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青春謳歌ゲーム!  作者: 紅坂アキラ
第二話 チキン少年と厨二病少女
6/6

2-1

 小鳥遊たちが出て行ってから、どれくらいの時間が経ったんだろうか。

 なにせ小鳥遊の「性食者」発言で、身体中から力がエクトプラズムのように口から吐き出されて身動きがまるで取れない。今はまるで陰でひっそりとしおれる花のような気分だ。

 不幸の引き金を引いた薫もさすがに罪悪感を感じたらしく、「気を落とすな。俺がなんとかフォローするから」とだけ残して帰っていった。その一言で幾ばくか救われた気がするが、根本的な解決がまだされていないのも事実。

 あの扉の先に、元凶が潜んでいる。

 例え仮に身元不明のバスタオル少女(仮)を海の藻屑にしても、すべてをなかったことにはもうできない。目撃者が一人でもいる時点で、完全犯罪というのは成り立たない。ああ、秋葉原を拠点にしている某厨二病末期患者の方に頼んで過去にメールを送りたい。切実に。

 まあ、そんな非科学的かつ非現実的な展開など、一生待っても訪れてくれはしない。この結末に収束する過程で構成されたいくつもの因果に俺の失態がなかったにせよ、尻拭いを全部担当しなければならないのが腹立たしい。まったく、この世界線を選択した観測者を恨みたい。

 とは言え、悔やんでいてもなにも始まらない。少しでも事態を改善するために動き出そうとしたところ、学校から帰宅してきた妹に会うなり「ナメクジごっこ? キモッ」と罵声を浴びて若干のダメージ。聞き飽きた妹の罵声も、今のナイーブな心に致命傷を負わせるのは容易かった。

 気を取り直して、徐々に回復しつつある力を振り絞って立ち上がり、扉を開ける。


「おお、遅かったな。外が騒がしかったが、なにかあったのか?」


 さも他人事のように、バスタオル少女(仮)から黒単衣少女(仮)にコスチュームチェンジした女の子がけらけらと笑う。お前のせいでいらぬ誤解を植えつけてしまったというのに、反省も悪びれもしない態度に思わず青筋が立つ。

 いや、落ち着け。落ち着くんだ俺。ここで怒鳴ったところで、一体誰が得するのか。こういうときは、落ち着いて深呼吸だ……ひっひっふー、ひっひっふー……よし。

 とりあえず、俺の今すべきことはなんなのか、コンマ数秒のうちに頭の中に弾き出す。

 自称灰色の脳細胞がコンマ数秒で弾き出した答えは「コイツが何者かを問い質す」、よしシンプルイズベストだ! いいね! あえて誰でも思いつく答えをあえて提示する、俺ってば今が最高にクールだね。

 そうと決まれば話は早い。もう一度、すうっと息を大きく吸い込んで、吐いて、一言。


「アンタ、一体何者なんだ?」


 見たところ、ホントにただの女の子にしか見えない。実は某国の敏腕エージェントとかだったら笑えないが、いわゆる「そっち側」の雰囲気はまったく感じられないので、あまりその設定を考慮する必要はなさそうだ。

 どちらかと言うと、観光目的で日本を訪れて間違った知識を持ってしまった外国人というほうがしっくりくる。外国人みたいな顔立ちで、単衣を着ているのがその原因であることは言うまでもない。日本を寿司と天ぷらと忍者の国と勘違いしている外国人とほぼ同列に近い。


「妾か? 妾はシニガミなんばー五万千二百二十五、名はいーりじゃ。よろしく頼むぞ、若造」

「……は?」


 一瞬、耳を疑った。

 俺の耳がまだ正常なら、この女の子は自分のことを「死神」と言った。死神ってまさか、あのドクロがボロボロのローブをまとって身の丈ほどの鎌を携えながら人々に死の宣告をもたらすって言われてる、あの死神のことか?

