第三話 精霊魔法
「お前たちか。俺たちに向かって舐めた真似してくれたのは」
咥えた葉巻を口から離し、濃い煙を吐く。
「知ってる? 煙草って健康に悪いんだよ」
彼は気にした様子もなく、再び葉巻を咥えた。
「なぜ、こんな馬鹿なことをした。理由を言ってみろ」
「同じ契約者ならわかるんじゃない?」
「ハッ! なるほどな」
合点がいったように笑みを浮かべていた。
「契約者ってのは難儀だよなぁ。力を得る代わりに縛りを与えられる。契約の強制力には抗えねぇ。俺の場合はこいつだった」
そう言って掲げるように葉巻を持ち上げた。
「お陰で肺は真っ黒だ。そう長くは生きられねぇ」
「お気の毒に」
「そうでもないさ。てめぇのケツも拭けなくなるまで生きるつもりはねぇ。太く短くが俺の心情さ。そういう意味では最高にハッピーな契約だ」
葉巻を大きく吸って紫煙を燻らせる。
「だからこそ、俺の幸せを脅かす奴は許さねぇ。引く気がねぇのはわかってる。だから、交渉もなしだ。ここで死ね」
ボスが左手を挙げると、六名のスーツ男が出てくる。
銃火器も持たずに出てくるってことは。
「銃は効かねぇって話だったからな。契約者の精鋭を揃えてきた」
「まぁ、そうなるよね」
でも、銃持ちがいないのは都合がいい。
跳弾で余計な怪我人が出ることもないし。
「朝陽。アレをやるから」
「えぇ、わかった」
足を進めて契約者たちと相対する。
「一人で相手をするつもりか?」
「心配しなくても二人がかりなんて卑怯な手は使わないよ」
「ハッ、口だけは達者だな。殺せ」
ボスの一言で契約者たちが魔法を宿す。
燃え盛り、凍てつき、雷がほとばしる。
それに対して僕は全身に魔力を纏い、天高く舞い上がった。
契約者たちが対象を見失い、視線が上へと向かう。
彼らの注目を受けて僕は、伸ばした小指を天に差し向けた。
「其は花散る烈火の如く」
詠唱し、魔法を具現化する。
「火々散華」
天に咲く一輪の赤い花。
烈火の如く燃え盛る華が開く。
「最上級魔法!?」
赤い花弁が舞って雨のように降り注ぐ。
同時に、地上の朝陽が祈るように両手を組み、契約した精霊の力を引き出した。
それは渦を巻く水の壁となって契約者たちを囲み、逃げ場を断つ。
そしてその渦中に花弁が落ちて赤く爆ぜ、大気を何度も震わせた。
あとに残ったのは抉れた地面と、そこに横たわる六人の契約者たちだけ。
それを確認してから優雅に地上へと舞い降りた。
「二人がかりは卑怯なんじゃなかったのか?」
「あれ、もしかして真に受けてた?」
「はっはー、いい度胸だ。なら、こっちも好きにやらせてもらおう」
ボスが左手を挙げると、周囲のスーツ男たちが銃を抜く。
「お前ら、街の連中を適当に撃ってこい。そして叫ばせろ、助けてってな」
「うーわ」
指示を受けたスーツ男たちが散る。
「助けを求められたら応じずざるを得ない。契約内容は大方そんなところだろ」
「大正解。この街の支配者さんに二十ポイント」
「随分と余裕そうだな」
「まぁね」
実際問題、こうされると辛いんだけどね。
「見ての通り、僕って一人じゃないんだよ」
隣で朝陽が祈るように両手を組むと大地に恵みがもたらされ、硬いアスファルト貫いて木々や蔦が這い上がる。
それは意思をもつようにうねり、四方に散ったスーツ男たちを一人残らず捕らえていく。
絡みつき、縛り上げ、口を封じ、手元から銃をはたき落とす。
色んな方角から悲鳴が上がり、木々や蔦が絡み合って繭のように閉じ込めた。
これで手下は全滅した。
残るはボス、一人だけだ。
「降参するなら受付けるよ。今なら並ばずに済むけど」
「必要ねぇよ。降参するのはお前らのほうだ」
たった一人になってもボスは余裕を崩さず、不適な笑みを浮かべていた。
彼は葉巻を大きく吸い込むと、大量の煙を吐く。
それが周囲を漂うように留まり、霧のように彼の輪郭を霞ませる。
かと思えば煙が晴れ、姿が掻き消えた。
「これが彼の精霊魔法か」
契約した精霊固有の魔法。
彼の場合は煙か。
「あぁ、そうさ」
どこからか声がしたかと思えば、背後に気配を感じて振り返る。
そこには煙の集合体が出来ていて、こちらに猛スピードで迫って来た。
「其は瞬く儚き閃光」
伸ばした小指を差し向けて魔法を唱える。
「瞬火」
指先に火球が灯り、銃を撃つように放つ。
真っ直ぐに伸びたそれは狂いなく彼を撃ち抜いて煙の集合体に風穴を空けた。
だが、それはすぐに塞がってしまい、無意味に終わってしまう。
「俺は無敵だ! どんな攻撃も無意味! 効かねぇ!」
高速で近づいてくる彼を警戒して大きく回避の動作を取る。
朝陽と別方向に逃げ、彼の突進を回避した。
「でも、それってキミからの攻撃も無意味ってことじゃないの」
「そいつはどうかな!」
そう叫ぶと煙の中から無数の銃身がハリネズミのように突き出る。
それは煙で構築された精霊魔法の銃。吐き出されるのも煙の弾丸だ。
通常のものとは違って、それを跳ね返すのは難しい。
更に質が悪いのは、あれらが狙っているのは僕たちじゃあないことだ。
「さぁ! 引きこもってないで出てきやがれ!」
煙の弾丸が一斉に掃射され、周囲が蜂の巣状になっていく。
僕は小指を、朝陽は両手を組み、風を起こし、水を巻き上げ、弾幕の軌道を逸らす。
嵐のように過ぎ去った後に目に映った光景は、崩壊した周囲の建物と道路。次に聞こえたのは人々の悲鳴だった。
「ははは! さぁ、叫べ! 助けを求めろ! ヒーローは俺の目の前にいるぞ!」
煙の弾丸に撃ち抜かれた人がいれば、瓦礫の下敷きになった人もいる。
火の手が上がっているところもある。
そして生き残った人々が口々に助けを求めていた。
「やってくれたね、ほんと」
凄惨な現状を突き付けられながらも、僕は懐に手をやる。
取り出すのは一本の薬瓶。それを朝陽に投げ渡した。
「任せて」
それだけで僕の意図を理解してくれる。
「そういうことをするなら、僕も手段は選ばない」
口元に小指を立て、魔力を練り上げた。
「見せてあげるよ、僕のジョーカー」
大量の魔力を全身から放出し、眼前に一枚のカードを顕現させる。
白紙のそれは精霊の映し鏡。
眩く輝いて僕とボスを光で包むと、強制的にカードの中へと転送させる。
降り立つのは、精霊の精神を映し出した世界。
「心象構築、降天四制」
大空に広がる晴天、顔を見せる太陽、山へと続く道、穏やかな湖、咲いた二輪のアイリス。
そして、空中に浮かぶ二つの聖杯が水を循環させていた。