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想定外の昼休みも終わり、午後の授業もつつがなくこなした。ただ、いつもの午後の授業とは違い、時間が経つのがいやに早く感じられた。
その原因は間違いなく、ミヤコー美少女三人衆との昼食による功績が多大なものであることは言うまでもない。世の男子諸君の夢が詰まった素敵な二十五分を、俺はこの先忘れはしないだろう。そして願わくば、またこのような機会にぜひともめぐり合いたいものだ。薫よ、セッティングのほうは任せたぞ。
「あ、そういえば」
ふと、今朝の情報番組内でやっていた占いコーナーの存在を思い出した。
俺は学校前の習慣として、必ず出かける前に朝の情報番組の占いを観ている。決して占いに心酔しているスイーツ(笑)な女子高生とは同類視しないでもらいたい。ただ単に、その占いのコーナーを担当している新人アナウンサーが可愛いから観ているだけだ。
確か今日の運勢はすこぶるよくて、新しい出会いが待っていて刺激的な一日を送れるとか言っていた。占いなんか当たらないと思っていた俺ですら、「占いの力ってすげーっ!」って勘違いしてしまいそうなくらい的中していた。
事実、今日は始業式であって、クラス替えという新しい出会いが待っていた。かつ、ミヤコー美少女三人衆と一緒に昼食という刺激的な時間を過ごすことができた。寸分の狂いもなく当たっている。これからは確実にチェックせねばいかんな。
「よし……帰るか」
久しぶりの充実した学校生活に満足しながら帰る支度をする。充実した心持ちとは対照的に、今日も悲しいことに放課後の予定がポッカリと空いてしまっている。普段は薫の用事に付き合ったり、ネトゲしたりして暇な時間を費やしているが、今日はネトゲのサーバメンテでログインできないし、薫は相変わらず鼻ワサビから復活しないしで予定はすっからかんだ。
一度、リア充になってみようとバイトを始めたり、スケジュール帳なんかを持ってみたが長続きしなかった。というか、始まらなかった。バイトは面接の時点で切られ、無計画で買ったスケジュール帳も今は押入れの奥底に眠っている。別にリア充でなくても持つことに損はないが、埋まらない白紙のスケジュール帳を見るたびに一筋の涙が頬を伝うのはもうこりごりだ。
そんなわけで、この無駄に余った時間をどう過ごすかを模索しながら鞄にものを詰め込みながら考えていると、今まで机に突っ伏していた薫が、まるでスイッチを入れられたかのような速度で身体を起こした。そしてスイッチが入るなり、つかつかと俺のもとまで歩み寄ってくる。嫌な予感しかしない。
「今日、お前ん家行こう」
開口一番、薫は半ば脅迫じみた声色で言ってきた。
「は? なんで俺ん家?」
当然趣旨を理解できない俺は、とりあえず反論の意味も込めて薫に聞き返してみた。
「六時限目の数学、宿題出されただろ? 一馬、数学だけは得意だし、写……一緒にやろうぜ」
「だけってなんだよ。だけって」
というか、鼻ワサビで意識も一緒に三途の川でも彷徨ってるかと思ったが、しっかり復活してたのか。だったら真面目に授業受けろと思うのは俺だけじゃないはずだ。
それにしても、こんなちゃらんぽらんな処世術でよく進級できたな。世の中のリア充待遇の風潮は高校の進級にまで及んでいたか。とっととこんな待遇なんて灰燼に帰すればいいのに。諸手を振って喜んでやる。
人にものを頼む姿勢でないことは重々理解しているのだが、「予定があるから」では薫は切り返せない。俺のすっかすかの放課後スケジュールは薫にも把握されている。単純に断ろうとしても、ごり押しで攻められて結局折れるのはいつも俺だ。
そりゃあ毎回目の前ににんじんぶら下げられちゃ断れない。この前はなんだっけ、コンビニ限定のアニメフェアのキーホルダーだった気がする。最近はコンビニもアニメと連動してフェアをやってくれるしいい世の中になったもんだ。
「まあ、別にいいけど」
お礼にまたなんかもらえるのではないかと、邪なシタゴコロを隠しつつ薫の誘いに乗る。
「よっしゃ! 決まりだな。おーい、綴ー」
なぜか薫は帰宅準備に取り掛かろうとしている小鳥遊に声をかける。同じく、小鳥遊の周りにいた柏木、烏丸の両名もこちらを向く。
……一体なにが始まるんです?