 ……あー、痛たたたたた。これは痛い。今日び自分のことを死神だの神だの言ってるヤツに、まともな思考を持ってる人間なんていない。こんなの厨二病患者のテンプレ症状じゃないか。背伸びするにしたって、そっちの方向は人として進んじゃいけないと思うんだ、俺は。

 予期せぬ「死神」発言で、なんだか一気に興醒めした。実は空の上にある城のお姫様で、「親方! 空から女の子が!」的な展開のほうがまだ面白いだろう。

 さて、となれば、この厨二病少女(決定)はとっとと市民の味方の警察様に丁重に差し出して保護してもらうのがいいかもしれない。厨二病末期患者の相手をしてられるほど、俺の手は余っちゃいない。そんなことよりもまず、小鳥遊たちの誤解を解かなければならないという重要な項目をクリアしなければならないのだ。


「あー……うん。まあ、お前が死神だってのはわかった。じゃ、そろそろ警察に行くか?」


 こういう人種は、適当に流してやるのがベストだ。下手に設定に乗ってしまうと、調子に乗ってさらに設定を盛ってくる。収拾がつかなくなる前に切り上げることが厨二病患者に対する礼儀ってもんだ。


「ん? お主はなにを言っておるのじゃ? 妾はこの先、しばらくはお主のもとを離れるつもりはないぞ?」

「はあ? それってどういう――」


 反論の芽を摘むように、厨二病少女の投げたなにかに俺の視界は奪われる。

 この柔らかな肌触り、そして若干の湿り気を含んだ布……って! まさかこれ、さっきコイツが巻いてたバババババスタオル!?


「おい! なにすんだよ!?」

「ふむ……まあ、確かに今のはお主の要領の悪さを見誤った妾の不手際じゃな。すまんな」


 ああ、忘れてた。厨二病患者は典型として、「人の話を聞き入れない」があるんだった。あ、ちなみにそれ、謝ってるつもりなんだろうが、さらに喧嘩売ってるからね。わか……ってないんだろうな。確かめるまでもなく、本人の顔がそれを雄弁に語っている。

 空気を読めてないことに気づいてない厨二病少女は、悠長に足を組みなおしてこほんと咳払いを一つ。


「妾がここに来たのは他でもない。お主は見事、妾たちが作った崇高なる遊戯、『青春謳歌げーむ』に選ばれたのじゃ」


 勝手に人の家に入り込んで風呂を借りるわ、俺のスウィートタイムをぶち壊してくれるわ、挙句の果てに訳のわからないゲームのプレイヤーに推薦されるわで踏んだり蹴ったりじゃないか。

 なにが新しい出会いだよ、なにが刺激的な一日だよ、刺激が強すぎて人生からドロップアウト寸前の状況に陥ったよちくしょう。もうあんな占いコーナー絶対観てやんないからな。これフリじゃないからな、絶対だからな!


「……はあ。そっすか」


 今朝の占いコーナーをけなすのに夢中になっていて、つい返答がおざなりになってしまった。まあ、こんな話を真面目に聞いても普通の人間ならば、第一声は間違いなくこう答えるだろう。こんな怪しさが爆発しているヤツの誘いにいの一番で快諾できるのは、同じ業を背負った厨二病患者か、ただのバカだ。残念ながら俺はどちらにも当てはまらない。そもそも、全貌の見えないゲームの参加者になったところで嬉しくもなんともない。


「なんじゃ? 浮かない顔をしとるのう。なにか悪いものでも拾い食いしたのか?」

「食ってはいねえが、悪いものに憑かれたな」

「ふむ。では決まりじゃの」

「なに一つ決まってねえよ」


 本人の意思を無視して話を進めようとするな。これだから周りの見えてない自己中心的なヤツは嫌いなんだ。ここは日本なんだぞ、少数派より多数派。独裁者なんてこの世には必要ないんだよ。この場合、賛成一人の反対一人だから多数決じゃ議決できないけど。


