序章
処女作となりますので、温かい目で見ていただければ幸いです。
20××年×月×日
「はぁ…。」
日も落ちきり、闇の支配する暗い時間。私は溜まった仕事を片付け終え、家路についていた。通いなれた道の途中にある信号、普段はこんな時間に帰宅することは滅多にないが、それでもこの時間帯に人がいるのは珍しいことだと思った。もちろんここが田舎のほうであるというのもあるが。ともかく、大事なのは、こんな時間に横断歩道の前で信号待ちをしている人がいるということだ。外見は、フード付きの赤いパーカーを着た、身長の高い若い男であった。通る車など滅多にない時間に、しっかり信号待ちをしているという所から、彼の人間性がうかがえる。物珍しさから、若干遠い位置で立ち止まって、不躾に彼を見ていてしまったが、彼はそれに気づくことはなく、赤から青信号に信号機が変わったのを見て、横断歩道を歩きだした。私はこのまま真っすぐの道であるので、彼とはこれでお別れである。それは帰宅途中の、多少珍しい、けれど不思議でもおかしくもない、小さな、非日常のような、一瞬の、さして記憶にも残らない。そんな思い出となる…はずだった。
それは本当に、本当に一瞬の、刹那の出来事であった。
道路の向こうから突如現れた、街灯の心許ない微かな光しかない暗い世界を、切り裂くかのような強い二つの光。それは赤信号だというのに、少しもそのスピードを緩めることなくただ真っすぐに、まるで、今横断歩道を渡っている彼を狙っているのだと言わんばかりに、ただ真っすぐに、走っていた。
私はとっさに運転手の顔を見ようとしていた。運転手は酔っているか、寝ているのだと。彼を害そうとしているのではないのだと、その可能性を否定したいが為に、運転手の顔を真っ先に確認しようとした。車が街灯のそばを通り、運転席が街灯の光によって照らされたとき、ソレは見えた。その顔を見たとき、私は一瞬息が止まった。運転手の顔は、まるで、生気のぬけた死人のような顔をしていて…。
「あbへjろkげrけおごえr……!!!」
私はパニックを起こし、わけのわからない言葉で叫んでしまっていた。だが、幸いにも彼は私の叫びに驚いたことで、自らに差し迫る脅威に気づいたようだ。だが、私の驚きはそこで終わらなかった。
「…………、――――っ!」
彼は一瞬何かを呟いたのちに、なんと、猛スピードで迫ってきていた車を、ギリギリで避けてみせたのだ。その尋常ではない身のこなしにも驚愕だが、なによりも、目の前で衝撃的な光景を目にすることにならなかったことに、私はホッとしていた。だからだろうか、車の後ろに隠れるように走っていた、ヘッドライトの付いていないバイクに気付くことができなかった。
「ごふゅっ…!!」
先程、尋常ではない動きを見せた彼も、この不意打ちには為すすべもなく引かれてしまった。本来ならば、それで終わるはずであったろう。だが、驚くべきことに、バイクの運転手は、彼を引いた衝撃でバイクから落ちたにもかかわらず、何事もなかったかのように起き上がっていた。
ザシュ………ザシュ…
「ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」
ヘルメットによって見えないが、中の顔はきっと、生気のない死人のような顔をしているであろうそいつは、ポケットから折り畳み式のナイフを取り出し、うずくまる彼を一瞬の躊躇もなく滅多刺しにした。その異常な光景を、私は、ただ見ていることしかできないでいた。
「ぁ………ぅぁ………。」
程なくして、数時間にも感じた一瞬は、彼が瀕死となったことで、終わりを告げた。
ドサッ。
彼を滅多刺しにしていたそいつは、目的は達したとでもいうかのように、糸の切れた人形のようにその場に倒れた。そこで私は、体と思考の自由を取り戻し、急いで119番を押しながら、微かに胸が上下しているところから、まだその命が消えてはいないだろう彼のもとへ駆け寄った。
「大丈夫ですか!?」
瀕死の彼にむかって掛ける言葉としては今更であるとは思うが、それでもそう、声を掛けずにはいられなかった。
滅多刺しにされたことで、見るも無残な彼のその姿に再び息が止まりそうになったが、今度は先程とは違い、不思議と体は動いてくれていた。と、彼は突然、ボロボロの腕を夜の虚空へと伸ばし、血反吐を吐きながらわけのわからないことを叫んだ。
「……イ…ハ…………滅…だ…ぁ…!」
と。血反吐を吐きながらであったため、その言葉は、言葉になどなっていなかった。いったい何と叫んだのか、思考してしまっている間に、彼の伸びた腕は落ち、微かに上下していた彼の胸は、もう動いていなかった。
後に残ったのは、死んだ彼と、生死のわからないバイクの運転手、横倒しになったバイク、携帯から漏れ出る声、そして、底知れぬ闇に包まれた世界であった…。
発作的に書き始めたので、しばらく更新できません。
続きは長らくお待ちくださいますよう。