鬱令嬢の勇気
一周目のときは、どうにも馬が合わなかった。
彼が冷たい態度をとるものだから、私もやけになって彼に食って掛かった。
なのに、彼は私以外の女には優しく紳士的に接していた。
最終的には男爵令嬢との噂まで流れていた。
悔しくて、悲しくて、私は身分を嵩に着て男爵令嬢をいじめた。
結果、私は婚約を破棄された。
もともと、成り上がりの子爵家であるウチのお金目当てで彼の伯爵家と成り立っていた関係だったから、いとも簡単にウチは潰された。
伯爵家にとってはお金さえ持っていれば相手がどこの令嬢でも構わなかったらしい。現に、あの男爵家はウチより資産家だ。
そのあとどうなったかは知らないけれど、きっと二人は結ばれたに違いない。
私は自暴自棄になり、あっという間に死んだ。死因は多分、栄養失調辺りだと思う。
二周目は、彼と初めて出会った瞬間からのスタートだった。
彼と初めて目を合わせた瞬間、私は前世の全てを思い出した。
おかしく見えない態度を心掛けつつ、私の内心は嵐だった。
彼に再び会えたことは嬉しかったけど、前世の断末魔を思い出すと涙が出そう。正直、きちんと応対出来ていたのかは、未だに分からない。それでも何とか初対面を終えた後、私は決めた。家に迷惑を掛けるくらいなら、全てを諦めて彼に身を任せようと。
例え浮気されても、私の魅力が足りなかったのだと諦めた。彼に毒を吐かれても、反抗せずに謝った。男爵令嬢と噂が流れても、気にならないふりをした。
すると結果、私はつまらない奴だと罵られた。
それがまた悲しくて、今度は自分から首を括った。内向的な性格でいるとネガティブな思考回路になるということがわかったのが、唯一の収穫だと思う。
更に三周目。思い出したタイミングは二周目と同じだった。でも、私の心はかなり変わってた。彼を想う気持ちは多分何度死んでも変わらないと思う。でも、私は当時それ以上にうんざりしていた。精神的に限界だったのだと思う。
私は彼との関わりを全て断ち、屋敷に引きこもった。すると、彼は手紙で私を追い詰めた。今度は直接的な悪口ではなく、私に会いたいだとか私と話したいだとか思えば恋文のようなものだけど、私はそれまでの体験の影響でかなり卑屈になっていて、貴族の義務も出来ない能無しと罵られている気分だった。
これが一番堪えて、私はだんだんおかしくなっていったのだと思う。最終的に私は狂って死んだ。
そして今の四周目。今彼と初めて顔を合わせ、あどけない少女だった私の脳裏にこの重い記憶が甦った。
『私、もう死にたくない!』
最初に思った言葉がこれだった。思えばこれは私にとっては斬新な考えだった。自死のような真似ばかりしていた私にとって。
『そうよ、私はもう彼と関係を拗らせて死ぬのは嫌!』
思えば私たちは心をぶつけ合うようなコミュニケーションは取らなかった。上っ面の婚約者付き合いと勝手な憶測ばかり。
今度こそ私は。
『彼に思いの丈をぶつけよう!』
そうと決まれば。
「―――様!」
相対していた彼に呼び掛ける。
彼は驚いたような顔をしていたけど……構うものか。
「わたくしはもっとあなたと仲良くなりとうございます!」
前まではくだらない意地を張って、自分の本音は決して語らなかった。
女性がそれをするのははしたないだとか、適当な理由を付けていた。
「わたくしはあなたを愛しております!どうかわたくしと、婚約者になってくださいませ!」
ハァ、ハァ。
私の息使いだけが聞こえるほか、辺りはシーン……と静まり返った。私を彼に紹介していたお父様も、私を見ていた彼も、驚いたように目をまん丸くしていた。
……あ。もしかして私、先走りすぎた?
そう言えばまだ初対面だった。どうしよう、彼に変な奴だと思われたら。私は彼になるべくなら嫌われたくない。
サーッと青ざめたであろう私と反対に、笑い声が聞こえてきた。それは、他ならぬ彼の声。
「……ははっ、ハハハッ!!」
「………?」
「よし、……………これから………今度こそ。宜しくな」
「!! 宜しく、お願い致します!!」
私は嬉しくて嬉しくて飛び上がった。あまりに嬉しくて、前後の言葉は耳に入らなかったし、彼がそれを微笑ましげに愛しげに見ていたことも気付かなかった。
「いままで、ごめん」
彼は嬉しそうな顔と裏腹に、至極悲しそうに、苦渋に満ちた低い声でそう呟いていた。それは、私に聞こえない、とても小さな声だった。
一周目の意地悪が好意の裏返しだったことも。彼が二周目で後悔して努力して、けれど素直になれなかったことも。三周目で必死に挽回を志していたことも、私は知らなかった。
こうして、彼らは四度目にして幸せになれましたとさ。
めでたし、めでたし。