「んー? 薫どしたー?」
「今から一馬ん家で今日の数学の宿題やるんだけど、来るか?」
ホワット? カオルサーン、アナタナニイッテヤガルデスカ?
ホントに待て、薫。なんだその嬉しい不意打ちは。デレ期ですか? ついに誰得の薫さんのデレ期到来ですか? いや、そもそも、心の準備ができてないのに、あんな混沌が作りし魔の空間に女の子を連れ込む気ですか? いくらなんでも、それはちょっと早計なのではないだろうか。
「お、いいねえ。うちらも宿題どうしよっかって悩んでたところだよ」
図ったのか素なのか、小鳥遊が薫の誘いにホイホイ釣られてしまう。え……マジ、なのか? マジで小鳥遊がうちに来るの? 嫌じゃないっていうか、むしろ高らかに「ひゃっほおおおおおおうっ!」って叫びたいところなんだが、あまりにも急すぎる。
多感なお年頃の思春期男子特有の軟体動物門頭足綱十腕形上目臭さはないと思うけど、ポスターとかフィギュアとか反抗期な妹とか、我が家は別の意味でドン引かれる要素が満載なのだ。これしきのことで小鳥遊が人を嫌いになるとは思えないが、せっかく初日からいいスタートダッシュを切ったのに、スタートラインどころかスタートラインとは真逆の最果てまで引き戻されるのだけは勘弁してほしい。
「小鳥遊たちは部活とかは?」
嬉しい気持ちとは裏腹に、つい遠ざけるような背反的な行動を取ってしまう。気になる子や好きな子をついいじめちゃう小学生みたいな行動に似ているのかもしれない。こんな冷静に分析してる余裕、ホントはないんだけどな。
「ぱるちゃんもみやちゃんも今日はないんだって。ね?」
小鳥遊の問いに柏木はにこやかに頷き返したが、烏丸はぶすっと相変わらず不機嫌そうな顔で渋々頷いた。どうみても烏丸は、放課後の予定が最悪な方向に向かっていることに対して不満を持っているらしい。烏丸がどう感じようと自由だが、あからさまに本人の前で見せつけるのはいかがなものか。そんなんじゃ社会に出ても苦労するだけだぞ。俺が言える義理じゃないがな。
「うちももちろんなし。てか文芸部なんてうち一人のようなもんだしー、あはは」
あははって、それ笑いごとで済まされるのか? 確かに読書だったり執筆なんてのは部活外でもできるから、仮に文芸部が廃部になっても心配はない……はず。あくまでもこれは極論だけど。
「んじゃ、決まりだな。一馬もいいだろ?」
「まあ、俺は別に……」
「ん? どうした天地くん。もしかして部屋に見られちゃまずいものとかあるのかな? 大丈夫だよ! 思春期の男の子ならそれくらい普通だし、薫の部屋でうちは慣れっこだし。それにぱるちゃんもみやちゃんも、それくらいじゃ嫌いになんてならないから」
小鳥遊にとっては当たり前のように言ったんだろうけど、これほど心にしみる言葉はない。なんて理解力があって思慮深い子なんだろうか。いずれにせよ大火傷を負うのは間違いないが、少なくとも最果ての地まで飛ばされることはなさそうだ。
「だから安心して。ガサ入れくらいで留めておくから!」
「…………」
「あれ? 嫌い? ガサ入れ」
いや、嫌いとかそういった次元の問題ではないと思いたい。なぜ小鳥遊はガサ入れする前提で話を進めているのか。
すっぱりと「嫌い」と言ってしまえば小鳥遊はガサ入れなんてしないだろうけど、こうもニコニコと楽しそうな表情で問われると口にするのが罪に思えてしまう。あざとい、さすが小鳥遊あざとい。でもそこがまた可愛いんだけどな。言わせんな恥ずかしい!
「よーし、決まりっ。さあ、天地くんの家へいざ行かん!」
敵地に赴く将軍よろしく、テンションマックスの小鳥遊の一声で急遽、俺の家へ向かうこととなった。