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あれ以降特筆するようなことはなく、全国的に不変であろう退屈でありがた迷惑な校長の話を延々と聞かされていた。
昨日はやることもなくて、早めに睡眠をとったから眠気はなかったはずなのだが、生欠伸が続いてぶっ倒れるかと思った。校長は催眠術でも会得しているのではないか、そう疑いたくなるくらいに重い眠気が襲ってきた。なんとか睡魔をかみ殺して校長の話を聞き終えたときには、不思議な満足感に満たされていた。
その出処不明の満足感に勘違いさせられて、「よし、今回の自己紹介はフランクにちょっと笑いをとるような感じで!」とかキャラじゃないことを決意してしまった。まあ結局、いざ本番になったら日和ってなんとも平凡な自己紹介で済んでしまったところがまた俺らしいというかなんというか。
自己紹介だけならまだしも、さっきの魂のシャウトのせいで、他の生徒とは十歩くらい遅れてのスタートとなってしまった。話題性としても、これまた他の生徒とは十歩以上の差をつけていることを追記しておく。言うまでもなく、悪い方向で。
そんなマイナス要素を新学期初日から頼りない背中に背負いつつ、午前の授業は難なくクリア。否、現実逃避した。
普通、新学期の最初の日は始業式だけなのが当たり前だと思うが、うちに限ってはその普通は残念ながら適用されない。春休みがよそよりちょっと長引く分、初日から六限までノンストップ&フルスロットル。止まらない止められない。
果たしてどっちが得かと聞かれれば、最初のうちは目で見ただけ、耳で聞いただけの原理も意味も知らないような妙な納得感を持たせるほにゃらら効果、うんたらかんたらの定理などといったワードを会話に混ぜつつ脳内会議し、最終的には「どっちも変わらないんじゃね?」で落ち着くこと相違ない。こういうのは、一般的に「実のない会話」と呼ばれている。
そんなこんなで、二年生になって初めての午前の授業はあっという間に過ぎ、今はお待ちかねの昼休みになるわけだが……、
「……どうしてこうなった」
今、双眸に映っている謎の展開、ありえない光景を受け入れることができず、本音がまた外に漏れてしまった。俺の声帯はねじが緩めなので、すぐ思ったことが口に出てしまうようだから気をつけないと。
「ん? どうした一馬?」
薫は持参した弁当を頬張りながら、目の前の光景がさも当たり前かのように受け入れている。受け入れるもなにもコイツが首謀者なのだから当たり前なんだが、なんか無性に腹が立つ。たまらず、俺は口を開けて説明を求めることにした。
「薫、この状況を誰もがわかるように五文字以内で説明してくれ」
「皆で昼ごはん」
「……三文字で」
「昼ご飯」
「…………」
まあ、確かに字面で見れば五文字以内だし三文字だな。間違っちゃいないんだが、なんか違うんだよなあ。
「質問を変えよう。なんで今回の昼飯に至っては、レギュラーメンバーにプラス三人加えられているんだ?」
レギュラーメンバーというのは、語るまでもないが俺と薫である。特別な用事でもない限り、昼飯のお供はいつもコイツがいる。たまに他の男友達も混ざるが。
で、問題のプラス三人なんだが、視界に入った三人を左端から順に言うと、みんなのアイドルミスミヤコーこと柏木遥、パーフェクトな次期生徒会長こと烏丸都、愛くるしいマスコットかつ読書ちゃんこと小鳥遊綴。
あれ? なんかこの完璧な布陣、どっかで聞き覚えがあるっていうか……今日聞いたばっかっていうか……?
