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第一話 新しい街


 燃え盛る街の様子を今も鮮明に覚えている。

 住民の悲鳴を、魔物の咆哮を、明確に思い出せてしまう。

 そんな凄惨な事実から逃げ出すように、まだ幼かった僕たちは裸足で逃げ出した。

 僕より小さな手を握り締め、行く当てもなく走り続ける。

 その先で僕は精霊に出会った。


§


 レールの上を転がる車輪が停止し、車両が駅のホームに到着する。

 下車すると、凝り固まった体をほぐすようにうんと伸びをした。


「今回は日帰りになりそう」


 駅の時刻表を眺めると、次の発車時刻がすぐに見つかる。

 今日の夕方みたいだ。


「ゆっくりは出来なさそうね」


 すこし背伸びをした朝陽あさひが踵を地面につけた。

 そうしてから振り返って、毛先を整えたばかりの髪を肩に掠めさせる。

 正面を向いて目と目が合い、美人な顔立ちが瞳に映った。


「見つかると思う? あかつきの欠片」

「出来る限り探そう。約束の地を見つけるためにも」


 時間が限られているので急かされたような気持ちで、僕たちは街へと繰り出した。

 プラットホームを抜けて駅を出ると、現代的な街並みが出迎えてくれる。

 すぐそこに大通りがあって行き交う人は多いけど、なんというか。


「みんな暗い顔してる?」


 どことなく、活気がない。


「なにか理由があるのかしら?」

「うーん。月曜日だからとか」

「今日、月曜日じゃないけど」

「そうだっけ? 普段、気にしないから忘れちゃうんだよね。金曜日にカレーを食べるようにしようかな」

「じゃあ、今日のお昼はカレーね」

「今日が金曜日か」


 もうすこし曜日を意識して生きたほうがいいかも。


「じゃあ、食べるものも決まったことだし街を巡ろうか」

「えぇ、なにか情報がないか調べてみましょう」


 駅前で突っ立っているのにも飽きた僕たちは、気の向いた方に足を進めた。

 大通りを歩けばこの街のことが多少はわかってくる。

 大人はみんな暗い顔をしているけれど、子供はそうでもなさそうだ。

 見かけた公園にははしゃいでいる子たちが大勢いる。


「約束の地ってあんな感じかな? のどかって言うか、平和って言うか、そういうの」

「そうかも知れないわね。そうであってほしい。子供が当たり前に生きていける場所」

「だね。約束の地が見つかったら残りの人生でスローライフを満喫しよう」


 悲惨なのは過去だけで十分。現在と未来は幸福なものにしていかないと。


「あ」


 公園を通り過ぎてしばらく歩くと、とある店のまえで朝陽の足が止まる。


「かわいい」


 見つめているのは店頭に展示されている星形の綺麗な硝子細工の小物だった。


「一つ、買って行こうか」

「二つがいい。お揃い」

「わかった。じゃあ、二つね」


 店内に入いると持ち運びの邪魔にならない小さな物を朝陽は選び、二つの星が僕たちに仲間入りする。


「あ、ガムだ。買っとこ」


 そこにガムを追加して会計を済ませた。


「すみません。こういうの見たことありませんか?」


 懐から取り出したのは小瓶。

 その中には石の欠片が三つほど入っている。

 これと同じもの――暁の欠片を探し集めること。

 それが僕たちが旅をする目的のうちの一つ。

 この店を営むおばあさんに見せて訪ねた。


「おや、綺麗な石だこと。でも、ごめんね。見たことないよ」

「そうですか。ありがとうございました」


 まぁ、最初から情報が手に入るとは思ってない。

 地道に調べていくことにしよう。


「行こうか」

「えぇ」


 用事もなくなったので財布を仕舞い、店を出る。


「おっと」


 ちょうどその時、少年とぶつかりそうになって身を躱した。

 ぶつかることはなく掠めるだけで終わる。


「危ないなー」

「お客さん。ポケット確認したほうがいいよ」


 おばあさんに何故かそう促されて確認する。


「ポケット? あっ」

「どうしたの?」

「財布をスられた」

「なんですって」


 慌てて店との外に出ると、すでに少年は遠くにいて人混みに紛れかけていた。

 この人混みの中、追いつくのは骨が折れそうだ。


「泣き寝入りはしないよ」


 口元で小指を立てて、そっと息を吹く。

 それは魔力の乗った風となって吹き抜け、人混みをすり抜けて少年の衣服に染み込んだ。

 そしてそれは単純な構造の魔法陣となる。


「これでよし」

「マーキングできた?」

「うん。さぁ、非行少年をとっちめに行こう」


 少年につけた魔力のマーキングを追って大通りを進む。

 ある程度進むと路地へと入り、いくつか角を曲がった先で少年の背中を見つけた。

 胸ぐらを掴み上げられ、地面から足が浮いている。

 大人の男に囚われていた。


「面倒なのは嫌いだ。さっさと渡せ」

「ふざけんなっ! 俺が盗った財布だ!」

「ちんけなスリが意地はってんじゃねぇ。さっさと盗った財布を出しやがれ」


