4-22 最も歳若きエルフ
わざわざ前置きするまでもない事ですが、この作品のエルフの設定はかなり異質です。すみません。
「コリャ、セーヤ、ほっつき歩きおって何をやっておるんじゃ」
「うるせーじじい、あんたにいちいち報告する義務はねーわ」
セシリイーヤことアイリス、ゲーム内でのキャラクター名セーヤがエルフの老人たちに啖呵を切る。
老人と言ってもエルフである。身長150cmほどの少年にしか見えない。セシリイーヤよりも10cmは背が低く幼く見えるが実際の年齢は800歳を超えている。
エルフもいわゆる老人の様に老け込むこともあるが、それは1000を遥かに超えても生きている様な者だけで、基本的には少年、少女の姿のまま死に至る。
実のところセシリイーヤがゲーム内で使っているセーヤと言う名は幼い頃から呼ばれている愛称だ。セシリイーヤも見た目と違い300歳近いので時々名前を変えている。現在はアイリス名義でエルフを含む特殊な事情を持つ人間たちの組織で仕事をしたり、ゲームしたりしている。もっとも、ゲームも一概に遊んでいるだけとも言えない事情があるのだが。
「なんと言う物言いじゃ、もっと老人を敬わんか」
「私が生まれた時点で上位精霊もほとんどいない世界にして、世界樹すら守れなかったエルフをどう敬えと?」
「うぐっ」
セシリイーヤはたまたま魔法の才能があった。精霊魔法ではなく、神聖術とでも言うのだろうか。いわゆる神の加護である。そのおかげでこの精霊のほとんど居ない世界で活動できるし、他のエルフより背も高く人間に近い姿なのだ。
人類の知りようもない形で世界が終焉に向かっていた。
ここは都会の中心に忽然と現れた様に存在するこの国に残る最後のエルフの森である。ここですら精霊の気配はわずかにしか残されておらず、セシリイーヤの結界によって辛うじて維持されていた。小説の追放物並みに理解されていないのでセシリイーヤに何かあれば、この森も無くなる事になるだろう。
森の入り口付近で待ち構えていた老人たちを置き去りにする様にその場を立ち去ったセシリイーヤは森の奥にある小屋に入った。精霊の力を借りて木を変形させて、などと言う力は残っていないので、建材で作った小さな小屋だ。木が密集した薄暗い森の中にいくつか小屋が建っている。結界を抜けて普通の人が迷い込んだら、ちょっとまずい場所にしか見えないに違いない。
「ごきげんよう、ネーア。気分はどう?」
ほぼベッドしかない部屋だ。
リクライニングさせたベッドに少女が寝かされていた。
上半身を軽く起こし枕で頭を起こす様にしている。
「ごきげんよう、セーヤ。気分は、良いわ。凄く、ね」
そう言って力なく笑うネーア。
ネーアはこの森で最後に生まれたエルフだ。その頃にはもう新たなエルフを支えられるだけの精霊は存在しておらず、ネーアは生まれつき身体も弱くほとんど寝たきりである。
「それは良かった」
涙が溢れそうになるのをグッと堪える。
ここで泣くわけにもいかないだろう。
一緒に涙が枯れるまで泣く、と言う選択肢があるのかどうか、試すわけにもいかない。
自分は加護を受け、むしろエルフを支えてさえいるが、ネーアは他のエルフの助けがなければ何も出来ないのだ。彼女の気持ちは分からない。おそらくこの世界で誰よりも一番。
「VRの方はどう?」
見るとネーアは電源の入っていないVRのガジェットを付けたままにしている。
自分で着脱もままならないため、起きている間は付けっぱなしなのだろう。
「うん、ちょこちょこ遊んでる」
「ゲームとかは、出来そう? こんど一緒に遊ぼうよ」
「ふふふ、そうだね。でも、派手に動いたりするのは難しいね。なにしろ140年もまともに歩いたことすらないのだから…」
そう言ってネーアは窓の外に目をそらしてしまった。
窓からは木とわずかに空が見えるだけである。
「そう。私に手伝える事があったら言ってね。現実でもVRでもなんでも」
ベッドの足側の水平のままの方に座って手を取る。
ネーアは自分の意思で手を動かすことも満足に出来ない。
細く折れそうな手だ。触られている感触はあるのだろうか。
「ええ。いつもありがとう」
フルダイブVR、基本的に身体を動かすための信号を計測、もしくは横取りする事で機能するのが普通だ。横取りの場合は偽の信号を身体側に流すため、身体は動かないが、どちらにしろ、歩けない人はVR空間でも歩けない。外科手術で機能を回復した人並みのリハビリを受ければ不可能ではないかもしれないが。
ところが、エターナルエンパイアオンラインは、ネーアが想像するだけでキャラクターが勝手に動くのだ。それはフルダイブ表現されたロビー内でも同じだった。普通の人が気づくことはないだろうが。
ロビーを出ると三人称視点に切り替わった。
周りと比べるまでもなく貧相で歪んだ身体だった。
それでも、自分の分身とも言えるキャラクターが歩き回っている。
人が歩く姿は見た事があるから歩くくらいは出来るが、それ以上は出来そうもなかった。
それでも十分だった。
だが、初めての喜びも束の間、洗礼を受けることとなった。
初心者狩りだ。しかも、不慣れな人間を痛ぶって喜ぶ本当のクズだ。
そして現れた銀色に輝く髪を靡かせた美しい少女との出会いでもあった。
なんか割と体が不自由な人が出てきているような気がしますが、別に悪気はありません。不快に思う方がいたらごめんなさい。主に体が不自由な方。