こんな夢を見た/展示車を勝手に運転した
ある朝、私は誰よりも早く出社した。
夜が明けるか明けないかという時間で、町は薄暗く、通りには霧が流れていた。
私が勤務している会社の隣は、ある国内自動車メーカー系列の販売店だった。
その販売店にも、まだ従業員は一人も出社していなかった。
今はもう手放してしまったが、数年前まで、私はその販売店で買ったスポーツカーに乗っていた。
ふと屋外展示車場を見ると、かつて私が所有していたクルマと同じ車種のスポーツカーが展示されていた。
私の持っていた車は白だが、その展示車両は赤色だった。
私は懐かしい気持ちになって、その展示車に近づいてみた。
窓から車内を覗くと、イグニッション・キーが刺さったままだった。
私は思わずドアを開けてその赤いスポーツカーの運転席に乗り込み、エンジンを掛けた。
独特のエンジン音が響き、懐かしい気持ちが増した。
悪いと思いながらも、つい出来心でギアを入れ、クラッチを繋ぎ、赤いスポーツカーを運転して自動車販売店の敷地から道路へ出た。
薄い霧に包まれた夜明け直後の町を、私は赤いスポーツカーを運転してぐるぐると何度も周回した。
誰もいない町の通りを、目的地もなくデタラメにぐるぐると周り続けた。
そのうち日が昇り霧が晴れて、人々が起きて会社や学校へ行く時間になった。
私は、やっと自動車販売店に戻り、展示場に赤いスポーツカーを戻し、何食わぬ顔をして自分の勤める隣の会社へ出勤した。
どういう訳か、私が勤めている会社と隣の自動車販売店は裏口どうしが繋がっていて、販売店の従業員たちは、必ず、私の勤める会社の建物内を通って出勤した。
事務机のモニターに向かって仕事をしていた私の横を、販売店の営業担当S氏が通った。彼は、かつて私が白いスポーツカーを買ったとき何かと親切にしてくれた人物だった。
S氏は私に挨拶をして、隣の販売店と繋がっている通路の向こうへ消えた。
数分後、販売店の店長(彼は背の高いガッシリした体型の初老の紳士だ)が、ちょうど私の横を通り過ぎようとしたとき、S氏が青白い顔をして戻って来た。
S氏は店長に「何者かが展示してあったスポーツカーを乗り回した形跡があります」と言った。
それを聞いた店長の顔も、見る見るうちに青白くなっていった。
S氏が続けた。「エンジンが熱くなっているし、距離計も昨日より100キロ以上も進んでいるし、燃料計の目盛りも減っています」
店長が「本当なら、大変なことだぞ」と言った。
私は、S氏と販売店の店長の青白い顔を交互に見ながら、つい出来心を起こして自分が仕出かした事の重大さに気づいた。
私は、S氏を部屋の隅に呼んで、小さな声で「赤いスポーツカーを乗り回したのは自分だ」と白状した。
それを聞いた途端、いつもは温和なS氏の顔が鬼のようになって「あんた、なんて事をしてくれたんだ、只じゃ済まないからな」と言った。
私は、その場から逃げ出したくなった。