「お主は文句ばっかりじゃのう」


 この女、どこに埋めてやろうか。


「なんで俺が、その青春謳歌ゲームとやらに参加せにゃならんのだ。そもそも青春謳歌ゲームってなんだよ。説明不足にも程があんだろ」

「ふむ、青春謳歌げーむの歴史は長いしるーるも複雑じゃ。それでもと言うのなら――」

「あ、じゃあ結構です。丁重にお断りします」


 話す気満々なところを挫いたことが気に入らなかったのか、厨二病少女がぷくっと頬を膨らませる。おまけに地団太も踏む。なんでだろう、可愛さがミクロも感じられない。感覚が麻痺してるのか、はたまた中身が厨二病だとわかってしまったせいか。


「まあ、妾はやさしいからの。お主のためにわかりやすく説明してやろう」


 しかもあれだけ勿体つけといて、結局自分から揚々と話し始めようとするし。厨二病の上構ってちゃんとかどうしようもないな。現代社会が生んだ、排他すべきである負の要素を二つも所持してるとか救いようがない。天は二物を与えない、二次元ではよく見かけるキャラクター構成だが、こうしてリアルでも拝むことができるとは。これっぽっちも嬉しくないけどな。むしろこの状況でどう喜べと。


「まず、妾たちは自分たちのことをシニガミと名乗ってはおるが、それはお主たちの知っているものとは似て非なる存在じゃ」

「はあ? じゃあ、それこそアンタはホントに何者なんだよ? クレイジー思想の厨二病患者か?」

「妾たちの性質が、お主たちの世界で呼ばれている死神というのに酷似しておるから、便宜上そう名乗っているのじゃ。まあ、難しい話は妾も苦手だから端折るが、簡単に言えば宇宙人だとか異世界人と思ってくれてよいぞ。とにかく、妾はお主たちの住む世界とは別の次元、世界から来たのじゃ」


 えらく端的に端折ってくれたが、それでもなお理解に苦しむのは間違っていないだろう。

 だってそうだろ? いきなり人の部屋でほぼ全裸で待機してて、私は死神ですとか言って、挙句の果てには正確に言えば宇宙人異世界人と来たもんだ。

 こんな与太話、信じるヤツはきっととてつもないバカだ。こういう類の話は、ぜひとも宇宙人や未来人、異世界人と遊ぶことを目的としている団にでも入団すればいい。きっと手厚くもてはやされるだろうよ。

 いよいよもってコイツが本物のいかれポンチだとわかった今、俺の次に取るべき行動はなんだろうかと考えてみる。

 俺の希望としては、ぜひともこんな与太話を今すぐ打ち切って警察に引き渡したい。慰謝料も請求したいくらいの損害を受けたのだが、ここは寛大な心で俺の前からいなくなるだけで手打ちにしようとも思っている。俺ってばやさしいなー。

 とまあ、そう易々といかないのは、ほんの数分前からのやり取りから学んでいる。こういう手合いは構ってもらうまで、とことんひたすら粘着してくるのだ。それならば、適当に相槌を打って十分語り尽くしてもらってから出ていってもらうことにしよう。


「んで、その死神さんはなにしに来たの?」

「だから言ったであろう、遊戯をすると。お主は鳥頭か?」


 決めた。この女、絶対に埋める。


「だーかーらー、なんで俺がその青春謳歌ゲームとやらに参加しなきゃいけないんだよ?」

「そんなの当たり前じゃろう。選ばれたんじゃから」

「…………」


 コイツこそ鳥頭なのではないか? やれ遊戯だの、やれ選ばれただの同じことを何回も繰り返しやがって。

 これでは埒が明かないと判断した俺は、とりあえず青春なんたらの参加云々に関しては置いておくとして、初っ端から脱線している話を軌道修正するよう促すことにした。


「で、要するにお前はその……なんだ、青春なんたらを俺にやらせるために来たと」

「そうじゃな。ちなみに拒否権はないぞ」


 厨二病少女は、ニッコリ笑顔でさらっとそう言い放った。

 正直、コイツの発言すべてが胡散臭さしか匂ってこない。もはや自称死神(異世界人)という時点で、一般人は関わるべきではないだろう。

 しかし、世間からはオタクと呼ばれる人種に属する俺は、関わりたくないと思う反面、その青春なんたらが一体どういうものなのか、そしてコイツは本当に異世界人なのかという好奇心が前面に出てこようとする。

