第二話 少年の後悔
注文したカレーがくるなり、少年はがつがつと勢いよく食べ始める。
直前まで断食でもしていたかのような食いつきっぷりだった。
まぁ、その様子も頷けるくらい、ここのカレーは美味しいけど。
「なぁ、兄ちゃんたち、契約者なんだろ?」
「そうだよ。さっきも言ったけど、精霊使いのほうが僕は好きだけどね」
ルーとご飯を掬って食べる。
あぁ、美味しい。
「俺も契約者になれる?」
「誰にでもなれるよ。精霊を見つけて契約を結びさえすれば」
コップを手に取り、口に水を流し込む。
「でも、契約者になると不便だよ。色々と」
「なんで? 便利そうじゃん、魔法とか使えて。コップを浮かせたりとかさ」
少年はスプーンでコップの縁をこんこんと叩く。
「端から見ればそうかもね。でも、いいかい? 契約者は精霊との決め事を絶対に守らないと行けないんだ」
「守らなかったらどうなんの?」
「死ぬ」
「マジ?」
「大マジ」
冗談でもなんでもなく、本当に死ぬ。
「ちょっとうっかりしてたら死ぬじゃん」
「そう。だから、精霊と契約を結んで自らを縛ることで強制的に破れなくするんだ」
「なら安心――」
「と、思うでしょ? でも、契約内容によっては地獄を見ることになる」
「た、例えば?」
「僕が知る限りだと瞼を開けられなくなるとか、腕を上げたまま下げられなくなるとか、眠れなくなるとか」
「爪が切れなくなるとかもあったわね」
「あった、あった。爪がさ、ぐるぐる巻きになってるんだ。カタツムリみたいに」
「うへー、マジか」
残念そうにしつつも、少年はまたスプーンを動かした。
「じゃあ、俺を助けてくれたのも契約で縛られてるから?」
「まぁ、そうだね」
厳密には違うけど、等しくはある。
「ふーん……」
カレーを食べつつも思案顔は続いている。
興味本位で聞いたって訳でもなさそうだね。
「ところで、話って言うのはそれ?」
「あぁ、うん。俺、契約者になりたいんだよ。絶対」
「どうして?」
少年はずっと離さなかったスプーンを置いた。
「契約者になって悪党を倒すため」
その言葉だけを聞けば、夢見がちな子供の戯言だと思うだろう。
でも、その目を見ればわかる。
彼の言葉が根拠のない自信や背伸びした正義から来たものではないことを。
「悪党って言うのは?」
「数年前にやってきた契約者のことだよ。この街はそいつに支配されてるんだ」
契約者の悪党か。
珍しくもないし、よく聞く話だ。
「真面目に働いても金を盗られる。従わないと脅される。抵抗しても逃げ出しても、捕まって吊される。俺だってスリなんて覚えたくなかったけど、生きるにはこうするしかないんだ」
「さっきのスーツ男も、その一味?」
「あぁ、そうだよ」
「……道理で街に活気がないわけだ」
窓の外に視線を移すと、相変わらず暗い顔をした人が通り過ぎている。
この街に住むすべての人が被害者か。
曜日の問題より複雑だったみたいだ。
「だから、俺が契約者になってあいつを倒すんだ」
「キミは……」
ふと気になって問う。
「キミは僕たちに頼まないんだね。その契約者を倒してって」
「そりゃ……兄ちゃんたちは契約に縛られてるから助けてくれるだろうけど」
「けど?」
「街の人じゃないのに、そんな危険なこと頼めないよ」
悲しそうな表情を造り、少年は残ったカレーを平らげた。
「ありがとな。もう兄ちゃんたちからはスらないぜ、じゃあ!」
カレー専門店を出ると、少年はどこかへと走り去っていった。
「どうするの?」
「そうだね。とりあえず欠片探しは後回しかな。救いの手を差し伸べないと」
「私が聞いたのはどうやって救うのかってこと」
「流石、僕のことわかってる」
「長い付き合いだもの。それくらいわかるわよ」
「そっか。じゃあ、そうだな……そうだ!」
すこし思案して、名案を思いつく。
