え絶えになりながら言葉を繋ぐ。


「どうしてっ。俺、助けてって言わなかったのにっ」

「助けたくなったからだよ」


 髪をくしゃくしゃにするように頭を撫でる。


「まぁ、そう言う約束だからって理由も半分くらいはあるけどね」

「約束?」

「なんでもない。とにかく、だ」


 膝を折って、視線を合わせる。


「戦うと決めたのは本人の意思だ。キミのせいじゃない」


 そう言うと少年の目が見開いた。


「相也。手伝って」

「あぁ、いま行くよ」


 立ち上がって朝陽のもとへと向かう。


「お、俺もなんか手伝う!」


 その後に少年も続き、救助活動はスムーズに進められた。

 薬を混ぜた水で満たされていたお陰もあって奇跡的に犠牲者はゼロ。

 濡れて風邪を引いてしまうことが懸念されるくらいだった。

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