 俺は必死に好奇心を抑えようと悶える。本能が、この好奇心は危険だと警鐘を鳴らしているのだ。出てきたら最後、一生後悔するだろうと。


「なに難しい顔をしているのじゃ? そう案ずるな。難しいことはなにもないぞ。お主が勝てば充実した人生を送れて、負ければ残念ながら死ぬだけなのだからな」


 ……ん? んん? 今コイツ、とてつもなくえげつないことをさらっと言わなかったか?

 死ぬだけって、つまり死ぬってことだよな。生命の停止であるところの、死。

 いやいやいや、ちょっとこの間の抜けたムードにそぐわないワードがポロリしてきて若干メダパニってるけど、間違いなくそれってよろしくないことじゃないか。

 もうこれはやばい。拒否権がないとかのたまっているが、そんなのノーカンだノーカン。ぜひともここは拒否権を行使させてもらおう。


「冗談じゃねえ。なんでそんなわけわからんゲームで命差し出さなきゃいけないんだよ。俺の人生は確かに充実してないかもしれないけど、あいにく安売りするほど捨ててないから」

「まあまあ、妾はなにもお主を有無言わさず取って食おうなんて考えておらんよ? お主の返答次第では妾も意見を変えざるを得ないが……」

「既に取って食ってるじゃねえかよ。なにその、はいかイエスしかない選択肢は。第一、そんなの全然ゲームらしい楽しさとかねえじゃん。ハイリスクノーリターンとか苦行だけじゃん」

「なにを言っておるか。りすくのない遊戯など、他愛のない児戯に等しいじゃろ。妾は別に億万長者になれとか、甲子園で春夏連覇しろなどと無茶な要求はしておらんだろう?」

「いやいやいや、だから、命を代償にしてる時点で無茶な要求に該当してるから」


 そもそも、現代の若者思考で考えるならば、ゲームというのは娯楽。ヤのつくお仕事の方々が嗜む賭博などの死亡遊戯とはわけが違うのだ。いくら大金を積まれたところで、たかがゲームで命を賭けたくはない。それならせっせこ堅実に稼いでいったほうがまだ合理的だ。


「そんなもの、そこらの塵芥に等しくどうでもいいことじゃろう?」

「どうでもよくないから。重要だから」

「そんなことより、お主の答えはもちろん参加するであろう?」

「断る。なんでお前らの暇つぶしのために俺の命を賭けなきゃならないんだ。バカバカしい、そういうのは間に合って――」


 またも厨二病少女は、セリフを最後まで言わせてはくれなかった。

 しかも、今回は使用したバスタオルなどという夢が溢れるようなものではなく、死神の象徴とも呼べる大鎌を目にも留まらぬ速度で俺の首をもたげた。

 ごくりと、思わず生唾を嚥下した。脅しのための粗悪品と認識したいのに、鈍色に光る鋭利な刃先に映る自分の顔がそれを否定していた。


「言ったであろう? 断れば、どうなるかと」


 さっきまでの能天気さを顔に貼りつけていた厨二病少女の眼光は鋭く、したたかで寒気すら感じた。


「つっ……!?」


 突如、首筋に鋭い痛みが走る。恐る恐る手で痛みのある場所を撫でてみると、指先には真っ赤な血が付着していた。

 確信した。この大鎌は本物であると。

 もしかしたら、俺がこの鎌をしょせん脅しのための偽物と疑ったことをコイツは見抜いたのかもしれない。だから絶対的な証拠を突きつけてきた。そうすれば、俺がここで折れなければ死ぬということを嫌でもわからせることができるから。


「お主に選ばせてやる。ここで汚い血飛沫を撒き散らして果てるか、青春謳歌げーむに参加して青春を謳歌するか」


 前者は当然論外だとしても、後者もゲームに負ければ結末は変わらない。なのに、それがとてつもなく甘美な誘惑に聞こえてしまう。理不尽な要求だと理解しているのに、生き長らえるとわかればそちらにすがってしまう人間の性というのを掌握している。まったく、物は言いようだな。


