慟哭と拒絶
六話完結は無理ですね。八話ぐらいになりそうです。
精密検査の後、宇野澤医学士から、誠の視力が喪失したことを告げられた。
さらに声帯まで麻痺して、どちらも回復のメドがつかないことも。
「なんともお気の毒です」
怜悧な博士の後ろで助手が面を伏せている。
「医師、ここは本当に病院なんですか?」
すでに私の心は医学士への不信感で占められていた。
異変があれば迅速な処置を受けられると思えばこそ、歯がゆいながらも誠を入院させておいたのだ。
「お怒りはごもっともです。しかし、熱傷により免疫力が極度に低下していることはお話したはずです」
「それにしたって無策過ぎるだろう!」
もう私には言葉を選ぶ余裕もなかった。
かっと滾る血の勢いに任せて、白い診察衣の襟を掴んだ。
「本当に誠を治そうという気はあるのか? 腕と足がなくなって、喉が潰れて、目まで見えないって、どんどん人間から遠ざかっているじゃないか⁉」
「すべては私の責任……それでいくらかでもあなたの気が済むのでしたら、存分に殴ってください」
私は拳を振り上げ──医師を突き飛ばした。
「担当を変えてくれ! あんたには誠を触らせない!」
なぜ誠がこんな目に会わなきゃならない?
あいつは何も悪いことをしていない。ただの無垢な少年だ。
仮に不運を司る女神が実在して、人の運命が彼女の手に握られているのだとしても気まぐれ過ぎる。
人間を盤上の駒扱いするのも大概にしろ。
「──誠!」
宇野澤と助手を締め出し、二人きりの室内で車椅子の弟を見た。黒真珠のごとき瞳も私を映すことは、もう二度とないのか。
「おまえだけは絶対僕が守ってやるからな」
たまらず抱きしめようとした寸前、誠が音もなく後ずさった。
車椅子ごとすーっとバックしたのである。
「誠……?」
不可解な。どうやって車椅子を動かしているのか。
「おまえ、一体どうやって……」
「……」
私が近づくとそのぶん後退する。
まるで砂漠で蜃気楼が生み出すオアシスでも追いかけるような気分だ。手を伸ばしても指先が触れそうで触れないもどかしさに私は焦った。
「なぜだ誠⁉ なぜ僕から逃げる⁉」
問いかけた直後の超常現象に私がさして驚きもしなかったのは、その時点すでに人の心から遠ざかっていた証左ではないかとは後から結論づけた。
枕元の小さな箪笥からノートがひとりで飛び出した。後を追って鉛筆も宙を舞い、ささっと何事かを走り書きする。
〝気持ち悪いから〟
透明人間が開くノートにはそう記述されていた。
「気持ち悪いって僕がか?」
〝兄さんは僕を女を見る目で見ている〟
「なっ──」
心臓を射抜かれた。端的な事実の矢で。