「ああ、綴が一緒に昼飯食べようって言うからさ、別にいいかなって」
「別にいいかなって……」
コイツはいつも俺の意見を聞かないし、尊重しないから困る。薫が言うには「こんなことするの、お前くらいだぜっ」とか謎の信頼を得ているが、正直言って反吐が出そうなくらいうすら寒い。
それ以上に気になるのが、薫は小鳥遊のことを綴と呼ぶことである。薫は普段から仲のいい女の子には下の名前で呼んでいるのは俺も知っている。それだけの理由ならまだしも、薫と小鳥遊は幼馴染なのだ。これは薫の妄言ではなく、小鳥遊もそれを認めている。
幼馴染と言えば、平たく言えばオタクの希望である。それが女の子で、しかも可愛いとなれば、それだけで人生の勝ち組と称されるほどだ。まさにコイツはそれを手に入れてるのだ。むかつく、非常にむかつく。リア充爆発しろ。
今でこそようやく受け入れつつある状況にあるが、初めてそれを知ったときは本気でコイツを消しかねない勢いだった。俺が小鳥遊を気にしていることは薫も知ってるわけだし、それなら今までにも接触する機会が作ろうと思えば作れたじゃないか。親友のためを思って、一計を計らうやさしさとかコイツにはないのかよ、などと理不尽な怒りをぶつけていた。
他力本願? なんとでも言え! 他力本願万歳! コミュ障なめんなちくしょう! とか愚痴をこぼしまくっていた。あの頃は若かったなあ。
「あー……ごめんね? 天地くん、いきなりうちら来て迷惑してるっしょ?」
小鳥遊が居た堪れなくなったのか、控えめに謝ってきた。どっかの非情なヤツとは違って、なんてやさしさに溢れた子なんだ。天使ちゃんマジ天使! 違った。小鳥遊マジ読書ちゃん! ……意味わかんねえ。
「いや、全然。むしろありがたいよ。新しいクラスに知り合いあんまいなかったから」
クールに受け答えているが、内心飛び上がりたいくらいに嬉しいことはここで包み隠さず言っておこう。これ以上内なる感情を爆発させることは、今後の印象操作に甚大なダメージを来たすことを今朝学んだばかりだ。こらっ、そこ、もう手遅れとか言うなっ。
あのミスミヤコー柏木と、まあ……一応クールビューティー烏丸と、我が愛しのプリンセス(仮)小鳥遊、ミヤコーが誇る美少女三人衆と会話できるだけでも僥倖だというのに、一緒に昼食など世の男子諸君ならハッキョーセットモンだ。今なら街頭で胡散臭い商品売りつけられても、ご利益があると勘違いして有り金全部はたいて買ってしまいそうだ。
「ん、そか。ならいいや。んじゃま、今日はせっかく新学期初日なわけだし、改めて自己紹介しとこーか。一応みんな去年から面識あるけど、人は日々進化するからね!」
「お、たまには綴もいいこと言うな。今日は槍でも降るのか?」
「はい、んじゃ最初は調子乗ってる薫から。空気死んだら鼻ワサビねー」
「おっしゃ任せろ! いっちばーん、全世界の美少女が羨むほどの美貌と才能を持った超絶イケメン男子こと山崎薫でーす! 柏木、烏丸、お近づきのしるしに今度俺とデート――ふもがああああああああっ!」
最後まで言わせてもらえず、薫は小鳥遊の用意した鼻ワサビの前に撃沈。憐れみという言葉すら惜しいくらいのクズっぷりだったな、薫。というか、どっからそのワサビ取り出したんだよ小鳥遊……あなたはマジシャンですか。
「ぱるちゃんとみやちゃんに手を出すのは問答無用で鼻ワサビだよ、薫」
「あ、前半のくだりは別にいいんだ……」
むしろ俺はそこがアウトだと思ってたんだが。
「ん、まあね。言動がめっちゃ残念っていうか、ご愁傷様なんだけど、事実顔はいいからね。幼馴染として今まで薫を見てきたけど、むかつくけどモテるんだよねー。これが」
わかる。わかりますよその言葉。それは俺がひしひしと、ちくちくと、ぐさぐさと感じているポイントですから。
実際、ホントに薫は女の子にモテる。今年のバレンタインでは、一体いくつのチョコと愛の言霊を受け取ったんだろうね。あー、死ねばいいのに。俺? おふくろと妹からだけだよ言わせんな恥ずかしい。
「はい。次はぱるちゃんね! お名前をどうぞっ」
「あ、うん。えーと……柏木遥です。よろしくお願いしまーす」
「ん、掴みはまあまあ! そんでぱるちゃん、部活とかは入ってますか?」
いつの間にか小鳥遊が質問をする係に就任してらっしゃる。盛り上げ役の薫が、謎の鼻ワサビ攻撃により生存不明なので代役を買って出てくれたのか。いつも他人任せで話題の中心になれない俺にはそんな能力は逆立ちして身体揺すっても出てこないので正直すごい助かる。
「弓道部に入ってますですよ、綴ちゃん」
「ほうほう。ではちなみに、スリーサイズはいかがなものですか?」
ぶっ。
思わぬ不意打ちに、飲んでたジュースを盛大に噴出しそうになった。
「えっ!? ちょ……いきなりそれなの!? それは無理だよ! さすがに恥ずかしくて言えないから!」
小鳥遊の突然のセクハラ発言により、クラスの連中が好奇心もそこそこにざわつき始める。主に聞き耳を立てているのは男子生徒だというのは言うまでもない。
「出し惜しみしおって。ほれ、おぢさんにその犯罪級のバストサイズ言ってごらん?」
「……ごくり」
しまった! つい癖で反射的に生唾を飲んでしまった!
