第18話 護国の女神
みんなと別れた後、アナスタシアはあてのない旅をしていました。
そんなある日の出来事。
王国に発生した魔王のダンジョンから魔王が排除された事によって、隣国の侵攻が開始された。
魔王が居なくなった事、そして、王国が魔王とその軍勢との戦いによって弱ったこの時をチャンスと考えたのだろう。
国境線上に4万の軍勢が陣取っていた。
迎え撃つ王国側は5千強、ただし最初の攻撃で大半が負傷、砦の中は大混乱していた。
もはや誰が見ても降伏以外あり得ない状況にあって、戦闘自体は停止していた。
重傷者が集められた広間に、場違いな黄色いドレスにハイヒールの女が招き入れられた。
派手なドレスとは対照的に、その顔や髪の色の印象が非常に薄かった。
ハッキリ見たはずなのに、何故か記憶がぼやけ、しかしその事自体には違和感を感じさせなかった。
認識疎外魔法とか言うのを使ってみたけど、大丈夫かしら。ま、バレたらバレたで、その時はその時かぁ
「お前が回復師か?」
待ち受けていた騎士が訊ねる。
「はい。そうです」
周りの様子を伺いつつ、目の前の床に寝かされた男を見る。
どうやら指揮官か何からしいその男は、どうして生きていられるのか不思議なほどの重傷を負っていた。
「治せるか?」
座り込んで容態を見ていた男が訊ねる。
「…金貨5枚でどうでしょう」
ドレスの女が路銀が心許ないと言って金を要求した。
「なっ、いや、命が助かるならその程度、か」
最初に声をかけてきた方の騎士がコインを渡す。
「毎度あり〜」
そう言うと、ドレスの女はどこからか鈍器を取り出した。
小ぶりなメイスにしか見えないそれは魔法の杖だと言う。
先端の3枚の板が交差した刃物部分には血の跡の様な汚れまで付いていた。
「じゃあ早速」
そう言って鈍器を軽く振ると、足元から光が広がり魔法陣が形成された。
翳された鈍器の周りにも複雑に絡み合った魔法陣が現れる。
暖かな光が砦全体を包み込んだ。
重傷だった男は起き上がり、普通に立ち上がり驚いている。
それだけではない、部屋中から怪我が治ったと、驚く者、神に祈る者の声が響いた。
中には手足を失っていたにも関わらず、それらが再生し、不完全ではあるが動けるまでに回復した者までいた。
アナスタシアはなんとなく何でもかんでも完全に元通りと言うのは違うのではないかと考えての事だったが、そんな細かいことを気にする者は居なかった。それほど常軌を逸した治癒魔法だった。
広間の外からも怪我が治ったと、全ての人間が、戦える状態まで回復したと報告が入った。
あまりのことに誰も黄色いドレスの女、アナスタシアに声をかけられずに固まっていると
「んー、せっかく治したのに、また戦いじゃ、面白くないですね」
そう言って、前方があまり張り出さない様に斜めになったお椀状のスカートの後ろをプリプリ振りながら広間から出て行った。
黄色いドレスの女が砦の塀に登って行くが、誰も制止することが出来なかった。いや、しようとすら思わなかった。
その視界の先、実際に線が引かれたりしていたわけではないが、国境線をおそらく跨いでいるだろうと思われるところに、人人人、4万人の軍勢が待機しているのが見えた。
「うーん、国境線が何もない平野にあるのが良くないわよね」
そんな事を呟きつつ、スカートの中が見えてしまわないか心配していた。
お尻側が上がっているとはいえ、フリルがびっしりなので、心配しなくても覗くことは出来ないのだが。
スカートの中にも認識疎外をかけたほうが良かったかしら…
アナスタシアの考えが分かる者はいないと思うが、塀の上の弓兵や魔法兵がざわつき出した。
「他国を侵略しようなんて考えているくらいだから、死んで後悔する人は居ないですよね」
アナスタシアはわりと本気でそう考えていたが、実際にはこれだけの戦力差で負けるなどとは考えていなかったし、怪我を負ったり死ぬのは自分だと考えているものなど1人もいなかっただろう。
眩い魔法陣を纏わせた鈍器で国境の辺りをなぞる様に手を動かしたその時、地下から巨大な岩のプレートが突き立って、敵の兵や馬、物資を入れていた木箱が粉砕された破片や中身などが飛び散った。
岩のプレートは1枚や2枚ではなく、国境に沿って広範囲に何重にも生えてきた。
敵の陣地に有ったものを全て巻き上げて。
厚さ数十メートルの岩の壁が何キロにも渡って築き上げられた。
激しく大地を揺すりながら。
「いくらなんでも、完全に塞いじゃったら不便か」
そう呟いて鈍器を振ると、その先にあった岩のプレートが弾けて飛んだ。
人や馬車が無理なく往来できる程度の道が出来ていた。
派兵した4万が僅かな時間で壊滅した知らせを受けて会議がなされていた。
貴族たちが囲むテーブルを見下ろす玉座に座っている王が、呟いた。
「つまらん」
貴族たちが凍りつく。
「そこの、何か面白い話はないか?」
王に指名されたのは戦況などの話し合いに参加できずにいた貴族だった。
「我が国の北の湾は軍港として占有されていますが、少し民間にも貸し与えてもらえれば貿易に漁業にと活用できる範囲が広がるかと」
「きさま、何を言って」
「良いではないか。少しぐらい貸してやれ」
「はっ」
「お前はどうだ?」
「はっ、過酷な環境の高山に自生しています野菜を平野で栽培できないかと考えています」
「5年だ」
「は?」
「5年待ってやるから結果を出せと言っている」
「ははっ」
王の目は明らかにいつもと違っていたが突っ込めるものなど居なかった。
宿の食堂で食事をとっていたアナスタシアは戦々恐々としていた。
「他人が勝手に呼んでるだけだけど、女神とか、私にバチが当たったりしないわよね?」
金貨ってどれくらいの価値なんすかね(オ
庶民とかだと両替も出来なそうなイメージがありますよね。