3-3 魔法少女には魔法が足りない
アナスタシアが魔法を使えるように色々する回
「これが、魔法の力、ですか?」
アーニャはアナスタシアの手首の傷を確認しながら尋ねる。
「これは単に怪我の治りが早いだけじゃないかな?」
「え」
ダバダバ血が出ていた傷はもう残っていない。
「私の使う魔法は基本的に神と契約して得られた魔法を契約を行使することで実現するの。まだ、回復魔法を使う契約はしていないから傷は直せないわ」
怪我をした張本人とは思えないほど落ち着いているアナスタシア。
「でも、これ早すぎますよ。血も消えてしまいましたし」
アーニャが握ったままにしていた左手首を見せる。
「あら、そう言えばそうね。服が汚れなくてよかったわ…」
「………」
事も無げに言うアナスタシア。
どちらかと言えばアナスタシアの怪我を押さえるために飛びついたアーニャの白いエプロンが血みどろになっていたはずだが滲みひとつ付いていなかった。
「神様は気まぐれだから、たまにこちらが求めなくても治してくれたりするのよね」
傷が治った手をひらひらさせて見せる。痛みなどもないようだ。
「それはたぶんお嬢様だからだと思います」
「うん?」
アナスタシアはコテっと首を傾げる。
この世界には魔法もなければ聖女などもいない。突然奇跡が起こって傷が治るなどと言う経験をした事がある人間などそうそう居ないのだ。とすれば、それが特別のことと思わないほど経験しているらしいアナスタシアは特別な存在に違いないとアーニャが判断するのも不思議な事ではないだろう。
「さて、今はまだ『魔法を使っても良いですよ』と言う許可を貰ったにすぎない状態だから、これから魔法の契約を結んでいかないと…」
「もう、血を使うのは禁止です」
「うん?」
アナスタシアの頬を両手で挟んで押さえ込んだアーニャがアナスタシアを覗き込む。
「禁止です」
「あ、はい」
「と言っても、血を使うような契約の儀式はもうほとんどないしね」
「ほとんど?」
声が怖い。
「…大丈夫だから」
「それで、契約というのはどう言った事をするのでしょうか」
「そうね。分かりやすいところだと火かしら」
「分かりやすい、ですか?」
「アーニャは火を起こしたことあるわよね」
「ええ、まあ」
「どうやって火をつけるの?」
「火打ち石と打ち金ですね」
調理場で掌サイズの石と、ひとまわり大きな四角い金属を見せてくれる。
始めて来た調理場の規模はかなり大きいのだが、どうやら食事の支度は本邸の方であらかた終わった物を温め直ししたりする程度のようであまり調理で使われている様子は見受けられないし食材とかもほとんど見当たらない。
「これを勢いよくこすり合わせると盛大に火花が散るので、木屑などの燃えやすい物に火花を当てて種火にして、少しずつ薪を大きくして火を強くしていきます」
竈で実演してもらうと見る見る薪が燃えていく。
「手際がいいわね。私じゃこうは行かないと思うわ」
「油を含んでいて燃えやすい木を使っているので割とつけやすいと言うのもありますが…、お嬢様には鉈や火打ち石は触らせませんからね」
「…はいはい」
「むう…」
ずっとすまし顔だったアーニャがなんだか表情豊かになった気がするが、怒られそうなので言わない。
「大雑把にいうと、火花を受けた燃えやすいものは燃え、火で炙られれば木の棒も燃える、と言うルールがあるわけよね」
「は、はい…」
「そこに、こう言う事をしたらやっぱり火が起こります、と言うルールを追加するのが魔法」
そう言って竈の灰をならしたところに図形を描き、聞き覚えのない言葉を唱えると、図形の上に炎が生まれ、しばらくすると消えてしまうのだった。
「………」
神妙な面持ちで竃を見つめるアーニャ。
「今のは契約と行使が同時にできるタイプの簡単な魔法ね」
「今の、呪文? は、なんですか?」
「なんだろう、図形も言葉も、以前使っていた物をそのまま使ってしまったのだけど、異世界の言葉、かな? もしかすると神様の言葉かもしれない」
「神様の言葉…」
せっかく火を起こしたのでお茶を入れてもらった。
「さっき見せたような、普通に起こる現象を違う方法で起こらせる魔法とは別に、例えば炎で敵を攻撃する魔法とか、物を作ったりと言った魔法は予め契約書を作成して許可が降りないと使えないの」
「許可が降りない魔法とかあるのですか」
「いきなり人が死ぬ魔法とかは通りづらいね」
「そもそも申請したらダメです」
「はい…」
「とりあえず、怪我や病気を治すとか、身を守るとか、生活に便利な魔法とかからはじめましょう」
「そ、そうね」
すっかりアーニャに警戒されてしまった事に今更気がついたアナスタシア。
それからしばらくは魔法の契約書作成をする事になった。
とは言え別に慌てる必要もないので、毎日開いた時間に少しずつ羊皮紙に図形や文字を書き込んでいく。
基本的にはアナスタシアが他の世界で使っていた魔法なので特に問題もなく開発は進む。
「それで、そんなに色々魔法を作って何をなさるつもりなのですか?」
「ほえ?」
コテンと首を傾げるアナスタシア。
「危ないことはしないでくださいね」
「うーん、それは無理なんじゃないかしら」
「ダメです」
「そうは言っても、こればっかりはたぶん私にはどうしようもないから」
そう言って笑うアナスタシアだった。
もっとこう、なんちゃって開発記みたいな感じにしたかったけど、難しいですね