「こんなわかりやすい反応までしている男子もいるんだ。さあ、白状しないかー!」
ああ、ちょっと小鳥遊が引いちゃってるじゃないか! 違うんだって! 誤解だ! いや……確かに柏木のスリーサイズはめっちゃ気になるけども! 俺はあくまで小鳥遊一筋なんだって!
俺の必死の弁解なぞ聞こえるわけもなく、すっかり変態キャラが板についた小鳥遊が柏木を責め立てる。
「無理っ! それだけは無理だから!」
「うーん、残念。でもいいなあ、ぱるちゃんはしっかり成長してて。初めて会ったときより三割増くらいになってるよね」
「う、うーん? それはどうだろう……?」
もはやただのセクハラ親父のノリになりつつある小鳥遊に困惑して柏木は苦笑いを浮かべる。
小鳥遊が若干暴走気味なのは否めないが、ここは世のため人のため。ひいてはコソコソと聞き耳を立てているクラスの男子諸君のために、ぜひともどんどんエッジの効いた質問をぶつけていってほしい。
「じゃあ質問を変えよう。ぱるちゃんは今、気になる人とかいる?」
「えっ?」
おおっと、小鳥遊選手、またもや特大の爆弾を投げ込んだ!
ミスミヤコー柏木遥の想い人となれば、それはもう学校全体の男子ネットワークにおける特大スクープである。男子はもとより、女子も気になるところである。もしミスミヤコーと想い人が被ったりでもしたら、それはある意味残酷な死刑宣告だろう。その証拠に、クラス中の雰囲気が一層ピンと張り詰めたように見える。
「いやー、あんまりぱるちゃんからそういう話聞かないからね。一年も経てば、そういう人も出てくるのではないかなーと」
「えっと、うーん……そうだなあ」
恥ずかしくて答えづらいのか、はたまた頭の中で思いつく男子がインベーダーゲームで撃ち落とされた敵のように消滅していってるのか、それは柏木の口調からは掴めない。
「気になるっていうのとはまた違うけど、異性で一番尊敬してるのはお兄ちゃんかな」
柏木の口から出たのは、意外な人物だった。柏木に兄がいたというのも初耳だが、そんなことよりも俺は柏木兄が羨ましくて仕方がない。こんな完璧な妹がいるだけで幸せものだというのに、さらに尊敬までしてもらえるとは。前世でどれだけ徳を積んだらこんな人生が用意されてるのか、神様というのは不平等だ。
意外な結果に、男子は一縷の望みが残されている安堵感と俺と似たような理由の身勝手な嫉妬が半々といったところか。女子はもう最大のライバルが早々に自主退場してくれたので万々歳の完全勝利だろう。
「あー、ぱるちゃんのお兄ちゃんすごいイケメンだもんね。背も高くてスラッとしててモデルみたいだったし、法学部なんだっけ?」
「ううん、今年卒業したよ。もう立派な社会人だね」
「あら、どこに就職したの?」
「東雲銀行だよ」
ここまでの下りで果たして何人の男子の一縷の望みは絶たれたのだろうか。小鳥遊曰く、イケメンで高身長のモデルみたいな法学部卒の銀行マンという絵に描いたような完璧超人に太刀打ちできる術などあるか。
「なるほどねー。じゃあ、締めは『お兄ちゃん、だいすきっ!』をぱるちゃん史上最上級の可愛さでさんにーいちキュー!」
「え? 最上級の可愛さ? んー……あ、えっと……お、お兄ちゃん♡ 大好きっ♡」
やばい。身体の各所で異常反応を起こして、止め処なく溢れる俺のリビドーがただいま絶賛フルバーニング中だ。というか柏木、ノリが良すぎるだろ。
……ふぅ。
かくして、テロにも近しいやり取りの末に重症者が次々に保健室送りにされる中、柏木の可愛さは破壊力抜群だとQ.E.Dされたが、俺には小鳥遊の本気も拝んでみたかった。拝んだら最後、二度と起き上がれないことは必至だが、それでも後悔はしないだろう。きっと。たぶん。おそらく。メイビー。
「……ん?」
内なる俺が柏木にハスハスしてる最中、近くから冷たく鋭い視線を感じた。その視線の方向に目を向けてみると、人を殺しかねないような鋭い視線を送っている烏丸とばったり目が合ってしまった。
やばい。殺られる……!?
