5-30 遥か最果ての地にて
おまけの話です。主人公たちはほぼ出て来ません。
なんで最後にこの話を付けようと思ったのか自分でも良く分からんのですが、良かったら。
深い森の中。
護衛の騎馬を2騎従えた場違いに立派な馬車が走っていた。
「あの山の上から空に伸びているのは何かしら。煙にしては一直線だけれども」
「私には見えませんね」
「そう?割とハッキリと見えるのだけれども」
少女の名はミサ ハミルトン。元侯爵令嬢だ。家から追放された今、ただのミサと呼ぶべきか。
素っ気なく答えたのは同乗した役人の男だ。
崖の中腹を横切る様な道を走っている時、窓から遠くの山の頂に白い筋の様なものが見えたのだ。
彼女だけに。
ミサはいわゆる転生者で、前世の記憶があった。
それによって小さな頃から大人並みの知恵が働いた事もあって、色々と頑張った。
だが、頑張りすぎてしまった。
父親が権力に固執するタイプだった事もあり、気がつけばいわゆる悪役令嬢と呼ばれる様な立場になってしまっていたのだ。王太子の婚約者にされてからはさまざまな陰謀に巻き込まれ、アレよアレよと言ううちに婚約破棄からの国外追放が決まり、両親からも見放されてしまった。
そして今に至る。
「随分落ち着いていらっしゃるが…」
馬車から下ろされると、馬を降りて近づいてきた騎士が話しかけてきた。
国境の手前、ここからはミサ1人で行く事になる。護衛の騎士、と言っても見届け人として同行してきた役人の乗る馬車を護衛しているに過ぎなかった。
「そうですわね。国外追放と言えば聞こえは良いですが、国境周辺に街はなく、森の中には獣や魔物がうろついている。万が一、隣国の街にたどり着けたとしても、荷物も持たぬ女が1人…。ろくな事にはならないでしょうね」
見た目15〜16の少女の答えとは思えなかった。
儚げで美しい少女だ。彼女の想像は間違いないだろう。
「私も民の血税で今日まで生きさせて貰った身です。ここで死ねと言われるなら、それに従うのも貴族に生まれた者の義務ではないでしょうか」
ミサは元の人生プラス貴族の令嬢としての人生15年生きてきたので、割と満足していた。
出来れば痛い思いや辛い思いをせずにこの人生を終われたら良いな、くらいに思っているのだ。
「貴方は…」
事情を知らない騎士には他に類を見ない崇高な貴族の意思を感じざるを得なかった。
実際、自国にこれほど気高く気品のある人物はそうはいないだろう。
少なくとも聞かされていた様な罪を犯した極悪な人間とは思えなかった。
「おい、余計な話はしなくて良い」
騎士の言葉を見張りの役人が止めた。
「お気遣いありがとうございます」
騎士に対して優雅に礼を言うミサ。
「………せめて、これを」
騎士は腰に下げていた剣を鞘ごと取り外してミサに渡した。
騎士が馬に装備している長い剣に比べると短い刃渡り1mほどの細身の剣だ。
騎士の装備としてはどちらかと言えば装飾品に近いが、実用的な本物の剣ではある。
手ぶらで森に入るよりはましではないだろうか。
「おい、貴様、勝手な事を…」
「良いではないですか。小さな少女が1人、剣を一振り持っていた事で逆襲される様なら、それは我々の落ち度でしょう。むしろ、ここから持ち直して軍を率いて王都に攻めいるなどと言うことが出来るのであれば見てみたいものだ」
「ちっ、私は知らんからな」
役人はブツブツと言いながら馬車に戻って行った。
だが、馬車に乗る事は出来なかった。
オーガだ。
筋肉質の大男が手にした巨大な剣で役人を殴り倒していた。
切れ味の悪い分厚い剣は役人の身体にめり込んでそのまま砕いた。
「くそっ、なんて事だ」
騎乗したままだった方の騎士は暴れる馬を押さえつけ、そのまま抜刀した。ミサに剣を渡した騎士は木に手綱を括り付けたままの馬を押さえつけ、馬に取り付けてあった長い剣を抜いた。
2人がかりでオーガに襲い掛かろうとした時、馬車が吹き飛んで2人を襲った。
もう一体オーガが居たのだ。
馬を宥めようとしていた御者も馬も巻き込まれて大混乱だ。
転倒した騎士に襲いかかるオーガの大剣。
「止めなさい」
ミサが鞘を投げ捨てて剣を構え、オーガと騎士の間に割り込んだ。
誰がどう見てもオーガの攻撃を止められる様には見えない。
剣と剣がぶつかり、激しい音と火花が散った。
普通ならミサが構えた剣は粉々に砕け散り、その大剣はミサを真っ二つにしていただろう。
だが、この世界にはいくつかのルールがあった。
真の戦士が持つ剣は決して折れる事はないのだ。
ただ、剣は折れなかったが抑え切れるものではなく吹き飛ばされるミサ。
そのまま傾斜を転がっていく。
途中の木に打ち付けられ、半端に引っ掛かり、尚も転げ落ち続け、止まる頃には自分の身体がどうなっているのかも分からない状態だった。
あー、これで私の異世界チャレンジもゲームオーバーか…
そんな事を考えていたミサの脳裏に聞き覚えのない声が聞こえた。
『冒険を続けますか?』
え?ああ、そう言えばせっかく異世界に来たのに冒険はしてないな
はい。冒険したいです
すっと意識が戻る。でも身体は言う事を聞かないようだ。
人の気配がしてそちらに視線を動かすと、そこには銀髪に灰色の瞳の妖精の様な少女が立っていた。
そこは大陸の南方を大魔法でえぐられた事によって生まれた南西の半島。
そこにも歴史ある書庫を持つ小さな王国があるのだった。
物語はこれで終わりです。
この後、おまけでプロット的なやつを上げる予定ですが、読み物とかではないです。
初めから読んでくださった方、長々とお付き合いありがとうございました。