3-15 悪役令嬢とシスコンお兄様
別にアナスタシアの兄とか出てくるわけではありません
公爵令嬢エミリア マイトロベルには悩みがあった。
敬愛する兄、ハリス マイトロベルの様子がおかしいのである。
ハリスは家柄はもちろん、性格も外見も良く、これまでも様々な少女達、中には成人済みの女性からも声をかけられて来たが、本人は全く興味を示してこなかった。
だが今、よりによって、アナスタシア=フォン=バーンシュタインとなにやら仲が良い様子なのだ。
しかもバーンシュタイン嬢もまた、男子に興味を持っていない様子だったにもかかわらず、ハリスと共に居る時の様子は非常に楽しそうだともっぱらの噂なのだ。
「お兄様ったらどこへ行ったのかしら。まさかまたあの女のところなんて事は…」
校内を探し回り兄のハリスを見つけたエミリアだったが、隣にアナスタシアがいるのに気がついて、つい建物の影に身を潜めてしまう。
そこに忍び寄る黒い影。
「何者ですか」
後ろからエミリアを拘束したのは女だった。
「あ、貴方はアナスタシア=フォン=バーンシュタインのメイド?! なんでこんなところに居るのよ」
振り返ったエミリアが見たその女はアーニャだった。
「侍女ですから」
「何言ってるのよ、ここは使用人は立ち入り禁止よ」
「でしたら疑われるような行動はお控えください」
そう言って立ち去るアーニャだった。
「な、なんなのよ…」
「バーンシュタイン嬢には聞いておきたい事があるのですが…」
芝居じみた話し方でわざとらしいポーズを決めるハリス。
「なんでしょうかマイトロベル様」
にこやかに微笑みつつ、軽く膝を屈伸させて相槌を入れるアナスタシア。
「出来れば、私のことはハリスと呼んで欲しい。と、それは置いておいて…」
視界の隅に映ったエミリアに目だけを向ける。
「うちの妹は可愛いよね!!」
「とても可愛い!!」
うんうんと頷き合う。
「お兄様!!」
エミリアは焦っている。
兄とアナスタシアが楽しそうに談笑している姿が非常に絵になっているのだ。
美しくも精悍な少年と、妖精の如く美しく謎めいた雰囲気の少女が優雅に佇んでいるのだ。
両者を知っているエミリアですら油断すれば見惚れてしまうほどの光景であった。
「お、お兄様、こここここんこんこんな所で、ななんあんあんあ…」
淡いピンク色の髪をふわふわと戦がせた小動物のような少女があわあわしている。
くりくりとした愛嬌のある目をしているが、その眉を寄せ睨むようにしているのがまたなんとも言えない。
((可愛い))
「何をしていると言われても…、バーンシュタイン嬢と交流を深めているだけだよ」
「なぜ、よりによって…」
「失礼だよ、エミリア」
「あ…、ごめんなさい」
失言に小さくなるエミリアとそれを見て大興奮の2人。
とは言え、頭の中で大騒ぎの2人だったがその表情は静かに落ち着いていた。
「マイトロベル様、私はハリス様とは良い関係を育ませて頂いていますので、心配なさらずとも大丈夫ですよ」
「!! な、名前…」
「私から名前で呼んでもらえるようにお願いしたんだよ」
「?!」
エミリアは目をまん丸にし、口も半開きで驚いている。
「「………」」
アナスタシアとハリスは目と目で通じ合っているのが様子を伺うだけで分かった。
「し、失礼しました」
エミリアは踵を返して立ち去った。
肩を落としとぼとぼと歩いているように見えるが、見送る2人の頭には、これで勝ったと思うなよ、うわーん、と言いながら走り去るエミリアの姿が浮かんでいた。実際打つ手が思い付かず引き下がったが2人の関係を認めるつもりはないエミリアだった。
「はあ、うちの妹は本当に可愛いなぁ」
「マイトロベル様は本当に妹様が大好きですね」
「うん。本当に大好きだよ。恥ずかしい話だけど、実の妹でなければ恋人にしたいくらい…」
視線を落とし寂しそうな表情を見せるハリス。
「………。 え? 血が繋がっているんですか?」
アナスタシアが本気で驚いた顔をして尋ねた。
「ん? ああ、この髪の事かな?」
マイトロベル兄妹の外観はあまり似ていなかった。
特に、兄であるハリスは黒髪、妹のエミリアのピンク色の髪はその印象を大きく違えていた。
「この国で黒髪は珍しい方だけど、我が家は割と黒髪が多い家系でね。ピンク色の髪は王家の女子に多く見られるんだけど、妹のは祖母からの隔世遺伝じゃないかな。祖母は王家から降嫁された方だから…」
「そうなのですか…」
まあ、そう思っていてくれた方が面白いですけども!
とか言わない。
エミリアには常にアナスタシアとハリスが一緒に居るように思わせているが、そんな事はなく、エミリアのいないタイミングでは基本、マーガレットとラダと共にいる。
「ふふふ、そう言えば最近はピンク髪ヒロインをいじめる悪役令嬢感が出てきましたわね」
ラダが思い出し笑いをする。
「いけないわ、国外追放されてしまいます」
マーガレットが相槌を入れる。
「ちょっと可哀想な気もするけど、なんだか凄く楽しくて。本当に怒りを買って面倒なことにならないように加減しないといけませんわね」
彼女達が好んで読む物語の主人公は良くヒロインをいじめて追放されたりするのである。
その場合も追放された先で良い縁に恵まれたりして幸せになるのだが。
「あと何か足りない物あったかしら…」
前書き書いていて思い出したけど、アナスタシアにも兄弟が居るんだよな。
出てくる予定はありませんけども。