「わ、わかった……参加する。そのゲームに参加する。参加するから、早くその物騒なモンをしまえ!」


 観念して吐いた参加表明は、厨二病少女の耳朶に確かに届いたようだ。

 今までまとっていた冷たい殺気を即座に霧消し、構えた大鎌を振りほどいて悪魔のような笑みを強かに浮かべた。


「うむ。最初からそう言えばいいんじゃよ」

「し、死ぬかと思った……!」


 夏でもないのに、全身は汗だくになっていた。無理もない、つい数十秒前までホントに死にかけたんだから。

 マンガの世界なら、かっこいい主人公が「どうした? 俺を殺してみろよ」みたいなセリフを吐けるくらいに冷静なんだろうけど、残念ながら俺はまごうことなき一般人なので、死の淵に立たされて冷静でいられるはずがない。ヘタレのレッテルも甘んじて受け入れよう。ここは剣も魔法も魔王も勇者もない世界だ。取り得る選択肢は堅実に、「いのちをだいじに」だな。


「よし、そうと決まれば早速契約を交わさねばあるまいな」

「契約? なんだ? 念書でも書かせるのか?」

「それはお主たちの世界の取り決めじゃろう。青春謳歌げーむは妾たちの領域、こちらのやり方で取り決めさせてもらうぞ」


 別世界の存在との契約と聞くと、真っ先に思い浮かぶのがキスなのはオタクの発想なのかね。某ハルケなんとかさんのツンデレが一瞬頭の中に浮かぶ。

 想像したらちょっとこっ恥ずかしくなって、視線を逸らしながらも流し目でチラ見。突然現れるなり横暴な要求をしてきたこの厨二病少女、言動こそかなりやばいが、黙ってれば普通に可愛らしい女の子だ。そんな女の子と成り行きとは言え、キスができるのは僥倖かもしれない。

 はっ、いかんいかん。なにを血迷ったことを口走っているんだ。落ち着け、俺は小鳥遊一筋なのだ。ああでも、あんなの見られたら確実に嫌われるよなあ……。


「動くなよ。ずれると死ぬからな」

「へ?」


 お得意の妄想に花を咲かせていて、厨二病少女の言葉の意味をよく吟味していなかった。顔を上げてみれば、いつの間にかしまったはずの大鎌を再び構えていた。アホみたいに間の抜けた言葉を発した次の瞬間、構えていた大鎌をなんのためらいもなく鋭く横に薙いだ。

 死んだ。脳がそう判断するのにかかった時間は、薙いだ大鎌によって起こされた一陣の風が通り過ぎた後だった。


「……あ、あれ?」


 しかし、まだ俺は死んでいなかった。意識はあるし、身体も不自由なく動く。既に霊の身体になっているのかと思って頬を抓ってみても、しっかりと痛覚は存在していた。痛覚が生きてる証拠かどうかはわからないけど。でも確かに、あの物騒な大鎌が俺の顔を真っ二つにする軌道で切り込んできたのが見えた。

 まさかあれは幻想だったのか? それにしちゃ妙にリアルな幻覚だな。クスリなんてやってないのに。

 ……いや待てよ。今の一幕が幻想だったなら、俺はなにをビビッているんだ。あの大鎌がハリボテなら、厨二病少女に恐れて媚びへつらう必要性など皆無。同時に、さっき取り決めた青春謳歌ゲームとやらの契約も不履行にできる。


「ふ、ふふふ……」

「ん? どうしたのじゃ?」

「フゥーハハハ! なんだ、お前のその大層なモンはやはりハリボテだったか! 最初からおかしいと思っていたんだ。そんなモンを、お前みたいなひょろっちいもやし少女が持てるはずない! 残念だったな厨二病少女……トリックがわかってしまえば、わざわざこっちが下手に出る必要はない。さあ、とっとと警察に――」


