2-27 王都(仮
砦に戻って戦勝の準備をしますよ回
「なかなか有意義な時間でしたわ」
竜の谷の中央部は確かに周りと比べて普通ではないし、まばらに生えた木々や、珍しい植物など、変わった景色であり観光という意味では悪くはない場所だったかもしれない。
とは言えこれはという物も無ければ、むろんドラゴンが居るわけでもなかったがアナスタシアが満足げなのを見て同行者たちも納得したのだった。
「とりあえず、今日はここで一泊するとして、その後はどうしますか?」
アナスタシアが他の3人に尋ねる。
「砦に戻るのではないのですか?」
シリアナが問い返す。
「これまでに聞いた話をまとめると、早ければ私たちが砦にたどり着いた翌日には戦闘が開始されるでしょう。今度の戦いはこれまでとは比べ物にならない、本格的な戦争になりますよ?」
アナスタシアが冷静な分析を披露する。
「…わ、私は、砦に帰りたいです」
「まあ、そうよね」
「分かる」
「うん」
シリアナが絞り出すように答えると、みんなで帰ることに決まった。
「な、な、なに、なんで?」
「いや、違う答えが出てきたら返って驚いたと思う」
「ですよね」
「ええ」
「ちょ、え?」
翌日から余裕を持って2日で街に戻り、街で一泊した後、そこからは一気に砦を目指し速いペースで駆け抜けた。
二人乗りとは言え、そもそも武装した騎士を乗せて走る馬である。命とアナスタシア、リョナとシリアナの組み合わせで2人乗ったところで一人分にも感じなかったであろう軽快な走りで森の中を駆け抜けた。
後少しで砦と言うところで見覚えのある毛玉が転がっていた。
血塗れのワーウルフだった。
「わんわん」
「わんわんじゃねえって。いや、まあ良いか…」
返事が弱々しい。
全身から黒い血を吹き出している。相当な量だ。
アナスタシアがポーションを取り出して飲ませようとするが拒否される。
「これは悪魔の魔法による呪いの傷だ、回復ポーションなんかじゃ治らねえ。いや、治らなかった。すまんな、せっかく警告してもらったのに、このざまだ」
「なるほど、それじゃこっちだね」
そう言ってアナスタシアは鞄の中から細長い小瓶を取り出した。
「てれれれってれー。最上級ポーション〜」
「?」
一緒にいた全員の頭の上にはてなマークが並んだ。
アナスタシアが手に持った小瓶の蓋を親指で折るようにして外すと、小瓶ごと光の粉のようになって弾ける。
もはやポーションではない、と言うツッコミを入れる者は居なかった。
「な、なんだ? 傷が…」
光の粉を浴びたワーウルフは血が止まったどころか毛まで綺麗に生えそろい、革のズボンも元通りになっていた。
「こんな事もあろうかと用意しておいた神の奇跡を封じ込めた薬、エリクサーとかネクターとかに匹敵する、究極のポーションだよ。悪魔如きの呪いなんか目じゃない」
ワーウルフは驚いてキョロキョロしているが、命やメイドは呆れた顔をしていた。
「お帰りなさい、アナスタシア様」
王女が砦に戻ってきたアナスタシアに気づいて駆け寄ろうとして急停止する。
「そ、そちらの、獣人? は?」
「情報提供者です。指揮官を集めてもらえますか?」
ワーウルフは呪いや魔法によって獣、狼の力を手に入れた存在で、獣人の狼族とは別物なのだが誰も説明する気はなかった。
「なるほど、敵を率いてくるのは悪魔、と」
会議室の中央に置かれた地図などが広げられたテーブルに手をついて項垂れるようにして騎士が呟く。
どうやら隣国および王国の貴族に悪魔が紛れていて、今回の戦争を引き起こしたのだと言う。
「では、魔物たちはたまたまでも、ただ連れてこられたわけでもなく、彼らに従っていると…」
「辻褄は合いますな…」
会議室に重苦しい空気が立ち込める。
王都周辺にこれまで見た事もないような凶暴な魔物が目撃されていた。
悪魔が操っていると言う事であれば、間違いなくそれらもこの砦を目指してくるだろう事は明白だった。
「どうすれば…」
部屋の奥に椅子を置き、形だけ会議に参加していた王女が思わず呟いてしまった。おそらく王家最後の生き残り、王位継承者である自分がこんなところで半端な発言をしてはならなかったことに気がつきハッとする。
「殿下…。大丈夫です。この砦は我々が命に代えて死守します。我々レジスタンスに残された、文字通り最後の砦ですから…」
騎士の1人が王女に進言する。
「それは違いますよ、騎士様」
王女の横に立っていたアナスタシアがその言葉を否定した。
普段は隠している貴族オーラ全開の真面目モードアナスタシアに全員が息を飲む。
「ここには君主たる陛下がいて、騎士であるあなた方がいて、それを信じ支えようとする人々がいます。あくまで仮ではありますが、ここは王の城であり都…」
いったん言葉を切り、騎士たちを見回してから続ける。
「あなた方は主人とその財産たる国民を守る名誉ある騎士団です。主人たる陛下の許可なく死ぬことは許されません。その誇りを胸に最後まで戦い抜くのです」
「………」
それまで背を丸め、テーブルに手をついたりしていた騎士たちが姿勢を正すのだった。
アナスタシアにもっと格好良くて説得力のあるセリフを言わせたいのですが、頭が足りず…




