造られる人非人
私が一晩の拘留ですんだのは、警察からの問い合わせを受けた宇野澤医師が、私が極度の興奮状態にあったことを説明してくれたところが大きい。
よりによってあの医者に借りを作ってしまうとは。
不本意だが形だけでも礼は言っておくべきなのだろう。臆せず誠にも会って、ちゃんと誤解を解かねばなるまい。
職場に病気で休みますと電話を入れて、高台の病院へ向かった。
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「あの……開原さん」
病院へ来たはいいが、どんな顔をして会ったものかと階段の踊り場で悩んでいると、看護師に呼び止められた。
宇野澤医学士の女性助手、確か名前は小川だったか。
「僕に何か用ですか」
小川さんはすぐには答えなかった。思いつめた目つきで私を見る。
「先生から言付けでも?」
「……あなたにお話したいことがあるんです。誠くんのことや、この病院で行われていることについて……」
「聞きましょう。誠の生死に関することなら」
それから我々は西病棟の手術室に移動した。場所を変えませんかと彼女に提案した結果、ここなら内緒話にうってつけだと案内されたのである。
密室で異性と二人きりになっても、私は女性には不能に近いので、特にいらざる誤解を招く行為をしているという発想自体なかった。
「わたし、今から宇野澤先生への背信行為を働きます。ですから、どうか開原さんにもそのつもりで聞いていただきたいんです」
よほどの秘事を打ち明けるつもりらしい。表情にも怯えの色が見て取れる。
私は無言で頷いて、先を促した。
「宇野澤先生が誠くんをあんな体にしたんです」
憤怒の電流が背筋を駆けぬけた。やはりそうだったのか。
「なぜ? なぜなんです? あの人の目的は何です?」
「あの方は日本の超能力研究の第一人者なんです」
「僕は真面目に聞いているんですが」
私はからかわれているのかと思ったのだ。宇野澤医学士の専門は不明だが、超能力研究とは、また随分と人を食った話ではないか。
「ダルマに手足がない理由をご存知かしら」
「手足が腐ってしまうまで座禅を組み続けた結果でしょう。それで達磨大師は悟りを開いたと」
「ええ、悟りを開いた代償が四肢の損失なら、四肢の損失で悟りを開けるのではないか……悟りと言っていますけど、つまり精神力ですわね。眠れる精神の才能を開花させられるのではないかという乱暴にも程がある論法です」
「そんな無茶な……SF小説みたいな……」
「もちろん誠くんの手足は事故で失われたものですわ。宇野澤先生は、百余名の被害者を出した大惨事の中、あれだけの重傷を負いながらも生き残った誠くんは希少なサンプルだと言っておりました。刹那的な精神力の爆発が命だけは守ったのだと」
すると昨日、誠が無手で鉛筆を操ってみせたのは?
あれが超能力の一端か? サイコキネシスとやらか?
「誠は私の前で使いましたよ……念力を……」
「宇野澤先生にとっては不満足な結果でした。より肉体の自由を奪うことで高次元の超能力に辿り着けるという目算があったものですから」
「これ以上何を奪うつもりだ⁉ もう誠は人とは名ばかりの肉塊なんだぞ⁉」
「すみません!」
声を荒げると小川助手は背を向けた。
「開原さん、わたしのこともお恨みになりますわよね。誰よりも宇野澤先生の近くにいながら、非人道的な実験をやめさせる勇気がなかったんですもの。あなたにとっては、わたしも立派な共犯者……」
小川助手は肩を震わせて泣いた。不思議な女だ。
女性が苦手な私をも吸引する魔力がある。
「許して……どんなことでもするから許して……」
「許しますとも」
遠くで解錠する音がした。
「僕に手を貸してくれるのなら」
心の奥の邪悪の扉が開いたのだ。