「スーツを着たそれっぽい男を片っ端から襲撃しよう!」
「はぁ……」
「なに? そのほうが手っ取り早くて確実でしょ?」
「なんでもない。じゃあ、早速、始めましょう」
「よっし、お掃除開始っと」
僕たちは店を出たその足でスーツの男を襲撃に向かう。
適当に足を進めていると、先ほどの土産物屋を通り掛かった。
「やぁ、旅人さん。財布は取り返せたかい?」
「えぇ、お陰様で」
「そうかい、よかったねぇ……しかし、世も末さ。英雄の一人息子が今やスリとは」
「英雄?」
「あぁ、そうさ。この街のためにたった一人で立ち上がった英雄さね。まぁ、どうなったかは言わずともわかるだろうさ」
「……まぁ、ね」
その英雄は悪に敵わなかった。
「あの子は随分と悔やんでたよ。自分が焚き付けなければってね」
「そう、ですか。興味深い話をどうも」
だから少年は僕たちに助けを求めなかった。
自身の父親のようになることを怖れていたんだ。
「行こう、朝陽」
「えぇ」
止めていた足を動かして先へと進む。
しばらくすると道ばたで屯しているスーツ男たちを発見した。
「わぁ、いかにもって感じ」
「どっちがやる?」
「僕がやるよ」
軽い足取りで近づいて、魔力を込めた小指を口元に立てる。
そっと息を吹きかけて、それに乗せた魔法がスーツの男たちを眠らせた。
「おやすみ」
ばたばたと道ばたに倒れ、わざと残しておいた最後の一人が目を丸くする。
「な、なんだ!? どうしたってんだ、おい!」
大声を出しても、体を揺すっても、眠りから覚めることはない。
「無駄だよ」
「な、なにもんだ!」
即座に懐から銃を抜いて、こちらに向ける。
「お前がこれをやったのか!」
「そうだよ。僕が眠らせた」
「ま、魔法使いか? それとも契約者か! 俺たちのこと知らないのかよ!」
「んー。正直、ちょっと不安だったんだ。無関係の人だったらどうしようって。でも、その口振りからして正解だったみたいだね」
「舐めやがって……」
呼吸が浅くなり、体軸を安定させるように足を開く。
正確にこちらを撃ち抜くためだ。
「おっと、キミには何もしないよ。その変わりボスに言伝を頼みたいんだ」
「あぁ?」
「これからキミの仲間を次々に襲撃していく。仲間と自分の面子が大切なら急いで僕たちを探してって」
「ふざけたこと言ってんじゃねぇ!」
指先に力が込められ、僕はすぐに口元に小指を立てた。
引き金が引かれると同時に銃口が火を噴き、弾丸が放たれる。
それは真っ直ぐに僕へと向かうけど、吹きかけた息が簡単にそれを押し返した。
予めルートが決められていたかのように弾丸はUターンし、自らを射出した銃口へと戻る。
「がっ!?」
予期せぬ衝撃にスーツの男は得物を手放す。
弾丸に弾かれた宙を舞った銃が、がしゃりと道ばたに転がった。
それを確認してから、再び彼と視線を合わせる。
「く、くそ! 後悔するぞ!」
彼は僕たちに背を向けてあっと言う間に去って行った
「これで彼らのボスに話しは通じたはず。あとは事態を大きくするためにも、もっとスーツの男を襲撃しなきゃ」
「行きましょう。このまま人通りの多い道を進めば見つかるはずよ」
「オッケー」
眠りこけたスーツの男たちを跨いで先へと進む。
銃声に釣られて様子を見に来た野次馬たちの視線が僕たちに集まる。
「どうもー」
僕はにこやかに挨拶をして、スーツの男狩りを続けた。
そうして数組ほど襲撃を掛けたところで事態が動く。
道の奥からアクセル全開の黒塗り自動車が何台もやってくる。
これまたいかにもって感じ。
道行く人は悲鳴を上げて道を開け、自動車は僕たちの前で停車した。
出てくるのはスーツの男たちと、それからジャラジャラと装飾品を身につけた、いかにもな風貌の男だ。
あれだけ偉そうな格好をしているんだ、間違いない。
この街を支配する契約者だ。