 三度、最後まで言わせてもらえなかった。

 俺の希望をあっさりとぶち壊すかのように、厨二病少女が手に持っていた大鎌をポイッと俺に投げ渡す。

 咄嗟に手が出てしまって、受け取ろうと手に触れた瞬間、


「ふぬぐおおおおおおおおっ!?」


 想像だにしない、とてつもない重量感が俺の腕を襲った。

 果たして総重量が何キロに及ぶのかすら判断できないくらいの重さ。器用に振り回すことはおろか、大の大人でも両手で持つのが限界というくらいの代物かもしれない。そんなものをこの厨二病少女は軽快に、しかも片手でいとも容易く扱っていた。

 やはりコイツは、普通の人間じゃない。


「下らないことを抜かしおって。まあいい、契約は済んだからの」


 パチンと乾いた音を鳴らして、大鎌を消滅させる。突然の重労働を強いられた俺は、四つん這いの格好で肩で息をしながら再び汗だくに。今日はさぞかし風呂が気持ちいいに違いない。

 それよりも、コイツ今契約が終わったとか言ったな。俺の記憶が正しければ、まだキスされた感覚はないんだけど。


「あれ? キスは?」


 曲がりなりにも淡い期待はあった。だからホントに契約が済んだのか確認する意味も込めて、疑問系でぶつけてみた。


「はあ? なぜ妾がお主と接吻をしなくてはいけないのだ。真っ二つにするぞ」

「ごめんなさい」


 本気で真っ二つにされかねない様相だったので、即座に平伏した。

 とすると、今の大鎌横一閃(仮)が契約の証だというのか。まあ、リアルにおいて、「期待すればするほどバカを見る法則」が常に付きまとう。長さで例えると数センチほどの期待を抱いた俺であったが、まさに法則が適用されてバカを見た。

 にしても、ラブもコメもない殺伐としたバイオレンスな契約だったものの、まだ使い物になっている両目で目視できる範囲、そして手で触れられる範囲はすべてくまなく調べてみたが、具体的な変化を判断できる箇所は見当たらない。

 こういう場合、身体の一部に痣みたいなのができたり、時限爆弾装置つきの首輪をはめられたりするのが定番だ。普段の俺なら確実に「マンガの世界とリアルをごっちゃにすんな」ってツッコんでる。しかし、もうこの今目の前で起きてることすべてがマンガみたいな出来事なので、つい言い淀む。


「なあ、ルールってホントに青春を謳歌するだけなのか? 他になにかルールはないのか?」


 代わりという言い方はおかしい気もするが、この質問は間違っちゃいない。詳しいルールも把握せず、後から追加要綱を増やされて泣きを見るのは真っ平ごめんだ。今のうちに聞けることはすべて聞いておかなくては。

 契約も無事終了しすっかりご機嫌な厨二病少女は、つい最近ゲーセンのクレーンゲームでとった顔文字クッションに終始ご執心のようで。子供みたいに目を輝かせながら、ベッドに大の字になってバレーボールのトスの要領でポンポン上に舞わせている。


「おい。人の話を聞け」


 俺はイラつきを含ませて厨二病少女を呼ぶ。


「なんじゃ。しつこいのう」


 自分の時間を邪魔されたのが気に入らないようで、おもちゃを取り上げられて拗ねる幼児のような態度で返してくる。思わずピキりそうになったが、ここも我慢。一時の感情と自分の命、当然の結果なぞ天秤にかけるまでもない。


「こっちは命がかかってるんだ。非常に、ひっじょーに不本意だが、参加する運びになったんだ。ルールくらい教えろ」

「るーるは至極簡単、お主はただ青春を謳歌すればいいのじゃ。しかし、ただ青春といっても漠然としすぎてるじゃろ?」

「まあ、確かに」

「じゃから、妾たちは基準を設けた。お主、頭の中でめーたーを想像してみよ」

「メーター? メーターって、どんな?」

「普通の、お主が知っているめーたーで構わん」


 意図がまったく掴めないが、ここは素直に従って一目盛りずつ刻まれている試験管みたいなメーターを頭の中で想像してみた。

 するとどうだろう。目の前に想像したとおりのメーターがふよふよと地球の重力に逆らって浮いていた。ただ想像したものとの相違点は、百まで刻まれた目盛りがプラスだけでなくマイナス方向にもあることと、プラス方向の百目盛り付近には天使のマーク、マイナス方向の百目盛り付近には死神のマークがプリントされていた。