どっちだ? 選択肢はおそらく、肉体的に殺るのか社会的に殺るのかの二択だ。どっちも全力で願い下げだが、ミヤコーのクールビューティーこと烏丸都の射竦める視線に、RPGゲーム序盤の雑魚モンスターレベルの俺が敵うわけがない。
「あ……」
どちらの制裁を与えられるのか内心びくびくしていたが、烏丸は慌てて視線を外すという、まったく予想から外れた行動を取ってきた。
なんだ? 一体なにが起こった? パ○プンテでも発動したか?
そういえば、自己紹介のときから烏丸はしきりに俺のことを睨んでは視線を逸らし、睨んでは視線を逸らしの謎のループを何回かしていたな。あのときはてっきり俺のことをまだ根に持っているのかと思ったが、どうにもその説が必ずしも正解とは言えなさそうだ。確証がないからなんとも言えないが、ぜひ俺の推理したとおりであってほしい。
「ん、可愛いから許す。そんじゃ次はみやちゃんいってみよー!」
俺と烏丸の一進一退の攻防を知るはずもない小鳥遊が、緊迫した空気を蹴散らかすかのような一声を上げた。
「え? あ、あたしか?」
烏丸が急なフリに驚きを隠せず、声が若干上ずってしまった。振られたのが烏丸だったからいいが、もしこれが俺に振られてたら烏丸と同じリアクションをしていたと思う。とは言え、あのまま睨み合いをしてても生産性などありゃしない。不毛な戦いを早々にぶった切ってくれた小鳥遊には感謝しておいたほうがいいかもしれない。
「甘いよみやちゃん。常に味方は敵だと思わないと!」
いつからこの学校は戦場の舞台になったんだ。味方を常に敵に見るとか、どんだけ極限状態だよ。
「……烏丸都。よろしく」
しかし、さすがに烏丸も小鳥遊との付き合いはそれなりにある。理解しがたい小鳥遊のボケを軽くスルーして、軽く自己紹介。軽くっていうか、中身すっかすかだけどな。
というか、ホームルームのときの自己紹介とまるで変化がないのは気のせいではない。やる気や乗り気のなさが文面、声色から包み隠さずオープンになってるのは、単に俺らに興味がないからだろう。柏木はともかく、烏丸に嫌われることに関しては別にいいんだけどね。もとから評価はマイナスみたいだし、今さらマイナスの評価を与えようと表面上はまったく変わりないんだし。
「えー、つれないなあ、みやちゃんは。もうちょっと愛想よくなれば、もっと可愛いのに」
「かっ、かわ……っ!? ……こほん。綴、そういうお世辞はいらないぞ」
「お、みやちゃん照れてる」
「て、照れてなんかない!」
強がる割には、手もぷるぷる震えて端正なお顔も真っ赤ですよ烏丸さん。
ふむふむ、烏丸都、煽り耐性は低い……と。
「まったく……! 綴といると、どうも調子が狂う」
「あはー、ごめんてー。じゃ、クラス替えした感想なんかをどーぞ」
「感想、と言われてもな……特になにもないな」
わかってはいたけど、柏木と違ってまあ塩対応だこと。まあ、誰に限らず大体こんな反応なのは今に始まったことじゃないのがクールビューティーたる所以である。
これで本人非公式のファンクラブ(情報源は薫)があるのがまた不思議でしょうがない。そっけない態度をとられたい、冷徹な視線を浴びたいなどといった変態紳士淑女が一定数いるらしい。世の中どこに需要があるかわからんもんだね。
「まあ……でも、綴と遥と一緒のクラスになれたのはよかった」
「お、嬉しいこと言ってくれるじゃんかー。このこのー、初いヤツめー」
まるで某ム○ゴ○ウさんのように抱きついてわしゃわしゃと髪を撫でる。喜怒哀楽を全身で表現する小鳥遊らしいスキンシップである。羨ましい、ぜひ代わってほしい。
しかしまあ、烏丸に対してあんなことができるのは全校生徒でも唯一無二の存在だろう。一見したら正反対の性格の二人が、一体どのような化学反応を起こしたらここまでの関係になるのか謎が深まるばかりだ。
「こら! あんまり引っつかないでくれ!」
「なはは、振られちゃった。そんじゃ、次は天地くんいってみよー!」
「え? 俺?」
「そっそ。デザートは食事の最後って、決まってるっしょ?」
