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青春謳歌ゲーム!  作者: 紅坂アキラ
第一話 リア充爆発しろ!
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1-4

 高校の最寄り駅から電車に揺られることおよそ十分弱。駅にして二駅ほど離れた場所に俺の家はある。

 聞くところによると、柏木も同じ最寄り駅だそうで、ちょっとした地元の話に花を咲かせた。いいね、男女のグループで会話を弾ませながら下校なんて、まるでリア充みたいじゃないか。

 柏木との地元の話に感化され、地元民なら知らない者はいないと言わしめるほどの精肉店でメンチカツを購入してから家に向かうこととなった。メンチカツという単語に即座に反応した食欲旺盛な健康優良児こと小鳥遊が目を輝かせていたので、提案してよかったと心の中で安堵した。あの仏頂面の烏丸ですら思わず顔を綻ばせるくらいのメンチカツだ、その美味しさは語るまでもない。


「着いたよ。ここが俺の家」


 見飽きた我が家を前にして一応紹介しておく。なんの変哲もない、ただの二階建ての一軒家だ。


「ほーほーほー。ここが天地くんの家かあ。花とかいっぱいあって、なんかヘルシーだね」


 ボケなのか素なのかよくわからないので、ツッコミの仕方に困る。おそらく、小鳥遊的にはナチュラルみたいな表現で言ったんだろう。そういうことにしておく。


「おふくろがガーデニングとか好きだからね。そのせいかな」


 勝手な解釈でツッコんで怪我したくないので、とりあえずスルーしてそのまま小鳥遊の会話に被さる。


「お、天地くんはおふくろと呼ぶ派ですか」


 些細なところにも小鳥遊はすかさず反応する。なんだか身の回りのすべてのものに興味を持ち始める幼児を相手しているみたいだ。あ、これは悪口ではなく褒め言葉だから、くれぐれも勘違いしないように。


「そういう小鳥遊はなんて呼んでるの?」

「うち? うちはお母さんだよん。そういえば、みんなはお母さんのことなんて呼んでる?」

「私はママかな。子供っぽくて恥ずかしいけど、癖ってなかなか抜けないから」

「母上」

「みっちゃん」


 三者三様の答えを返してくる。柏木も烏丸もイメージどおりだし、違和感をまるで感じないな。

 さて、最後のほうになにか不穏な呼び名をおくびもなくサラッと言いのけた輩がいるが、別段驚くこともない。それは幼馴染である小鳥遊も右に同じだが、他二名は驚きを隠せない表情で薫のほうに視線を向ける。

 まあ、普通はそんな反応だろうな。俺も最初、薫の家に行ったときに母親を「みっちゃん」と呼んでたときには、驚愕を通勤快速級の速度で通り越してドン引きしたからな。にしても、自分の母親をあだ名で呼ぶほどかと疑問に思ったが、その疑問は薫の母親を見れば納得できた。否、納得せざるを得なかった。

 なんというか、薫の母親はまったく母親らしくなかった。見た目の若さもさることながら、ネジが一本二本どころか四、五本くらい、下手したらネジがそもそもついてないんじゃないかと錯覚するくらいぶっ飛ん……こほん、とてもフレンドリーな人だった。この子にしてこの親ありとはよく言ったものだ。

 おっと、こんなことで会話を膨らませている場合ではない。この時間はそろそろ妹が学校から帰ってくる時間だ。目が合うなり、兄に向かって罵詈雑言を吐く不躾な妖怪バリゾーゴンに小鳥遊が毒されてしまってはこちらの立つ瀬がない。出くわす前にとっとと退散しておくのが吉だな。


「ただいまー」


 通過儀礼的な感じで言ってはみたが、両親は共働きで妹も予想どおり帰ってきてはいない。まずは第一関門はクリアというところか。


「おじゃましまーす」


 俺がリビングのドアを開け、無人を確認している間に三人はキョロキョロと忙しなく視線を泳がせていた。勝手を知っている薫は迷うことなく階段を登り、真っ先に俺の部屋に行こうとする。部屋の主より先に上がりこもうとするふてぶてしい輩の首根っこを掴み、引きずり下ろす。

 不届き者の愚行を処理したところで、改めて俺が先頭に立って階段を登っていく。俺の部屋は、階段を上って廊下の突き当たりにある。ちなみに、すぐ隣の部屋が妹の部屋だ。基本的に二階は俺たち兄妹の生活スペースとなっている。

 二階に着くなり、妹の部屋を覗き込もうとするどうしようもないHENTAIに一発右ストレートをかまし、やれやれと嘆息しながら自分の部屋の前に立ち、一瞬だけ思案する。今朝の自分の部屋の状況を思い出して、致命傷となる部分だけでも隠蔽作業に取り組むことにした。


「ちょっと待ってて。みんなが座れるスペースがあるかくらいは確認するから」


 適当な理由をつけて小鳥遊たちの入室を一旦抑制する。フィギュアとポスターは理想の位置、向き、角度を保ちたいので隠蔽は断念。ならばせめて、抱き枕だけでも押入れにしまっておこうと考えながらドアを開けた。


「……ん? おお」

「!?」


 ビュンシュパンバタアアアン! 