 最初は幻覚かと思って目を擦ってみたが、メーターは消失することなく目の前で浮いている。吊るしてるのかと思って手を伸ばしてみたが、触れることはなく伸ばした手は空を切った。


「それは青春謳歌めーたーじゃ。お主が青春を謳歌すれば天使の方向に水がたまっていき、青春を謳歌しなければ死神の方向に水がたまっていく。青春謳歌めーたーがぷらす百になればお主の勝ち、まいなす百になったらお主の負けじゃ。どうじゃ? 簡単じゃろ?」


 これがどういうものかを聞く前に、厨二病少女が初めて的確な説明を加えてきた。システムを教えてくれるのは嬉しいんだけど、この調子でゲーム自体をチャラにしてくれないかなあ。


「簡単だけど……つーか、どういう仕組みだこれ?」


 触れられないが目の前に確かに存在しているメーターを指差しながら厨二病少女に聞く。


「それが契約の証みたいなものじゃ。それはお主の意識と繋がっておるから、正確にはそこにはないがの。先刻も言ったように、それがまいなす百になった途端連動してお主の意識がぷっつり切れてそのままぽっくりという算段じゃ。すごいじゃろ?」

「すごくねーよ。自分の命かかっててわーすごいとか言えるわけねえだろうが」

「せやろか?」

「そらそうよ。って、じゃなくて!」


 つい血が騒いで三文芝居に乗っかってしまった。話の流れがライトなテイストなので実感が湧かないというのもあるけど、このゲームは俺の命がかかっている。バカなことはしてないでさっさと情報を集めなければならない。

 何事にもそうだが、特に勝負ごとには情報量の多さが勝敗を握っているといっても過言ではない。無知は罪なり、俺の巧みな話術でコイツから一言でも多くの情報を手に入れなくては。


「ただ青春を謳歌しろって言うけど、具体的にどういうことをすりゃいいんだよ?」

「馬鹿たれ、それを教えたら遊戯にならんじゃろ。お主はがむしゃらに青春をすればいいんじゃ。めーたーの昇降は妾の基準で行うからの。お主が青春だと思って行動しても、確実にぷらすにたまるわけではない。まいなすもありうるからの。意味を履き違えるんじゃないぞ」


 つまりはコイツの匙加減ですべてが決まるわけか。とことん理不尽なゲーム内容だな、おい。こんなシステムを搭載したゲームが世に出回ってもみろ、満場一致でクソゲー認定されるに違いない。


「安心せい。妾は公平なじゃっじを下すつもりじゃ。お主がしっかり青春すれば、それに応じた点をくれてやる。例え百点に近づいたとしても、点を下げるような真似はせん」


 なるほどね。あまりにも早いスピードでメーターをプラスにためていって、これじゃつまらないから下げようなんていう意地汚い真似はしないか。まあ、そうじゃなきゃ困るし、むしろ当然のことと言える。

 ルールをひとしきり聞き終えたところで、ふと一つの妙案が思いつく。

 青春した内容によってメーターの昇降が変動するのなら、青春をしなければずっとメーターはゼロを刻んだまま動かないことになるな。その場合だと、引き分けみたいな概念が生まれるのではないか。

 要するに、マイナス方向に百たまれば俺は死ぬわけだ。それならば、青春をせずにこのままの状態を維持し続ければ理不尽な死は訪れないということになる。いつまで経ってもゲームが終了しないのでコイツがずっと付きまとっている状態になるが、死ぬよりは幾分もマシな状況と言えるだろう。