ちょっとなに言ってるかよくわかんないですが、仕切り役の小鳥遊がそう言うなら素直に従うとするか。
こほん、と咳払いを一つ。
「あー……っと、天地一馬です。なんだかんだでここにいるメンバーとは一年のときから面識があるから初めましてじゃないけど、また一年よろしく」
なんとまあ、当たり障りのないコメントだこと。どう天地がひっくり返っても薫のようなクズにはなれないので、俺らしいといえば俺らしいか。
「おー、すごいまともな挨拶だー」
妙なところに感心した小鳥遊がぱちぱちと拍手を送ってくれる。それだけでもちょっと得した気分だ。
「でもそれじゃちょっと味気ないから、一つだけ質問するね」
「……? 別にいいけど、なに?」
今までの流れからしてなにか質問が来るとは予想していた。問題なその内容なのだが、いかんせん傾向が読み取れない。
頼む、答えやすい質問であってくれ。
「天地くんって付き合ってる子とかっている? もしくは好きな人っている?」
ほれ、いきましたー。
おい、おいおいおいおい。なんか俺のときだけやけにハードル高くないか? というか、いじめかこれ? 気になってる子からの「好きな人っている?」、この質問ほど心を痛めつけられるものはないだろう。間髪入れず「てめーは鈍感か!」って無性にツッコみたくなるよな。てめーは鈍感か!
ああ、できることなら、今後の高校生活を鑑みないなら、ぜひとも言ってしまいたい。脳内ではあなたと付き合っています。そして好きな人はあなたですと。きめえな俺! 自分でもビックリしたわ!
「どう、かな……? 付き合ってる子はいないし、好きな子もいるかもしれないし……いないかもしれない」
まあ、俺がそんなこと冗談でも言えるわけもないのでお茶を濁しておくことにした。
「おお、なんか哲学っぽい」
今のが哲学に分類されるのだとしたら、哲学というのはずいぶん安っぽい学問なんだな。とりあえず、各所から「解せぬ」と非難を浴びる前に小鳥遊の代わりに謝っておこう。ごめんなさい、哲学者のみなさん。
「んじゃ、最後はうちだね。えーっと、小鳥遊綴です! よく小鳥遊ってどう書くのって言われるけど、小鳥が遊ぶって書いて小鳥遊だよ!」
知ってます。ええ、知ってますとも。何度あなたの名前を口にして、何度あなたの名前をノートに書き記したか。ああ、やっぱりきめえな俺!
「趣味は本を読むことと書くこと! 好きな人と付き合ってる人はいません! 好きな食べ物はアップルパイで嫌いな食べ物はピーマンでっす! ついでにパプリカも嫌いでっす! ピーマン農家の方々どうもすみませんっした!」
自己紹介どころか、斜め四十五度の模範的な謝罪角度を綺麗に体現した小鳥遊は、勢いそのままに全国のピーマン農家の方々へ全力で謝罪していた。東へ向いては謝罪、南を向いては謝罪と、東西南北に向かってとりあえず謝罪。
思わず、「どうしてこうなった」とツッコみたいほどに、小鳥遊の意図がまるでわからない。付き合いの浅い俺はおろか、仲のいい柏木や烏丸までぽかーんと口を開けてしまっている。傍から見たら、とてつもなく異様な光景なのかもしれない。そんな俺らを置いてけぼりにして、我が道をブレーキ踏まずで突っ走りまくる小鳥遊がようやく顔を上げる。
とてつもなく、どや顔だった。
「ふんす! よっしゃー、これにて互いの自己紹介は終わりだね。全力で謝ったらお腹空いちゃったから昼食タイムさいかーい」
適当に場の雰囲気をごちゃごちゃにして満足したらしく、小鳥遊は小さい弁当箱に入っているおかずをついばむように口に放り込んでいく。毎回思うんだけど、女子はあんな小さい弁当箱で午後の授業を乗り切れるのかね。世にはびこるダイエットの風潮がこんな偏狭社会でもひしひしと感じられるな。自分が太ってるって言う女子ほど見た目ではまったく太ってないのだが、そこはやっぱ男子と女子の目のフィルターの精度が違うのかね。
いつものように、下らない考え事をしながら購買部で買ったパンを頬張る。そういうのを話の種にしろよとか思ったヤツは、俺たちの仲間には一生なれないな。
なんでかって?
それが楽々できたら苦労しないだろ、常識的に考えて。