冷菓
「それでも生きててくれてよかったよ」
意識を取り戻した誠と差し向かいで話ができたのは、実に入院から三十日以上も経過してからのことだった。
病棟の五階の各所に設けられた休憩スペースでは、他の入院患者が一人でくつろいだり、見舞いの家族や知人らと談笑している。私も誠を乗せた車椅子を押して、その一隅に席を占めた。
「ほら、あーんっ」
お土産のアイスクリームを誠に勧めてやった。付属の木匙ですくって桃の花みたいな唇へ近づける。
「どうした? 欲しくないのか?」
宇野澤先生からは食べさせても問題はないと了承済みだ。しかし、我が義弟はうつろな目で一口ぶんの冷菓を見つめるだけだった。
「ゼー五のアイスクリームだぞ。誠好きだったろ? 好み変わった?」
「好きだよ……」
小声で言って、ぱくっと飲み込んだのを皮切りに、半分以上食べてくれたのでホッとした。旺盛とは言えずとも食欲があるのは回復へ向かっている証拠だ。
「嬉しいよ。食べることに興味がなくなったら人間終わりだもんな」
そう言って、誠の手に触れようとして空を掴んだ。
気まずい──アイスを食べてくれたせいで注意を怠ってしまった。もう彼には握ることはおろか、優しく乗せることのできる掌すらないのだ。
「ごめん。つい……」
苦笑いでごまかすと奇妙な空白が生まれた。
「ところで誠、いつか退院できたら僕と一緒に暮らさないか?」
「……魁人兄さんと?」
「うん、少々役不足だと思うが、僕が君の保護者になる」
誠は無言だった。真っ黒な大きな目だけが時折キラッと瞬く。
「……僕とじゃ嫌かい?」
「兄さんが嫌なわけじゃないよ。でも少し考えさせて」
胸を圧迫される気分を味わった。甘い観測とは知りつつ、案外快諾してくれるのではないかと思っていただけに落胆を覚えずにはいられなかったのだ。
「ま、ここのほうが急な容態の変化とかにも対応できるものな」
誠の母と父は生命保険に入っていてくれたし、デパートからも相応の賠償金をせしめられることが確定しているので、誠が望みさえすれば病院に併設されている身障者用施設で生涯暮らすこともできるのだ。
「兄さん、もしかして喜んでない?」
「喜ぶ?」
不覚にも動揺が視線を泳がせた。見られてしまったに違いない。
「おかしなことを言うもんじゃないぜ。母さんたちが亡くなって、おまえもこんな目にあって喜ぶわけがないだろう」
恥ずべきことに、本当に恥ずべきことだが、私は誠の境遇を憐み、悲嘆にくれる一方、心のどこかでほくそ笑んでもいたのだ。
これで誠と自分の間に立ちふさがる存在がすべて消えたと。何よりこの体では結婚も無理だ。すなわち女に彼を取られることもないと。
「ごめん、ちょっと僻んでたみたい」
「謝らなくてもいい。簡単に前向きになれなくて当然さ」