「そうそう。言い忘れておったが、無為に時間を過ごすのは妾も退屈じゃ。どうせお主のことだから、このままの状態を維持しようとか考えておったじゃろうが、それは無意味じゃ。一週間なにもせずにだらだらしておったら、無条件でめーたーはまいなすの方向に一目盛り動くようにしてあるからの。まあ、それは逆にお主の命が百週は保障されていることになるがの」


 俺の意図を鋭く見抜いたかのように、厨二病少女が釘を刺す。最善策をいともあっさりと摘み取られ、ぐうの音も出ない。八方塞、四面楚歌、自陣に味方も秘策も残っていない状態だ。最悪の状況などという簡易な表現では表しきれない。

 最低百週、一年は約四十八週あるからおおよそ二年と四ヶ月でこのゲームに終止符を打たなければならなくなった。当然結果は、俺の完全勝利でなければならない。これは俗に言う、無理ゲーの部類に問答無用の上位ランクインである。


「以前、そのような狡い真似をした輩がおったからの。妾たちも対策を練ったのじゃ」


 誰だか知らんが、俺はそいつに断固抗議を申し立てたい。お前のせいで今俺は窮地に立たされていると。


「それにしても、みじめじゃったのう。その輩は寿命が尽きて死によったが、青春をしなかったから誰も看取ってくれない寂しい最期を迎えおった。もろもろ足りないお主も少し頭を使えばわかるじゃろ? 孤独に勝る恐怖はないと」


 足りないは激しく蛇足だが、後半に関しては首を縦に振らざるを得ない。誰も看取ってくれず、知らないうちにそっと世界から外れる孤独なんて想像したくない。危ねえ……この助言がなければ、もう少しで俺は最悪のルートに足を踏み入れるとこだった。


「どうじゃ? ちっとはやる気が出たか?」


 にやにやと下卑た笑いを含ませて厨二病少女は俺に問いかけてくる。これが安い挑発ということは明白だが、それが最後の一押しとなるのは容易かった。


「ふ、ふふふ……」

「ん? どうした?」


 自然と笑いがこみ上げてくる。気が触れたのかと思われそうだが、まだ辛うじて正常な思考回路は持っていると信じたい。

 いや、気が触れたくらいでこの現実が夢に代わるなら、諸手を振って俺は狂ってやろう。

 俺が一体なにをしたと言うのか。非生産的な生き方がそんなに悪いのか。それが神に見咎められるほどの悪行だったか。たとえそれが悪だったとして、なぜ生贄として選ばれたのが俺なのか。そんなことを考えたところで、答えが出ないのはわかっている。ただ、ほんの気休めとして恨みたくなっただけだ。

 こういうときこそ、楽になる方法が一つだけある。方法は誰でもできるくらいに簡単で、状況は魔法をかけたかのように、変わる。


「はっ、上等じゃねえか。俺はクソゲーだろうと無理ゲーだろうと、ことゲームに関しては屈したことが一度もねえんだ。どうせお前は俺が負けると思って高くくってるだろうが、足元すくわれんなよ」


 そう。それはやけくそになることだ。

 これほどまでの異常が正常として機能しているなら、頭の中で無理矢理答えを出す必要もない。出しても無駄だし、意味もない。それならいっそ、やけくそになったほうがすっきりするもんだ。


「ほう? その威勢、どこまで持つか見物じゃな。妾を退屈させない程度にはあがいてくれるといいのう」


 売り言葉に買い言葉の応酬で、互いに目には見えない火花を散らす。こんな低俗な罵りあいで決まるんだったらどれだけ楽だったか。叶わない結末を想像した自分を心の中で叱咤する。

 成り行きとはいえ吹っかけられた喧嘩を、ましてや自分よりも幼そうな少女からすごすご逃げるなんてのは男が廃る。どうせ抗わなくても死ぬんだ。なら一縷の希望にすがってとことん抗わなきゃ人間じゃないだろ。諦めが悪いヤツほど、図太くも生き残るモンだよ。この世界ってのは。

 そんなわけで。

 俺とコイツの、生死を賭けた青春謳歌ゲームはひっそりと、かつ細々と幕を開けた。

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