 俺はマッハの速度で入りかけた身体を廊下に引き戻し、開きかけたドアを封印した。

 なんだ!? なにが起きている!?

 今、間違いなく俺の部屋に誰か知らない女の子がいた。しかも、気さくに声をかけられた。しかもしかも、なぜか裸だった。いや、正確にはバスタオル一枚だったが、ほぼ裸と見なして問題はないだろう。って、論点はそこじゃねえ。

 シルクの糸のようなきめ細やかな銀髪、宝石のようなスカイブルーの両の瞳、顔のパーツは誰しもが羨むほどに均整に整えられていて、極めつけは病的なくらいに陶磁器のような白さを持った素肌。

 平たく、チープな語彙力で表すなら、とんでもない美少女がそこにいた。って、だから論点はそこじゃないとあれほど以下略。

 こほん。

 なぜ俺の部屋で、バスタオル一枚の女の子が我が物顔でくつろいでいたのか。百歩譲って、堂々と我が物顔で利用していたのはいい。この程度の些事は目を瞑ろう。

 しかし、彼女は一体何者だ? いまだかつて見たことのない美少女と裸の付き合いをするほど、俺の人生は性にまみれていない。そもそも、異性で俺の部屋に入ったことがあるのなんて身内以外いない。くそっ、涙出てきた。

 混乱する思考回路でも、この状況がかなりまずいということだけはかろうじて把握できていた。この光景を小鳥遊たちに見られたら最後……いや、考えたくない。そんな最悪のシナリオ、想像したくない。これから先、小鳥遊に蔑まれ疎んじられる未来なんて想像したくない。


「ん? どうした一馬」


 ここに来て、最悪のシナリオを進行させかけない薫が目を覚ましてしまった。まずい、どうにかして薫たちを一刻も早くここから引き離さなければ。帰すことは無理だとしても、せめて一階の応接間まで導かないと。

 しかし、女子三人が密集してしまっているため密談の選択肢はない。仕方ない、ここは薫と培ってきた友情の力でこの苦難を乗り越えよう。やったな薫、こんなところでお前との友情を確かめ合うことができるとは思わなかったぜ。

 そうと決まれば話は早い。俺は三人には伝わらないようなジェスチャーで、「俺の部屋。今はまずい。一階へ避難」と親友の薫に合図を送る。

 俺のジェスチャーが伝わったのか、薫の表情が強張り一気にシリアスモードへとチェンジする。よかった、あの表情ということは俺の言いたいことがすべて伝わったみたいだ。ホッと胸を撫で下ろす。


「なるほど。まったくわからん。ってか、早く入れよ一馬。こんなとこで油売ってないで、とっとと宿題済ませちまおうぜ」


 一瞬でもお前を親友だと思った俺がバカだったよちくしょう!

 俺の制止を振り切って、薫が部屋の前に立つ。その瞬間、なにかが音を立てて崩れていく様と、ドナドナよろしく売られていく牛の寂しそうな後姿が垣間見えた。


「今さらお前の部屋見て驚かねーよ。たかだかフィギュアやポスター程度、見慣れて……」

「そうだよ天地くん。うちらもその程度じゃ驚かないし引かないから、安心し……」


 ドサッ、グシャッ、そんな擬音を引き連れて薫と小鳥遊の鞄、手に持っていたメンチカツの袋が地球の重力に従って床に垂直落下する。数歩遅れて、柏木と烏丸の荷物も床に落下。終わった。


「…………」


 絶句。スタンド使いがいるわけでもないのに、ここにいる全員の時は完全に停止していた。まるで一時停止をかけられているかのように。

 このまま時がずっと止まっていればよかったのに、そんなささやかな願いも現実様は聞き入れない。即座に再生ボタンを押し、時間を元どおりにする。


「天地くん……?」

「一馬、お前これって……」

「いやっ! これは違うんだ! 俺もそんな子とは今日初めて会ったっていうか、なんか知らないけどそこにいたんだ! 決して俺は――っ!」


 最後まで言わせてはくれなかった。小鳥遊たちミヤコー美少女三人衆は、あっという間に俺の脇をすり抜けて階段まで一直線。柏木と烏丸は一瞥もせず階段を駆け下り、顔を真っ赤にした小鳥遊だけはこちらを振り返って大きく息を吸い込む。

 そして、会心の一撃。


「天地くんの……天地くんの性食者ああああああああああっ!」


 魂のシャウトは、俺のライフをゼロにすることなど造作もないことだった。腰が砕け、その場に崩れるようにへたり込む。もはや追いかけて弁解する選択肢など、残っていなかった。

 さようなら、俺の甘い甘いスウィートタイム。

 さようなら、俺のこれからの高校人生。

 さようなら、俺の淡い恋心。


「……どうして、どうしてこうなった……?」


 なにもすることができない俺は、突然振りかかった不幸をただ嘆くことしかできなかった。



 ここに後日談的なものを付け加えておこう。

 あの日以来、それまで毎日欠かさず見ていた朝のあの占いコーナーは一切観ていない。

 絶対にもう観ないと、心に決めた。

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