照る照る坊主
替え歌は『人形はなぜ殺される』(高木彬光作)を参考にしております。
「開原くん、彼女でもできた?」
「え? どうして」
「前はお義理でも飲みにつきあってくれてただろ」
「孤立してでも優先すべき相手ができまして」
「やっぱり彼女だ」
「それに近いものだと思っておいてください」
同僚の冷やかしを笑顔でかわして、退勤後病院へ直行する。
妙な病院だと来るたびに思う。誠が入院して四か月が経過した頃には、心配性の私にも内部の様子をじっくり観察するだけの余裕が生まれていた。
「野戦病院みたいだよな」
近代的なのは外観だけで、内部は実に古臭い。
リフォームとは無縁の板張りの廊下、石膏塗りの壁。竣工が昭和三十年だというから内装は当時からほとんど同じと見える。勿論そこは病院だけに、清掃は隅々まで行き届いているので不潔感はまったくないのだが。
そして、衛生兵みたいなレトロな制服の女性たち。
前方から三人の若い看護師が、がやがやと駆け足気味でやって来る。
「照る照る坊主、照る坊主」
大声で歌いながら、会釈だけして私の横を通り過ぎた。
よっぽど廊下を走るなと怒鳴りつけてやろうかと思ったほどだ。
「はやく本気を出しとくれ。はやく力を見せとくれ。それでもダルマのままならば、そなたの首をチョイと切るぞ」
嫌な替え歌だ。私が女性の黄色い声が苦手なことを別にしても常識を疑う内容だ。病院勤務の自覚があるのか。
ただ、この歌詞が後に私を人非人に変えたのだ。
「誠、入るぞ」
〝片桐誠〟の名札がかかったドアをノックする。いつか開原誠になる日が来るかもしれないと、くだらぬ空想に胸を躍らせながら。
「おーい誠」
返事がない。立て続けにノックするが、やはり返事はない。
まさか死んで──恐ろしい予感を振り切ってドアを開けた。
「誠! 入るぞ!」
室内へ飛び込むと誠はいた。ベッドの上で大きく目を見開いて。
「誠! どうかしたのか誠!」
様子がおかしい。白い頬に触れるとピクッと体を震わせるのだが、それ以上の反応を示さない。示せないといったほうが正しいだろうか。
「う、う、うう……」
「僕だ! 僕がわかるか誠⁉」
舌がもつれてまともに声が出せないらしい。目もあらぬ方向を見ている。
「先生! 先生!」
うっかり別作品のほうで更新をしてしまいました。申しわけございません。