 どうやら僕の財布を巡って一悶着おきているみたいだ。

 このまま見ていてもいいけど、救いの手は差し伸べないとね。


「ちょっとお取り込み中のところ申し訳ないんだけど」


 少年の背中が揺れて、掴み上げている男の顔が見える。

 厳つい面構えをした体格のいい人だ。

 スーツ姿ということも相まって、周囲に威圧感を与える風貌をしていた。


「あぁ? なんだ、てめぇ」

「いまキミたちが取り合ってる財布の持ち主」

「その風貌、魔法使いか。ハッ! 腕が鈍ったんじゃねぇか? スった相手にバレてんぞ」


 馬鹿にするように男は笑う。


「で、取り返しにきたって訳か。だが、残念だったな。今から財布は俺のだ」

「俺に渡す気はないぞ!」

「チッ、うるせぇな。もういい加減、面倒だ」


 そう言うと、男は掴み上げた少年を路地の壁へと叩き付ける。

 鈍い音がして少年の呻き声がし、捨てられるように地面に落ちた。

 意識はあるみたいだけど、あの様子だと立てそうにはないかな。


「回れ右して帰るんだな。こうはなりたくないだろ?」

「たしかに、そうだね。でも、残念。僕も引くに引けなくてさ」


 こういう場面を見てしまうと否が応でも。


「そうかい。じゃあ、しようがねぇ」


 そういいつつ、男は右手に燃え盛る炎を灯した。


「焼け死ね!」


 腕が振るわれ、手の平の炎が火球となって飛来する。

 急速に迫る火の塊に対して、僕は右手に魔力を込めた。

 小指を立て、眼前にまで届いた火球をかるく叩く。

 すると、それは呆気もなく散るように掻き消えた。


「なぁ!?」


 男はそれを見て驚愕し、すぐに表情を引き締める。


「小指一つで……お前、契約者か」

「そうだよ。僕は精霊使いって呼び名のほうが好きだけど」

「くそっ、面倒な」


 警戒した様子で、今度は両手に炎が灯る。


「ねぇ、戦ってもいいけど。穏便に済ませない?」

「あぁ?」

「僕としては財布とその子を渡してくれればそれでいいんだけど」

「出来ない相談だな。お前はここで火葬されるんだからな!」


 両手の炎が合わさり、大きな火炎となる。

 それを投げ付けられ、視界は火の色で満たされた。


「しようがない」


 再び右手に魔力を込めて、口元に小指を立てる。

 指先を掠めさせるように息を吹いて、前方の火炎に魔法を放つ。

 それは鎌鼬を伴う突風となって駆け抜け、炎を引き裂いて男へと襲い掛かった。

 風の刃が通り過ぎて、静寂が満ちる。

 それを破ったのは衣擦れの音だった。


「朝陽、見ちゃダメだよ」


 そっと目元を手の平で隠すと、ぱさりぱさりと切り刻まれたスーツが散って、男は下着一枚になる。


「へー、トランクス派か。いいの履いてるね、どこのブランド?」

「て、てめぇ……」


 羞恥からか、屈辱からか、男はわなわなと震えていた。


「まだやる気なら受けて立つけど、着替えの用意はある?」

「くそッ! 覚えてろ!」


 彼は捨て台詞を言って路地の奥へと逃げていった。


「風邪ひかないようにねー」


 その背中に声を掛けつつ見送って、それから蹲る少年のもとに足を進めた。


「大丈夫かい?」

「う……うぅ……」


 ダメそう。

 呻き声を上げてじっとしてるだけで返事もできてない。


「相也」

「あぁ。もうすこし辛抱して。いま治すから」


 懐から小瓶を取り出し、その中身を少年に少量振りかける 。

 そうして蹲った小さな体が仄かに輝くと負傷が瞬く間に消えてなくなった。

 数秒もすれば痛みもなくなって、彼は不思議そうに自身に触れる。


「どう……なって」


 困惑する彼にそっと手を差し出す。


「財布、返してくれる?」

「あ、あぁ……」


 彼は素直に盗った財布を返してくれた。

 中身を確認してみたけど、減ってはいないみたいだ。

 ほっとしつつ、それを懐にしまった。


「今度はよく相手を見てからスったほうがいいよ。それじゃ」


 スリ少年に助言をしつつ、背を向けて大通りへと向かう。


「そう言えば、この辺に飲食店ってあるのかな?」

「あるにはあるはずだけど、まだ見かけてないわね」

「まぁ、このまま移動してれば見つかるよね」


 朝陽と話しつつ足を進めた。


「待ってくれ!」


 呼び止められて振り返ると、少年が追い掛けてきていた。


「契約者なんだろ!? スったことは謝るから、俺の話を聞いてくれ!」


 その言葉を受けて、僕たちは顔を見合わせた。

 すでに救いの手は差し伸べたし、彼に付き合う必要もないけど。


「いいよ」

「ホントか!」


 花が咲いたように表情が明るくなる。


「美味しいカレーが食べられる店を教えてくれたらね」

「わかった! 任せてくれ!」


 そう言って少年は僕たちを追い抜いて大通りへと向かう。

 財布はスられなかった。


「こっちだ! はやく!」


 勢いよく手招きをする彼について歩き、僕たちはカレー専門店に足を踏み入れた。

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