4-20 チート
この小説はライト百合です(?
「………」
「なに?」
無言で迫ってくるマテラにリッカが不安になる。
不意にマテラがリッカを抱き上げる。
いわゆるお姫様抱っこだ。
「おわっ、なんで? 抱き上げられると主観視点??」
主観視点、本来のフルダイブVRの状態だ。実際に自分がそこにいるかの様な視点に、全身の感覚などもリアルに再現される。この切り替えはおそらく佐々木原 千代美の趣味で設定されている。
「ちょ、これヤバい、めっちゃ恥ずい」
「………」
試練の塔であった事をアナスタシアとイノがヨルムに報告に行ってしまった。
マテラも行ってもよかったのだが、何も3人で言わなくても良いだろうとか言ってパーティメンバーとデイリーを回しに上位エリアに来ていたのだった。
「くっ、今度は私がやってやるから、こっち来なさい」
「良いよ、このあんたに抱き上げられても…」
うれしくないし
「…別に面白くないし」
「ぐぬぬ、見てろよ〜」
ゲーム内の帝、リッカは命に似せているので背が高く体格も良いのだ。
アナスタシアとイノは人気のないところに行くとヨルムを呼んだ。
「別に人がいるところでも内緒話は出来るんじゃないかな?」
「ふふふ、この方が雰囲気出るじゃないですか」
などと2人でふざけていると、ちょっと深刻な顔をしたヨルムが現れた。
深刻な顔をしてもメイド服を着た幼女だが。
ヨルムはこの世界と一体と言っても良い存在なので、特に連絡手段は存在しないし、必要ない。
ここは森の中の開けた場所だ。
この場所を選んだ理由はもう一つある。
なんか強そうなのが15人ほどやって来た。
このゲームで強そうと言うのは、イコールお洒落な格好をしている。だ。
ガチ勢は言う。カンストまではチュートリアルだと。
コスチュームを買うための金策にしろ、武器の入手、強化にしろ、最高難易度のクエストで稼がないと手が届かないのだ。従って強武器を持ち、ファッションにまで気を遣うプレイヤーの大半はガチゲーマーでレベルは99だ。
もちろん例外はあり、イノは武器の強化などにあまり興味がないのと、アナスタシアとリッカに遊ばれて高価なコスチュームを装備している方だがレベルはまだ45。
アナスタシアはだいぶお洒落だし武器も高性能だが、この世界に来た時にヨルムに貰った物で、レベルは44だ。
ちなみにヨルムは表向きレベル99で、メイド装備も凝った物だ。ゲーム的なパラメーターも鑑定スキルなどで見れる範囲は設定されており、ラスボス級だ。まあ、そもそも神様の様な物だから、その気になればなんでもありなわけだが。
集まって来た連中のほとんどは見覚えがあるプレイヤーだった。
2m近い長身で身長ほどもある大剣を担いだ戦士、鉤爪が付いたガントレットを装備した武闘家、ラージシールドに先端が丸くなったソードの戦士、派手な杖を持った魔法使い、腰の両側に長刀を装備した二刀流の女剣士、etc
みな共通して黒い溶岩石の様な物を付けていた。
これまでと比べて格段に動きは良くなっているが、アナスタシアとイノには敵わなかった。
アナスタシアの得意技はカウンター。ジャストガード成功時に反撃が入る。
ジャストガードなので基本的にダメージは受けないため、最終的に負ける事はない。
イノの最近の対人戦での得意技はパリィ。相手の攻撃を崩すことが出来るため、こちらもダメージを受けて打ち負ける事はない。もちろんジャストガードもお手の物だ。ただし、イノの武器はアンコモンよりは強い、程度の攻撃力しかないため、倒すのは現実的ではない。プレイヤーキャラクターは回復を使うし、逃亡するから。
ヨルムは普通に強い。ラスボスである。獲物はキャンプなどで使われる鉄製のフライパン、スキレットだ。
「くっそー。チートまで使ったのにまるで歯が立たないかよ…」
「それはそうですよ。私もチート使えますからね」
「まじか…」
むしろアナスタシアの存在がチートだ。
変な話だが、彼らはアナスタシアやイノたちと戦いたいのであって、何もしないで勝ちたいわけではないので、そう言った類のチートは使っていなかった。要するにアナスタシアがイノに使っている様なチートだ。
本来、回線の速度的な都合でゲーム内の動きは60フレームで固定されている。
1秒間に60回動けるチャンスがあるし、映像は秒60コマだ。
それを3倍の180フレームに拡張している。
そして、このゲームの場合はハード的な条件が同じであれば、残るのは想像力の差になる。
例えるなら文章を読む際に声に出して読む事を想像しながら読むと1分かかる文章も目で追うだけなら十数秒で内容を把握できる。いわゆる速読が出来るか出来ないかの差に近い。
命は異世界で勇者の力を身に付け、実際に常人の何十倍もの速さの動きを体験したことがあるため、ゲームのキャラクターが超高速で動く様子をイメージすることなど容易なのだ。
昼休み、お弁当を持った照が帝のクラスに行くと、帝が無言で近づいてくる。
「………」
「?」
帝が照の腕を取って自分の首に回すと、腰を落とし器用に照を持ち上げた。
「くっくっく、無理なくお姫様抱っこする技をネットで調べたのだよ。どうだ、恥ずかしかろう」
「いや、別に、たいした事ないね」
「強がってみても顔が真っ赤だぞ」
「そんな事はない」
帝自身も恥ずかしい事をやっている事に気がつく事は無かった。
お姫様抱っこは危険なので真似しないでね(オ