包帯
「夏のホラー2019」用の作品です。締め切り日までに完結させます。全六回の予定。
インスパイア元はもろに乱歩の『芋虫』で、そこに女性嫌悪の兄の弟への不健全な恋情と超能力ファンタジー的な要素を加味しました。登場人物の倫理観や中途障碍者への接し方に不快感を覚える方もおられるかもしれませんが、そこもホラーということで了承していただけると助かります。
擁壁に覆われた高台に建つ病院がある。
灰色のコンクリートとガラスで構成された無機質な重たい外観は、見上げるとまるで城砦のごとき威容を放つ。
そこに人でなくなった私の従弟が入院している。
否、入院という名目で、もう七か月も飼育されていた。
「お兄さん、開原魁人さんでしたな」
「はい、誠とは母が同じです」
「今から誠くんと対面していただきます」
片桐誠は私の種違いの弟である。
デパートで爆発事故に巻き込まれ、ただ一人生き残ったとの報せを受けて、取るものもとりあえず病院まで駆け付けたのが、驟雨のけぶる冷たい冬の日だった。
「いいですね心の準備は?」
担当の宇野澤医学士から、酸鼻を極める状態であることを念入りに聞かされた上で面会を希望したものの、変わり果てた弟を初めて目の当たりにしたときは、悲鳴を飲み下すだけで精一杯であった。
「誠……?」
妙な物体がベッドの上に置いてあると思った。
これは悪い冗談だろう。冗談に決まってる。冗談であってくれなければ困る。
こんな作りかけのマネキンみたいな物が誠であってたまるか。
「ねえ……先生……」
汗を浮かべて宇野澤医師を振り返るも、いかにも冷厳たる科学者の風貌の医師は、私の逃避を許してはくれなかった。
「開原さん、お気持ちはお察ししますが」
静かに首を振り、無慈悲な現実を突きつけた。
「受け入れなければならないことです。ここに横たわっている患者さんが、あなたのたった一人の肉親、片桐誠くんです」
瞬間、激しい嘔吐と嗚咽が私を襲った。
「うっ……うううっ!」
号泣するのは自宅で一人になってからという矜持は脆くも崩れた。
誠は十七歳。私は彼より十も年上なのだから、少なくとも先生や看護師さんらの前で取り乱すことだけは自制できる自信はあったつもりだったが、この過酷極まりない弟の変わり様の前に木っ端微塵に打ち砕かれた。
誠には両腕がなかった。両足もなかった。
包帯に巻かれた等身大のコケシのような姿で眠っていた。